4.魂の受動体




 余程しばらくして、現実逃避から戻ってきた貴弘たかひろは、やる気なさげな視線をラファエラへと投げた。



「そう言えば……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」


「オレの身体がなくなったのはまぁ、納得はできないけど理解はした。だけど、さっき魂を移し替えたとか言ったよな? 本当にそんなことが可能なのか? もしそれが可能だとして、あんたたちが保存していたっていうこの身体はいったいなんなんだ? この身体にも魂が入っていたんじゃないのか?」



 投げやりな気分で問いかける貴弘に、ラファエラは足を組み直してから口を開いた。



「まぁ、当然の疑問だろうな。詳しい説明は長くなるから割愛するが――人の身体には魂が宿っている。そこまでは理解しているか?」

「……あぁ」


「人の魂がどこから来てどこへかえっていくのか。その辺の詳しいことわりはよくわかっていない。だが、確かなことが一つだけある。新しい命が芽吹く時、魂はどこからともなくやってきて、肉体に宿るということだ。そのときに重要となるものがある。それが魂の受動体じゅどうたいだ」



 ラファエラはそこまで言って、貴弘をじっと見つめた。



「人の身体には誰しも受動体がある。そこに魂が定着結合することで、魂の定位率が百%となり、人が人として生きていくことが可能となる。しかし、この論理が成立しないケースがある。本来肉体に宿るはずの魂がどこからも湧き出ず、結果的に宿らないケースがな。それが、人為的に作り出した肉体の場合だ」

「……人為的……て、なんか嫌な予感がするんだが?」



 貴弘には目の前の女が何を言っているのか、難しすぎてほとんど理解できなかったが、一つだけわかったことがあった。それは、



「まさか……あんたら、人造人間ホムンクルス作って、その中にオレを入れたんじゃないだろうな?」



 冷や汗交じりに問いかけるが、それに目の前の女は至極当然のように、



「人為的に生み出された人間がホムンクルスとするならば、そうなのだろうな」



 などと、言い出した。

 貴弘は頭を抱えた。



「あんたらいったい何やってんだよ――ホムンクルスって、マジでそんなもん作ったのかよ。てか、本当にそんなもん作れるのか? 今の科学技術でそんな――」


「何を驚いているのだ? 人の身体を作ることなど、造作もないことだ。なんなら、キメラを作ることも不可能ではない」



 複数の生命体を一つに混ぜ合わせて作り上げた複合生命体。

 蛇やらライオンやらの頭やサソリの尻尾などがくっついている生き物を想像し、貴弘は呆然となる。



「――あんた、マジで言ってるのか?」

「私が冗談を言っているように見えるか? こう見えて、私は冗談が嫌いなのだ」



 平然と答えるラファエラに、貴弘はこれまで知らされた事実によるショックと相まって、この上なくげんなりさせられた。


 非常識すぎる。

 ただでさえ、おかしな病気にかかって一度死んでいるのに、目が覚めたら他の人間――ホムンクルスの中に入れられていたとか、意味がわからない。

 頭がおかしすぎる。

 なんでそんなことが平然とできるのか。


 命を助けてくれたことには素直に感謝するが、だからといってこんなのはあんまりだった。



「どうせ別の身体に移すんなら、せめてオレのクローンを作ってそこに移すとか、超絶イケメンの中に移すとかして欲しかったんだけどな」



 ベッドに寝そべったまま、ぼやく貴弘に、ラファエラは無慈悲な真実を突きつけた。



「それは不可能だな。魂が抜けてすぐに移し替えなければ、お前は完全に死んでいたからな。そして、その時に保存してあったのがたまたま、その身体だったというだけのことだ。しかも、その身体の受動体が壊れていたからいいようなものの、もし、普通のホムンクルスに魂を移していたら、間違いなく、魂のオーバーライドが発生して、お前という人格は消滅していただろうな」

「――は?」



 白衣の女が何を言っているのかわからず、貴弘はぽかんとした。ラファエラは続けた。



「先程も少し説明したが、人の魂は肉体に形成された受動体と結びつくことによって初めて、人として生きることが可能となる。そしてそれは、既に魂の入っている肉体に魂を移し替えることができないということを意味している」



 ラファエラは一度言葉を句切り、貴弘の様子を確認してから再度口を開いた。



「だからこそ、魂のないホムンクルス以外に選択肢がなかったというわけだが、このときに問題となるのが受動体だ。人の身体には必ず霊的器官である受動体が備わっており、それと魂が結びつくことで一個の人格を形成し、人が人たり得る――」


「ちょ、ちょっと待って……! あんたが何言ってんのか、さっぱりよくわからないんだけどっ? 素人でもわかるように説明してくれっ」

「仕方がない奴だな」



 ラファエラは渋い表情を浮かべながらそう前置きして続ける。



「人の身体には受動体と呼ばれるものが存在している。そして、それと魂が結びつくことで初めて人格が形成され、一つの生命体となる。ここまではいいか?」

「あ、あぁ」


「本来の人間であれば、この受動体との結びつきがなされれば、その後、普通の人間として生きていくことが可能となる。しかし、お前のように、魂の移し替えを行う場合には話が変わってくる」



 相変わらず何を言っているのかさっぱりだが、人為的に作り出したホムンクルスには魂が宿らないこと。既に魂が宿っている人間には魂が移せないこと。そして、その受動体と呼ばれる霊的器官に魂がくっつくということだけは理解した。

 しかし――



「よくわからんが、なんで、移し替えの時だけ例外になるんだ? 普通にくっつくんじゃないのか?」

「無論、その通りだ。だが、魂と受動体が結びつくときには必ず、魂のオーバーライド――つまり、初期化だな。魂の中に蓄積されている情報すべてがリセットされてしまうのだよ」


「リセットって、意味がわからないんだが? それ以前に、魂の情報ってなんだ?」

「人の魂には記憶や人格といった、それまでに培ってきた情報が蓄えられているのだよ」


「え? 記憶?」

「あぁ。本来、記憶とは脳に刻み込まれていくものだが、同様に、なぜか魂にまで書き込まれていてな。しかし、人格だけは別だ。そのすべてが魂に刻み込まれているのだよ」


「は? ちょっと待って。意味がわからないんだけど? なんで魂にそんなもんが――て、そうか。幽霊とかって、人格っぽいのあるからおかしくないのか。だから、オレみたいな魂をホムンクルスに突っ込むと、全部初期化されて記憶も人格もなくなってしまうってことか?」


「そういうことだ。通常の人間であれば、なんの情報もない真っ白な状態の魂が赤子の時に受動体と結合するから問題ないのだが、既にいくらかの歳月を人として生きてきた魂の場合は、必ずなんらかの情報が刻み込まれているからな。ゆえに、魂が入っていないホムンクルスだからといって、そこにお前の魂をそのまま移した場合、受動体と結合した瞬間、魂のオーバーライドが発生し、お前の人格も記憶もすべて消去されて、まったくの別人――もっと言えば、赤子みたいな状態になってしまうというわけだ」


「なるほど……。なんとなく、あんたが言っていることは理解したが、だけど、だったらなんで、オレはこうして普通に生きているんだ? そういやさっき、受動体が壊れていたとか言っていたけど、あれ、どういう意味だ?」


「言葉そのままの意味だよ。その身体は以前、とある実験に使用していてな。その時に不慮の事故が発生し、受動体が壊れてしまったのだよ」

「実験って、何やってんだよ、あんたたち。ホムンクルス作ったり、その作ったやつで、よくわからない実験やったり」



 呆れたように言う貴弘だったが、ラファエラはまったく意に介した風もなく、肩をすくめる。



「まぁ、どう解釈されても構わんよ――ともかくだ。本来であれば、受動体の壊れた肉体はそのまま放っておくと衰弱死してしまうのだが、少々訳ありでな。その身体を失うわけにはいかなかったのだよ。だから、我々はそれを保存しておいたのだが、そんな時にお前の話がきたというわけだ」



 特になんの感慨もなさげに言う白衣の女に、貴弘は「なんだかなぁ」と思いつつ、ふと、あることに気がついて急に不安になってきた。



「なぁ。少し気になったんだが、この身体、本当に大丈夫なのか?」

「何がだ?」


「だって、壊れているんだよな? それなのによく魂がくっついたよな。それに、そもそもなんだけど、そんなのに入ってて、オレは生きていけるのか?」

「まぁ、当然の疑問だな。お前の言う通り、本来はあり得ない、イレギュラーなやり方で魂を突っ込んだからな」

「イレギュラーって……」



 ラファエラの無責任な発言に、貴弘はより一層、不安に心を揺さぶられた。

 そんな彼を見て、ラファエラが肩をすくめる。



「そんな顔をするな。先程も説明したが、本来であれば肉体と魂は受動体があって初めて結合する。しかし、お前のその身体は受動体が壊れているゆえ、通常の方法では結合できない。だが、不可能ではないのだ」

「どういうことだ?」


「つまり、受動体とは言わば、肉体を操る操縦桿のようなものだ。ゆえに、操縦桿のない戦闘機のコックピットに、パイロットである魂が収まったとしても、肉体である戦闘機は動かせない。で、あるならば。操縦桿がないのならば、パイロットが直接、電子機器やエンジン、尾翼などを動かしてしまえばいいだけのこと。魂の定着にも同じことが言える。要するに、肉体と魂の同化だよ。時間をかけてゆっくり魂を肉体に浸透させていくことで、少しずつだが、魂を肉体に定着させることが可能となるのだ。そのために、お前は魂の移し替えを行ってから一月ひとつきほど、ずっと昏睡状態だったというわけだな。もっとも、まだ完全に魂の定着はなされていないから、更にあと一月ほどは絶対安静だがな」



 なんだか漠然としすぎていて、貴弘にはよくわからなかったが、



「とりあえず、この身体にいて、安静にしていれば、問題ないってことか?」

「ま、そういうことになるな。だが、魂魄解離こんぱくかいりもそうだが、今回の魂移送はすべてがイレギュラーだ。万一ということもある。くれぐれも、軽はずみなことはしてくれるなよ?」

「――わかった。善処するよ」



 ラファエラは貴弘の返事に頷くと、助手を伴い部屋を出て行った。


 それまで成り行きを見守っていただけの栗色の髪の美女も、貴弘にニコッと微笑みかけると、右手をひらひらさせて出て行ってしまった。



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