5.おかしな妹メイド
「なんだかなぁ……」
自分の身に起こったあまりにも非現実な出来事に
「貴弘様。突然のことで色々戸惑うこともおありでしょうが、とりあえず、ゆっくりお休みになってください。まだ、お身体が万全ではないのですから」
そう言って、寝ている貴弘に布団を掛ける。
「て……ぉい。どさくさ紛れに何頭撫でてんだ。オレは子供じゃねぇぞ!」
貴弘は叫んでからぶそ~っとする。
「たくっ――にしても、なんでこんなことになっちまったかなぁ……? オレが悪いのか? そうなのか?」
ブツクサ言い始める貴弘に、生真面目に朱里が反応する。
「貴弘様が悪いわけではありませんよ。誰のせいでもありませんし、
悲しそうな顔をする朱里に、貴弘の眉間に
「なんでそうなるんだ?」
「だって……私があの時、無理にでもお止めしていればこんなことには……」
おそらく、学校行く行かない云々のことを言っているのだろうが、貴弘は
「朱里も聞いていただろう。発症したら助からないって。つまり、オレはこうなる運命だったんだよ。お前のせいじゃないさ」
「ですが……!」
今しも泣き出しそうな顔をする朱里に、貴弘はげんなりする。
「あぁ、もう、わかったから。その話はこれでおしまい。な? で、そんなことよりもだ。あいつら、本当に大丈夫なんだろうな?」
「……はい?」
突然話が変わり、朱里は戸惑っているようだ。
「いや、ほら。オレの命を助けてくれた医者だか科学者だかって言われてたから、あぁそうか。ってつい納得しちまったけど、よくよく考えてみると、あいつらやばくね?」
「と、おっしゃいますと?」
「だって、魂移すとかホムンクルスとか、常識的に考えておかしいだろう。普通の科学者がそんなことするか? あいつら本当はどっかの組織に雇われた怪しいマッドサイエンティストで、オレを実験台にしようとしてるんじゃないだろうな? 本当に大丈夫なのか?」
疑問符しか浮かんでこない貴弘に、すっかり憂いの消えた朱里がきょとんとする。
「貴弘様が何を心配されているかは存じ上げませんが、あの方々のことなら心配いりませんよ? 旦那様のお知り合いですし。何より、ただの人間ではありませんからね」
「……え?」
父親の知り合いというのも初耳だったが、それよりも、そのあとの言葉にぎょっとする。
「私もよくは存じ上げませんが、なんでも、先生は
事もなげにおかしなことを言い出す妹に、貴弘は頭が痛くなった。
「お前、自分が何言ってるのかわかってるのか? あいつが人じゃないとか、それって全然大丈夫じゃねぇじゃねぇかっ」
可愛らしい声で叫んだ貴弘は、急に
なんだかすべてがどうでもよくなってきた。
真面目に考えるだけ馬鹿馬鹿しい。
いっそ、すべてが夢であってくれたらと願わずにいられなかった。
そうすれば、こんなにも悩まずに済んだのに、と。
「なんかもう疲れた……寝るわ」
深い溜息を吐いて、貴弘は
「わかりました。それではゆっくりお休みください――あ、そうそう。今後のことなのですが、当分の間は先生のおっしゃっていた通り、
貴弘は適当に聞き流して、「あぁ」と答えたのだが、「ん? お世話? お手洗い?」と、朱里の言葉に引っかかりを覚えて、眉間に皺を寄せた。
しかし、彼女はそれに気づいた風もなく先を続けた。
「それから、今後は移動もすべて車椅子となりますので、ご用があるときは気兼ねなく、内線でお呼びください」
「なんかよくわからんけど、わかった。色々面倒かけてすまん」
貴弘は考えるのも面倒くさくなってそれ以上何も言わず、目をつむって左手の甲をおでこに乗せた。
その姿はどこからどう見ても、小学生か中学生になりたての少女が、ぶーたれて寝ているようにしか見えなかった。
それを見つめる朱里は、なんとも言えない顔色を浮かべていた。悲しそうな、それでいてどこか嬉しそうな、そんな妖しげな色合いだった。
「それともう一つ。大切なことを言い忘れていましたが、今後は貴弘様のことはお嬢様と呼ばせていただきますね」
突然変なことを言い出す妹に、貴弘は疲れも吹っ飛び、
「は? 今なんて?」
「いえ、ですので、お嬢様とお呼びしますと」
「ちょっとまて! なんでそうなる!?」
「なんでと言われましても……。よくも悪くも、既に貴弘様の葬儀は執り行われてしまっているのです。一部の方々は貴弘様の事情を大体把握されていますが、このお屋敷の中にも、現在の貴弘様のことを知らない方々がたくさんおられます。ですので、これからはお嬢様と呼ばせていただきます」
さも当然といった顔をしている朱里に、貴弘は「マジか」と呟き、頭の中が真っ白となった。
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