5.決断の時(梓乃視点)




 ラファエラの発言に、信じられないといった表情を見せる朱里。

 当然だ。

 神霊を倒せるということはつまり、朱里の目の前で無表情に突っ立っているラファエラすらも、滅ぼせるということを意味しているからだ。


 そんなものを、本来、自分たちを殺すことのできないただの人間に与えることがどれだけ危険なことか。

 正真正銘の自殺行為である。

 もし、朱里が激情に駆られてこの武器をラファエラに向けたら、いったいどうなることか。


 しかし、ラファエラはけろっとしていた。



「別に罪滅ぼしというわけではない。エリは結果的に、ガブリエラ様の実験体に魂を移すことになってしまったが、それゆえに、彼女は常に護衛されるべき対象となったのだ。そして、偶然にも、彼女を常日頃から護衛してきたお前がいた。ならば、継続して彼女を守る一人として最適解なのは自明のだ。だがな、ただの人間であるお前では、明らかに戦力不足で無力なのだ。だからこそ、戦う力を与えてやったに過ぎない。そいつがあれば、中級邪操師程度の働きはできるだろう。もっとも、そいつの力をフルに発揮するには、一定以上の能力が必要となるがな」


「能力……?」


「そうだ。そいつは使用者の霊力を媒介に、武器の形へ変異する神造兵装だ。先程私が使用した時に、日本刀の形になったのがそれだ。そして、その形状変異による武器化を促すためにはそれ相応の霊力が必要となるのだよ。あらかじめ、お前の霊力を見定めさせてもらっていたが、ざっと見積もっても、今のお前では連続で一時間ほどしか使用できんだろうな。更に威力に関しても一撃で敵を倒すこともできん。まぁ、今後の訓練次第と言ったところか」



 淡々と説明する白衣の女の言葉に、朱里は眉間に皺を寄せる。



「つまり、一定時間内であれば、これを使って敵を倒せるということですか?」

「あぁ。何度も傷つければ、致命傷も与えられるだろう。無論、この私にもな」



 そこでラファエラはニヤッとする。



「最悪の事態だけはなんとしても食い止めるつもりでいるが、もしもエリに何かあって思うところがあったならば、好きにするがいい」



 含みを持たせた言い方をする彼女を、朱里はじっと見つめた。そして、しばらくしてから無表情にこう言った。



「お言葉に甘えて、好きにさせていただきます」



 軽く一礼する朱里。ラファエラは梓乃に向き直った。



「さて、それで、これからどうする?」

「私に選択肢なんてあるのかしら? 本当に嫌な人ね」



 梓乃に選択の余地などない。

 本来であれば、すべてにおいてエリの護衛が優先されるべきだった。

 それが彼女に課された仕事であり、最悪の事態を回避する唯一の方法だったからだ。


 しかし、それを許さないのが現状だった。


 おそらく、邪霊騒動を無視してエリ救出に向かった場合、多くの一般市民が犠牲となるだろう。

 そして、その中には、エリや朱里の父親も含まれることとなる。


 梓乃は深い溜息を吐いたあと、冷めた視線をラファエラへと送った。



「今からグランドホテルへ向かうわ。そこで怪班と合流し、邪霊憑きを一網打尽にする。だから、エリちゃんのことはくれぐれもお願いするわね」

「……わかった。安心して行ってこい」


「本当に大丈夫かしら? あなたたちって詰めが甘いから、いまいち信用できないのよね。もしエリちゃんに何かあったら、そのときはどうなるか、わかっているでしょうね?」



 切れ長の瞳を細める梓乃に、ラファエラは肩をすくめる。



「全力を尽くす、としか言えんな。それにもし、そのような事態になったら、その時点で世界が破壊され尽くすだろうから安心しろ」

「安心できないわよっ」



 すかさずツッコミを入れたあと、梓乃はもう一度、溜息を吐いてから朱里を見た。



「それで、あなたはどうする?」

「……え?」



 突然、真剣な眼差しを向けられ、朱里は言葉を詰まらせる。梓乃は続けた。



「あなたが取れる手段は二つある。一つはそのなんとかって武器を持って、エリちゃんを追いかけること。もう一つは――」



 梓乃は一拍いっぱくおいてから、口を開いた。



「私と一緒に、あなたのお父様を救出しに行くことよ。本当ならば、お屋敷で待っていなさいと言いたいところだけれど、あなたの性格からして、その選択肢を選ばせたら何をしでかすかわからない。最悪、ただ自殺行為を黙認するだけということになる。私としては、それは絶対に避けたい選択肢なの。だから、どちらか選ばせてあげる」



 無表情に酷な質問をする梓乃に、朱里は言葉を詰まらせ逡巡した。

 当然だ。

 朱里としては一刻も早くエリを救出しに行きたいところだろう。

 しかし、主人であるエリ同様、父である早瀬川隆司はせがわりゅうじのことも同じぐらい大切なはずだ。

 それを天秤にかけろと梓乃は言っているのだ。


 勿論、梓乃に任せておけば邪霊騒動は早々そうそうに幕切れとなるだろう。

 しかし、不測の事態が生じることも十分にあり得る。

 朱里が一緒に行動していれば、もしかしたら防げていたかもしれない悲劇が。


 しかし――



「私……私にとっては……どちらも大切です。ですが、お嬢様は、お嬢様は私のすべてです。お嬢様がいない世界なんて、私にはなんの意味もありません。ですから――」



 何かを覚悟したかのような悲壮感漂う表情を浮かべる朱里に、梓乃ではなく、ラファエラが言葉を遮った。



「エリのことは任せろと言ったはずだが? 彼女は必ず我々がなんとかする。だからお前は何も気にせず、梓乃と一緒に行くがいい」

「で、ですが……!」

「今こうしている間にも、お前の父親が死に瀕しているやもしれんぞ? それでもよいというのか?」



 その質問に、朱里が答えられるはずがなかった。



「わかったのなら、さっさと行け。エリは拠点に駐屯している我ら神霊すべての兵力を駆使してでも必ず守り抜く。そして、我らに牙剥いたことを、奴には霊獄れいごくの果てで後悔させてやる」



 ラファエラは見る者すべてを総毛立たせる、おぞましい笑みを浮かべると、部下の研究員を連れて部屋を出て行ってしまった。

 残された梓乃と朱里は互いに見つめ合う。

 梓乃は呆れたように微笑んだ。



「それじゃ、私たちも行きましょうか。あなたたちのお父様を助けるために」



 メイド服の少女は何か言いたそうにしていたが、余程しばらくしてから、諦めたかのように「はい」と返事をした。

 そうして、二人も連れたって屋敷から出て行く。



「あぁ、そうそう。あなたが渡された武器だけれど、おそらく霊力パターンによって使用権限が登録される認証方式タイプだと思うわ。だから、本来は誰でも扱えるわけではないと思うのだけれど、多分、あなたに渡した以上、既に登録されているはずよ。あなたの霊力パターンに合わせてカスタマイズもされていると思うから、簡単に使えると思うのだけれど」


「はい」


「とりあえず、使い方は道すがら教えるけれど――もう、本当にラファエラは素直じゃないわね。あの人、否定していたけれど、朱里ちゃんにそれ渡したのは多分、罪滅ぼしの意味合いが強いと思うわ」


「そう……なのでしょうか?」

「えぇ、でなければ、そんな危ない武器、いくら好都合だからといって、神霊以外に渡すわけないもの。認証方式なのがいい例よ。それに、カスタマイズだってかなり面倒な手順踏まないといけないもの」



 梓乃はそう言って朱里に笑いかける。メイド服の少女は相変わらず、硬い表情を崩さない。



「さ、とにかく急ぎましょう」



 屋敷のロータリーまでくると、既に知らせを受けて待機していた執事の佐竹さたけが待っていた。


 二人は彼の運転する車に乗り込むと、浅川市の中心市街地へと急行した。



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