3.再会(朱里視点)
「旦那様!」
入り様、朱里が堪えきれずに叫んでいた。
室内は一階同様、酷い有様だった。
本来であれば、綺麗に並べられていたであろう丸テーブルがすべてひっくり返っており、その上に載っていたと思われる料理やグラスなどが床に散乱していた。
更に、魂を喰われたと思われるパーティー客や、生きてはいるが、酷い怪我を負ったと思われる十数人の客が床の上にうずくまっていた。
「旦那様は、旦那様はどこに……?」
切羽詰まった表情を浮かべて周囲に視線を投げる朱里。
大勢の招待客らが三方の壁際へと避難しており、そこに三体の邪霊憑きが襲いかかっていた。
しかし、いるはずの怪班の人間らしき人物が見当たらない。
父親の姿も発見できなかった。
朱里は胸騒ぎを懸命に抑えながら、もう一度周囲を確認し――そして、室内一番奥の、大勢の人間によって生み出された肉壁を凝視して、瞬時に目の色を変えた。
「旦那様!」
黒服の男たちに守られるようにして、父であり早瀬川家当主である
「旦那様!」
朱里はもう一度叫んで駆け出していた。
邪霊憑きの一体が、応戦する黒服たちを攻撃していたからだ。
「これ以上、好き勝手させません!」
朱里は走りながら天宵羅刹刃を展開し、大鎌へと変異させるや、彼女の気配に気づいて振り返った邪霊憑きを、右上から左下へと斬りつける。
更に、怯んだ邪霊憑きの背後へと回り込むと、思い切りホール中央へと蹴飛ばしていた。
ギギャと奇怪な悲鳴を上げる邪霊憑きへ、朱里は一直線に駆け寄ると、大鎌の切っ先を容赦なく突き刺す。
そして、そのまま全体重をかけるようにして押し潰そうとする。
床に倒れた状態で串刺しにされた邪霊憑きは、大暴れして逃れようとするも、努力空しく、そのまま事切れた。
「はぁ……はぁ……」
朱里は荒い息を吐いて片膝をついてしまう。さすがに体力が限界に近づいているようだった。
「他の……邪霊憑きは……?」
彼女は青い顔をしながら周囲を見渡すが、既に残りの二体は梓乃が倒し終わっているようだった。
「無事……ではなさそうね。無茶だけはしないでと、あれほど言っておいたのに」
近寄ってきた梓乃の手を借りて立ち上がる朱里は、力なく微笑む。
「ですが、これでひとまずは……」
「そうね。でも、大勢の犠牲者を出してしまったわ。仲間も一人、ね」
そう言って、梓乃が視線を向けた先には、ナックルを指にはめたまま床に寝ているスーツ姿の男性がいた。
彼は血溜まりの中に倒れ、微動だにしない。
どうやら、会場の人間を懸命に守った末に力尽きてしまったようだ。
朱里はなんと言っていいかわからず、表情を暗くするが、そんな彼女に梓乃は優しく微笑む。
「とりあえず、お父様の無事を確認することが最優先よ」
「……はい」
朱里は頷き、改めて部屋奥を見た。
早瀬川家当主が黒服に囲まれながら近寄ってきていた。
早瀬川隆司はぱっと見、どこも負傷しているようには見えなかった。
「朱里か。どうしてこのような場所へきたのだ。お前に万が一のことがあったら、どうするつもりだ」
すぐ目の前まで来て立ち止まった父は、笑顔を見せるどころか眉間に皺を寄せていた。
常に厳格で、実の息子である貴弘には一度も笑顔を見せたことのない人物。それが、早瀬川隆司という男だった。
「申し訳ありません。ですが、危険だからこそ、敢えて参上いたしました。旦那様にもしものことがあっては、早瀬川家にとって一大事でございますから」
「だが、お前はたか――エリの護衛の任があったはずだろう」
隆司は
貴弘と朱里の父である隆司もまた、自身の息子に起こった出来事のすべてを把握している人物である。
もっと言えば、ラファエラとは昔からの友人らしく、貴弘の一件に関して、むしろ積極的に関わったとされている。
即ち、ホムンクルスでもクローンでもなんでもいいから、魂が移せるのであれば全力でやれ、と。
朱里は事情のすべてを知っているわけではないから、細かいことはわからなかったが、貴弘をエリにした張本人が父親であると、魂移送の折りにラファエラから説明を受けていた。
「そのことなのですが――」
朱里はエリの身に起こったことを父に説明しようとしたのだが、それを梓乃に止められた。
「大変申し訳ないのだけれど、今は時が惜しいの。詳しい事情は省くけれど、今すぐ安全な場所まで避難していただけると助かるのだけれど?」
どこか挑発的にニコッと微笑む梓乃に、隆司は嫌そうな顔をする。
「上宮寺梓乃か。お前と会うのはこれで二度目か。相変わらずおかしな状況下で遭遇するものだな。前回あった時は、確か東京での邪霊騒ぎの時だったか」
「えぇ、その節はどうも」
「ふん。どうやらお前は死神と見える。よくよく死傷者が出る現場で会うな」
「えぇ、そうですね。ですが、今回は前回のように、早瀬川さんのところの従業員が邪霊憑きになっただけの、小規模なものではありません。何が言いたいか、おわかりですね?」
隆司は舌打ちすると、背中を見せる。
「あとのことは任せる。私の部下を使っても構わんから、なるべく穏便に済ませろ」
「了解しました」
笑顔を崩さず腰を折る梓乃に、歩きながら隆司が更に口を開いた。
「それから――エリと朱里のことを、くれぐれもよろしく頼む」
それだけ告げて、黒服共々会場から消えていった。
「さてっと。じゃぁ早速、ぱぱっと事後処理済ませて、エリちゃんのところに向かわないと」
まったく疲れを感じさせない梓乃はそれだけ言うと、会場の安全を確認するため、その場を離れていった。
「朱里!」
そこへ、まるでタイミングを見計らっていたかのように、遠くから声がかかった。
朱里は
いずれもドレスやタキシードで着飾っているが、朱里にとっては懐かしい、それでいて会いたくない相手――四月まで通っていた高校の同級生たちだった。
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