3.転生の代償
ノックに応えるように
白地のロングワンピースを身につけた、長身で美しい女性。
聖女と呼ぶにふさわしい、見る者すべてを魅了しそうな麗しの美姫。
今現在の
そういう類いの女性だった。
「あら? お邪魔だったかしら?」
彼女はとても親密そうにしている貴弘と朱里を見て、面白そうに笑う。
「いえ。お嬢様にお食事を摂っていただいているだけですので、お気になさらず」
「……お嬢様、ね」
「……何か?」
「いえ、深い意味はないの。ただ、既に現実を受け入れていることに感心しているだけよ。何しろ、貴弘君が亡くなったばかりの頃は、本当に魂の抜け殻のように――」
「
ニコニコしているワンピースの女性――
貴弘は二人のやりとりを不思議そうに聞いていたが、彼の関心はすぐ様、別のところへ移った。
目の前の梓乃と呼ばれた女性に、どこか見覚えがあったような気がしたからだ。
昨日も当然彼女の姿を見ているが、それ以前にどこかで見たことがあったような気がする。
腕を組んで可愛らしい顔を軽くかしげる貴弘を尻目に、梓乃は二人に近寄る。
「今後のことについて、色々話しておきたくて来たのだけれど、いいかしら?」
「私は問題ありませんが」
そう言って朱里は貴弘を見る。美少女と美女二人の視線を浴び、貴弘は我に返った。
「ん? あぁ、オレも構わないけど」
「そう、それはよかった。食事しながらでいいから、少し話をさせてね」
梓乃は近くにあった椅子に座ると、足を組む。そして、手に持っていたA4サイズの封筒から書類を取り出した。
「それでは話をする前にまず、ちゃんと自己紹介からした方がいいわね。朱里ちゃんはある程度知っていると思うけれど、貴弘君とは初対面だし」
「……ぁあ、そうだね。そうしてもらえると助かるな。目を覚ましたばかりで、いまいちよくわかっていないことも多いし」
「でしょうね。それじゃ改めて、私は上宮寺梓乃。一応、東京の青山で美容師をやっているわ」
「美容師……? あ、そうだ。どこかで見たことがあると思ったら、テレビやネットで見たことがあったけど、あれか」
上宮寺梓乃二十三歳。
貴弘が三月まで通っていた
大学在籍中、毎年開催されていた大学主催のミスコンで何度もクイーンの座についていたり、全日本大学ミスコンでもグランプリを取ったりと、華々しい学生生活を送っていた。
また、そういった経緯があるからか、芸能界デビューも確約されていたのだが、彼女はそれを辞退し、美容師の道へと進んだ。
そう世間一般には認識されている。
今現在はカリスマ美容師として時々テレビにも出ており、予約を取るのも半年待ちという噂もあった。
「私としてはあまり目立ちたくはないのだけれど、周りがうるさくて仕方なく、ね」
梓乃は心底困ったような顔を浮かべるが、すぐに元のニコニコ顔に戻る。
「まぁ、私の表向きの顔のことは、とりあえず置いておくとして、ここからが本題なのだけれど」
「表向き?」
「えぇ。朱里ちゃんから何か聞いているかもしれないけれど、私の本業は
「邪霊払い……? そう言えば昨日、朱里が
しかも、ただの人間ではないとも不吉な発言をしていた。
「えぇ、それも関係しているわね。貴弘君は魂について、疑念はあるけれど、否定はしないというスタンスよね?」
「……まぁ、そうだね。時々変なものが見えるし、それに、昨日のあの人の話じゃないけど、あれが事実なら、オレが今、女になっている状態にも説明がつくしな」
「それなら話が早いわね。簡単に説明すると……この世界には、人に魂が宿っているように、それ以外にも精霊と呼ばれる霊的存在が無数に存在しているの。そして、その精霊というカテゴリーの中に、神霊や邪霊と呼ばれる霊的な生き物が属していると言われているの。だけれど、この邪霊というのが人に仇なす存在だから、それを駆逐しなければいけない。それを行っているのが、私たち邪操師、というわけなの」
ニコッと笑う梓乃に、貴弘は難しい顔をする。
「ふ~ん? なんか、よくわからんけど、幽霊みたいなものってことか? 霊的存在っていうくらいだし」
「まぁ、それに近いかもしれないわね」
「なるほど。なんとなく理解したけど。でも、なんでその、邪霊だか神霊だかっていうのを倒す邪操師がこんなところにいるんだ? なんの意味もなく、この家にいるわけじゃないんだよな?」
眉間に皺を寄せる貴弘に、梓乃は「勿論、仕事だからよ」と、事もなげに告げる。
「仕事?」
「えぇ。私の仕事はあなたの護衛」
「護衛……って。なんでオレを護衛する必要がある?」
「それは、あなたが邪霊やそれ以外の化け物に襲われる可能性があるからよ」
「――は?」
相変わらずニコニコしながら言う梓乃に、今度ばかりは意表を突かれ、貴弘は固まった。まるで意味がわからない。
「ちょ、ちょっと待って。なんでオレが襲われるんだ? オレ、なんかやらかしたか?」
「ん~……そうね。正確にはあなた、というよりも、その身体が、ね」
「身体って……意味がわからないんだが? オレがホムンクルスだからか? それともやっぱり、あのラファエラって女、マフィアの犬かなんかで、オレのこの身体が敵の組織に狙われてるとかって、そういうことか?」
慌てふためきオロオロする貴弘に、梓乃は笑顔を通り越して吹き出した。
「あはは……。マフィアって、あの人が? ふふふ、それ面白いわね。今度、ラファエラのことをそう呼んでみようかしら」
「茶化さないでくれよ」
「ふふ、ごめんなさい」
梓乃は笑いながらそう謝ると、すぐに気を取り直して、真剣な顔を浮かべる。
「彼女はマフィアではなくて、神霊憑き――正確に言えば、神霊よ」
「神霊? そう言えば、さっきそんなこと言ってたな」
昨日、朱里の口からもちらっと出ていたことを思い出し、横に控えるメイドの少女を一瞥する。彼女は静かに頷いた。
貴弘はもう一度梓乃を見る。彼女も軽く頷いた。
「神霊は邪霊と対をなす精霊族の片翼なのだけれど、邪霊とはちょっと性質が異なるの。神霊も邪霊も、本来は
「生きられないってどういうことだ? こっちの世界に存在しているんだろう?」
「えぇ、そうよ。確かに存在しているわ。だけれど、彼ら精霊族ってね、こちらの世界に存在しているだけで生命力が削られていって、やがては死に絶えてしまうの。だから、彼らはこちらの世界で生き続けるために、二つの選択肢を選んだの。一つは人を襲い、魂を喰らって生命エネルギーに変え、更に奪った身体で他の人間の魂を喰らい続ける道。これを選んだのが邪霊ね」
貴弘は霊感体質が原因で昔からおかしなものをちょいちょい見てきた。
あれが邪霊かどうかはわからないが、自分が襲われている姿を想像し、ぞっとする。
「ンなもんに襲われたくないぞ?」
「まぁ、普通はそうでしょうね。だから、私たちがいるのだけれど」
梓乃はそこでニコッと笑う。
「なるほど。邪操師様々ってことか」
貴弘はそう呟いてから、「それじゃ、もう一つの神霊っていうのは?」と、梓乃に聞く。
「――彼らは人と交渉し、それを受け入れた人間と契約をかわして、一つの肉体を共有する道を選んだ者たち。その内の一人に、昨日会ったラファエラがいるわ」
貴弘は昨日の白衣の女がただの人間ではないと改めて言われ、妙に合点がいった。
「そういうことか。道理であの人、おかしなことばかり言ってたわけだよ。神霊だかなんだか知らないけど、人間じゃないから、魂がどうとか、移し替えとか、ホムンクルス作ったとか言い出したのか」
「そうね。まぁ、私もあの人たちのことをすべて理解しているわけではないし、したいとも思わないけれど、普通でないのは確かでしょうね」
「普通ね……。まぁいいや。なんとなくだけど、状況は把握できたよ。あの人が神霊で、オレが邪霊に襲われるとかって話。だけど、よくわからんが、なんでオレが狙われるんだ?」
朱里が口元に運んでくる焼き鮭を
「あなたが普通の実験体――ホムンクルスではないからよ」
「へ? どういうこと?」
「なんでも、特殊な個体らしくてね。桁外れに霊力が高いらしいの。さっき、邪霊が魂を喰らうって話、したでしょう?」
「あ、あぁ」
「あれは、生命エネルギーである霊力を補充するためなの。だから、霊力が高すぎるあなたは格好の獲物、というわけ」
事もなげに言ってくれる梓乃に、貴弘は目の前が真っ暗になった。
「なんでそんな身体にオレを入れやがった。嫌がらせか? いじめか? いや、絶対、そうに決まってる。あいつ、めっちゃ陰険そうな面してやがったし」
アイドルもかくやというほどの愛らしい顔で口汚くブツブツ言い始める貴弘に、梓乃は肩をすくめた。
「まぁ、あの人が陰険なのは否定しないけれど、本当にその身体しかなかったというのも事実でしょうね。でなければ、彼らが大切に保管しておいた
「曰く付きって……なんか、更にきな臭い話になってきてるような気がするんだけど? 邪霊に狙われやすいとか、普通のホムンクルスじゃないとか。不安でしかないんだが?」
「ふふ。まぁ、あまり気にしなくてもいいわ。そのために私がいるのだもの。それに、このお屋敷周辺には強力な結界も張ってあるし、邪霊が相手であれば近づくこともできないわ」
「そうなの?」
「えぇ。邪霊や
「ちょっとっ。信用できないって、大丈夫なのっ?」
「おそらく、としか言えないわね。何が起こるかわからないし。まぁ、でもきっとなんとかなると思うわ」
「ホントかよ」
「えぇ。だけれど、今の話はあくまでも、このお屋敷の中にいれば、という前提でのことよ。もしも、一歩でも外に出たら――」
彼女はそこでワンクッション置いてから、再度、口を開く。
「命の保証はできないわ」
そう言った時の彼女の瞳が、心の奥底を覗き込むかのような鋭いものに変わっていた。
貴弘はドキッとして、顔を引きつらせ、そして、絶句する。
代わりに朱里が口を開いた。
「大丈夫ですよ、梓乃さん。私がしっかり監視していますので。お屋敷の外には行かせません」
無表情に言ってのける彼女に、貴弘は我に返り、勢いよく首を巡らせる。
「ちょっと! 何その監視って! やめて欲しいんだけど!?」
しかし、抗議する貴弘を無視して、彼女は白米の載ったスプーンを無理やり、彼の口の中に押し込んでしまう。
「ンむぐくぅ~!」
貴弘はそれに怒って抗議しようとするが、残念ながらスプーンが邪魔で声を出せなかった。
そんな二人を見て何を思ったのか、梓乃がクスッと声に出して笑う。
「なんだか微笑ましいわね。とっても癒やされるわ」
「ちょっと! 勝手に人を癒やしにしないでくれる!?」
なんとか口の中のものを飲み込んだ貴弘は、今度は梓乃に抗議するが、彼女は「うっふふ」と妖しい艶微笑を浮かべるだけだった。
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