4.かつてのクラスメイト(朱里視点)




「どうしてお前がこんなところにいるんだ?」



 三人の内の一人、短髪の好青年風美男子が、よく響く声色でそう問いかけてきた。御三家の一人、藤沢省吾ふじさわしょうごである。



「そんなことより。ねっねっ! さっき、何してたの? 変な棒で殴りかかったと思ったら、急にあの変質者が動かなくなったけど?」



 そう早口でしゃべるのは、オタク女子で有名な立花可奈たちばなかなである。彼女はあんな目に遭ったばかりだというのに、怯える素振りも見せず、嬉々ききとしていた。


 朱里はなんと答えていいかわからず、困惑する。


 立花可奈が変な棒きれと発言したのには理由がある。

 神造兵装である天宵羅刹刃の刃は霊力で作られているため、霊感体質のように、霊力が強い者にしか見えないのだ。


 朱里自身、今でもエリ――貴弘だった頃の兄のような霊感体質ではないから、本来であれば大気中に浮遊する魑魅魍魎ちみもうりょうの類いや、神霊や邪霊の本体は元より、神造兵装の刃も見ることはできないはずだった。


 しかし、自ら霊力を操り、神造兵装を稼働させるようになってから、その不可抗力なのか、見えなくていいものや、霊力による刃が見えるようになったのである。


 そういった事情もあり、朱里は当然、刃が見えているので実際のところ、可奈の目に神造兵装がどう映っているのか見当もつかなかった。


 兵装展開されて柄が伸びた分、長い棒に見えたのか、それとも展開前の短い棒に見えたのか。


 朱里は眉間に皺を寄せ、軽く考える仕草を見せたが、可奈や省吾の背後にもう一人、青ざめた顔色を浮かべて立ちすくんでいた少女を視界に入れ、思わず息を飲んだ。

 チクリとした胸の痛みにまで襲われてしまう。


 眼前の少女、浅川麻沙美あさかわあさみは、最後に会った時とは比べものにならないほど、随分とやつれていたのである。


 その原因は、言わずもがな、貴弘の死にある。


 風の噂――というより、休学扱いとなっている朱里のことを気にかけて、時々、姉であり担任教師でもある麻里奈まりなから連絡をもらっていたのだが、その時に、朱里は麻沙美のことも聞かされていた。


 心的外傷後ストレス障害のことや、一時期かなり危険な状態にあったこと、それから自殺未遂のことなども。


 ただ、そんな彼女ではあったが、最近では少し元気を取り戻してきているようで、少し前までは摂食障害で頬もかなりこけていたらしいが、現在の彼女はそこまで酷くはないように見えた。


 しかし、かつて意志の強さを誇示していた瞳からは、ほとんど輝きが感じられなかった。


 そこから判断するに、やはり麻沙美の顔色が悪いのは、惨殺現場に居合わせたことだけが原因ではないようだ。



「朱里……私は……私はずっと謝りたかった……ずっと、ずっと……」



 それ以上言葉にならないようで、麻沙美は口ごもってしまう。

 朱里もまた、麻沙美とどう接していいかわからず、対応に困る。


 貴弘があんなことになってしまった原因の一つに、麻沙美が絡んでいるのは間違いない。

 しかし、だからといって彼女を責め立てるような気にもならなかった。

 そんなことをすれば、麻沙美がどういう行動を取るかなど目に見えているからだ。



(それに……貴弘様は貴弘様ではなくなってしまいましたが、今もまだ生きてらっしゃる)



 タミエルやアルマリエラの一件があるから、あれを素直に生きていると言えるかどうかはわからないが、それでも、朱里は必ず元通りのエリに戻すと心に誓っている。


 しかし、当然のことながら、それらエリの身に起こったことを、おいそれと麻沙美たちに話せるはずがない。


 魂の移し替えなどという倫理に反する行いなど、軽々しく口にしていいわけがないし、何より、魂云々といったオカルト話など、普通は信じないだろう。



「えっと。浅川さん。あなたになんて言えばいいかわかりませんが、これだけは申し上げておきます。私に謝罪など必要ありません。あのことは誰が悪いわけでもありませんので。ただの不可抗力。そう思ってすべてを忘れてください」



 そう言ってお辞儀する朱里に、麻沙美の顔に僅かばかりの精彩が戻る。



「そ、そんなこと、できるはずがありませんわ。あの時、私が、私が彼のことをもっとよく理解してあげていれば、彼は……」



 言いながら涙ぐみ始める麻沙美を、朱里はまっすぐ見据えた。



「あなたのせいではありません。人には寿命というものが存在します。貴弘様の場合、たまたまそれが人より早かっただけのこと。ですので、どうかお気になさらず、健やかにお過ごしください――それでは私は仕事がありますので、これにて失礼いたします」



 彼女はそう言って、今一度、会釈をする。

 本当は事情のすべてをぶちまけて、



「貴弘様はご存命でらっしゃいますから、ご安心ください」



 と、そう言いたかったのだが、状況がそれを許してはくれない。

 朱里は一人苦悩しながら歩き始めた。


 しかし、そんな彼女の気持ちなど理解しようもない麻沙美が、髪を振り乱しながら叫んだ。



「お、お待ちなさい、朱里! たか、貴弘君が亡くなられたのですわよ? それなのに、あなたは平気だとおっしゃるんですの? あれだけいつもべったりだったあなたが? あなたの敬愛する彼を殺したも同然のこの私を、あなたは許せるとおっしゃるんですのっ?」



 朱里は半身だけ振り返るが、何も語らず、もう一度お辞儀をしてから歩き出した。



「どうして……! あなたの大切な人の命を奪った私をどうして……!」



 いつまでも泣き叫ぶクラスメイトに、朱里は無表情に去っていった。



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