4.天宵羅刹刃(梓乃視点)





 エリだけでなく、レリエルまで一瞬のうちに消えてなくなったその姿を呆然と見送る形となった朱里は、我に返ったかのように、ラファエラへ詰め寄る。



「どうしてですか! どうして行かせてしまったのですか! やはり、あなたたちにとって、お嬢様のことなど、どうでもいいということですかっ?」



 鋭利な刃のような瞳を向ける朱里に、ラファエラは冷めた表情を浮かべた。



「勘違いするな。すべてにおいて優先されるべきは、世界の調和だ。その前では、人一人の命など、些事さじでしかない。だが、エリ――貴弘は別だよ。奴は我々にとっては特別なのだ。何しろ、のだからな」



 そこまで言って、ニヤッと笑う。朱里は意味がわからないといった顔を浮かべるが、すべてを理解した梓乃の視線が鋭くなった。



「――絶対支配の力による魂の強制接続。やってくれたわね、あなたたち」



 梓乃はエリから感じた違和感を思い出していた。

 あの神霊と人が混ざり合ったような気配。

 あれがガブリエラと繋がったことを意味するのであれば、すべての辻褄つじつまが合う。

 そして、それは考えたくもない結末を突きつけられたことを意味していた。

 なぜなら、それが指し示す答えなど一つしかないからだ。



 ――人と神霊の



 その先に待っている未来が平穏であるはずがない。


 そのことに思いを馳せ、怒りに邪気を迸らせる梓乃だったが、しかし、ラファエラは平然としていた。



「お前がどう思うと構わんよ。だが、弁明するわけではないが、私がその事実に気がついたのはつい先程だ。アルマリエラの霊力スポットの発言あってのことだ。何しろ、ガブリエラ様の欠片はそこに存在しているのだからな――まぁ、ともかくだ」



 話はここまでだと言わんばかりに、梓乃から視線を朱里に戻すラファエラに、彼女は舌打ちする。

 しかし、白衣の女はそれを無視した。



早瀬川朱里はせがわしゅり。エリのことは安心しろ。既に手は打ってある」

「どういうことですか?」


「先程も言っただろう。部下をつけると。アルマリエラが逃亡した時点で、既にあとを追っているはずだ。彼女たちから逐一報告が上がってくる手筈となっているゆえ、位置もすべて特定できる。それに、万が一のときには、あの方が黙ってはいないだろう。何しろ、いるようだからな」



 ラファエラの言い分はどこまでいっても一方的で、おそらく、朱里は納得していないはずだ。

 それが証拠に、ラファエラを睨む視線に緩みがない。



「状況は理解できました。ですので、お嬢様の現在位置を教えていただけますか? すぐに追いかけますので」



 あくまでも自分の気持ちに実直な朱里に、ラファエラは鼻で笑う。



「行ってどうすると言うのだ? たかだか人間の分際で。現に、レリエルにすら手も足も出なかったではないか」

「そ、それは……」

「もし仮に、奴らと一緒にタミエルと戦えたとしても、今のお前では足手まといにしかならんよ。せいぜい、奴に取って喰われるだけだ」

「し、しかし!」



 なおも食ってかかろうとする朱里を、梓乃がなだめる。



「この人は本当にどうしようもないクズだけれど、言ってることはあながち間違いではないわ。朱里ちゃんが助けに行ったところで、何もできないと私も思うの」


「ですが、私は! 私はお嬢様のお側を離れるわけにはいかないのです! たとえ、それが原因で、我が身を滅ぼすことになろうとも! 私はあの時、誓ったのです! お嬢様が、貴弘様が亡くなられたあの時に! 貴弘様の魂が移し替えられたあの日に!」



 叫びながら静かに涙ぐみ始める朱里に、梓乃はなんとも言えない顔を浮かべ、メイド服の少女をそっと抱きしめた。



「大丈夫よ、朱里ちゃん。このバカが言っていることが本当なら、すぐにおかしなことにはならないから。だから、安心して。ね?」



 そう言って、梓乃は朱里の背中を何度もさする。


 朱里は納得がいかないのか、「しかし!」と何度も胸の中で叫ぶが、次第にその声がか細くなっていった。


 泣いているのか、それとも感情を押し殺そうとしているのか。どちらかわからないが、小刻みに震えていた身体も少しずつ収まりを見せてくれる。


 それを確認した梓乃は、後方に待機していた研究所職員へ視線を投げた。



「それで? 先程の邪霊憑きの話だけれど、詳しく教えてもらえるかしら? なんだか嫌な予感がするのよ」

「タミエルか?」



 職員の代わりにラファエラが口を挟んだ。



「えぇ。あまりにもタイミングが良すぎるのよ。この街に来てからそれほど邪霊の気配は感じていなかったのだけれど、数が多いというのが気になるわ。タミエルがエリちゃんを襲ってから邪霊の数が急激に増えるだなんて。とてもではないけれど、偶然とは思えないわ」

「かもしれんな」



 ラファエラはそれだけ言ってから、部下を見る。



「それで、邪霊憑きどもはどこで暴れている?」

「はい。確か、浅川あさかわグランドホテルを中心に数十体が人々を襲っているとか。一応、怪班かいはんも出動しているそうですが、何分、数が多くて手が回らないそうで」

「そうか」

「はい」



 二人のやりとりを聞いて、眉間に皺を寄せる梓乃だったが、彼女の腕の中にいた朱里の顔が見る間に青ざめていった。



「まさか……そんな……。本当にグランドホテルなのですか?」



 梓乃から離れて目元を拭う朱里に、女性研究員は頷く。



「どうして……。よりにもよってどうして旦那様がパーティーを開催しているホテルで……!」

「え……? 朱里ちゃん、どういうことなの?」


「はい……。今、そのホテルでは、旦那様――早瀬川家当主でお嬢様や私の父である旦那様の会社が、新商品発表のレセプションパーティーを開催されているのです。当然、そこには旦那様や重役の方々、それから浅川市御三家の面々も、皆一堂に会しているのです」



 朱里の告白に、梓乃とラファエラは顔を見合わせた。



「このことも偶然か?」

「わからないわ。だけれど、放っておけないことに変わりないわね。もしも情報が確実であるならば、まずいことになるわ。具体的な数はわからないけれど、邪霊憑きの数に対して、この地方に駐在している怪班の数が少なすぎるもの。タミエルの一件で、東京本部から何人かこちら側に来てはいるみたいだけれど、抑え込めるかどうか。桐沢きりさわさんでも苦戦するでしょうね」

「桐沢……? まさか奴もこちらに来ているのか?」



 ラファエラは嫌そうな顔をする。



「そうらしいわよ。直接会ってはいないけれど」

「ちっ。面倒な奴が出張ってきたものだな」



 桐沢は怪班班長ということもあるが、梓乃以上に食わせ物としても知られている。

 ぱっと見は気さくで実直な好青年といった感じだが、その実、飄々ひょうひょうとしていて、何を考えているのかわからないときがある。


 それが、ラファエラは気に入らないらしい。

 梓乃は肩をすくめた。



「まぁ、面倒なのはお互い様ではなくて? だけれど、今は一人でも戦力が多いに越したことはないわ」

「それはそうだがな」



 ラファエラは腕を組んで何事か考えたあと、おもむろに、手にしていた棒状のものを朱里に差し出した。

 きょとんとする朱里に、ラファエラは無理やり、それを受け取らせる。



「持って行け。今のお前ではなんの役にも立たんからな」



 その発言に、背後に控えていたラファエラの部下が愕然がくぜんとした。



「ら、ラファエラ様。正気でございますか? その兵器は――」

「無論、私は正気だよ。この依頼を受けた時から、こうするつもりだった。それが最善ゆえな」



 ラファエラは朱里に向き直る。

 おかしな棒を渡された朱里は、胡乱うろんげにラファエラを見る。



「えと……これは?」

「そいつは神霊も邪霊も等しく断ち切ることのできる神造兵装じんぞうへいそう天宵羅刹刃あまよいのらせつじんだ。そいつがあれば、邪霊は元より、我々神霊ですらほふることが可能となる」

「……え?」


 朱里は、ラファエラの言葉に固まった。



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