第1章 世界一の超絶美少女
1.貴弘と守護メイド
――四月某日。
その日、
このまま死んでしまうのではないかとすら思い、絶望する。
朝六時頃、目覚ましの音で目を覚まして
更に、頭痛にも
数ヶ月前から体調が思わしくなく、結構な頻度で
だからこそ、いよいよやばいのではないかと、そう感じたのである。
貴弘は
しかし、
なんとなく吐き気までしてくる。
昨夜の記憶を辿ってみるが、酒を飲んだ覚えもない。
というよりも、貴弘はまだ十六歳の高校生だから、当然、飲酒などするわけがないし、非行に走った記憶もない。
これでも一応、真面目に生きてきたつもりだ。
中学時代、クラスの悪ガキに絡まれたことはあったが、彼らとつるんだ記憶もない。
それどころか、彼の場合、悪ガキはおろか人畜無害な人間すら遠ざける傾向にあったから、周囲の人間関係に影響を受けて、色々な物事に興味を示す機会すらなかったとも言える。
だからこそ、非行の代名詞である酒やタバコなどを
彼個人、飲みたいとも思わなかったし。
そういったわけで、記憶にないというだけで知らない間に酒を飲んでいた、なんてこともあり得なかった。
(今日から高二だというのに、本当に最悪だな……)
貴弘は額を押さえながら心の中で
何もできずにベッドの上で固まっていたら、部屋の扉がノックされた。
「貴弘様。もうお時間ですが、まだ寝ておられるのですか?」
貴弘の妹であり、専属メイドでもある
彼と同じく十六歳で、本日より、高校二年生になったばかりの女の子だ。
彼女は貴弘と歳が一緒ということもあり、
彼女は幼少期の頃、貴弘の父の会社が管理運営する孤児院から里子として早瀬川家に引き取られてきただけで、血の繋がりはまったくなかった。
以来、彼女は貴弘の義理の妹として共に過ごしてきたのだが――
もらわれてすぐ、なぜか彼女はメイド兼、貴弘の護衛役を兼任するようになってしまったのである。
そのことを父親から説明された時にはとても面食らったものだ。
なぜ養女にメイドなどさせるのか、未だに貴弘はその辺の事情を理解していない。
しかし、彼女自身はなんの疑問もなく自分に与えられた役割をこなしてきている。
それこそ、貴弘が生まれる前からこの家で働いてきた他のメイドたちと比べても引けを取らないほど、よく気がつき、よく働く。
メイドの手本のような存在とすら思われた。
――が、である。
貴弘はそれが気に食わない。
なぜなら、彼女は自分にとっては妹以外の何物でもなかったからだ。
どうして妹にメイドなどさせるのか。
させなければならないのか。
父や朱里に対して納得できず、昔はよく当たり散らしたものだが、対する二人の態度はいたってシンプル。
「それが本分だから」と。
それしか返ってこなかった。
貴弘は、今日も律儀にメイドの仕事をこなす妹に、軽く諦めの
だが、やはり、できたのはそこまでで、声を出す気力もなかった。
そんな感じでしばらく無反応を決め込んでいたら、何かを察知したのか、朱里が勢いよく扉を開け、中に入ってきた。
「貴弘様……? どうなされたのですか? どこか具合でも悪いのでしょうか?」
彼女は手にした貴弘の着替えをベッドの上に置くと、微動だにしない兄の顔を覗き込もうと床に両膝をつく。
ふわりとした黒いドレス風のメイド服のスカートが床に広がった。
貴弘は額に右手を当て、しかめっ面のまま口を開く。
「朱里……」
「はい」
「ちょっと起きるのを手伝ってくれ。今日は新学期初日だからな。何がなんでも学校に行かないと」
「しかし、そのご様子。本当に大丈夫なのでございますか? 本日は休まれた方が……」
「大丈夫だ。ちょっと目眩を起こしただけだ。多分、貧血だろう」
「貧血と言われましても。貴弘様はそのような体質ではなかったように思われますが?」
「昨日夜遅くまで起きてたから、それも原因かもしれない。とにかく、今日は絶対に学校行くからな。だから、頼む。あと、
貴弘が言う佐竹というのは長年、父の秘書を務めてきた老紳士のことで、今現在は貴弘や朱里、二人の専属執事として面倒を見てくれている人物だ。
彼は既に七十歳を超えており、高齢者ということもあって、本来であれば引退していてもおかしくない年齢だった。
しかし、昔から二人のことを実の子供のように可愛がってくれていたためか、六十五歳で秘書から身を引いたあとも、そのまま二人の面倒を見てくれていた。
貴弘と朱里が東京の名門私立中学を卒業して、進学のために現在住んでいるここ――内陸部にある一大別荘地の
とても義理堅くて人情に厚く、それでいて時に厳しい。そんな人だった。
佐竹に頼めば大抵のことはやってくれるはずだから、依頼すれば学校への送迎など快く引き受けてくれるだろう。
ゆえに、特に体調が悪くなくてもその気になれば毎日、自家用車での通学も可能である。
しかし――
いくら自分の家が金持ちだからといっても、無理して自家用車で通う必要なんかない。通学バスを利用できるのだから。
そういったわけで、二人とも、さすがにそこまで面倒をかける気にもなれなかったから、通学バスで登校していたのである。
苦痛を堪えながら苦笑する貴弘の顔を、至近距離でまじまじと見つめていた朱里が何か言いたそうにしていたが、諦めたかのように溜息を吐く。
「わかりました。ですが、くれぐれもご無理はなさらないようにお願いします」
「……あぁ」
貴弘は軽く一呼吸ついてから、相づちを打った。
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