第6話 再会の条件(現在)

 ケンタッキーダービーに出走する鍛え抜かれた競走馬たちが、関係者と共にパドックから本馬場へと歩みを進める中、僕はある競走馬を探していた。手元にあるレーシングプログラムを広げて「Silent Bird」という名を探していた。ゼッケン番号5番のこの馬が僕と彼女をもう一度つなげてくれた。いや、つなげてくれるのかどうかまではこのときまだ判らなかった。


 続々と出走馬たちはレーストラックへ降りてくる。僕はようやく「Silent Bird」を肉眼で見つけることができた。あの馬か。真っ黒く筋骨隆々の大きな馬体に鬼神でも宿っているのかと思わせるような強力な眼力をしていた。


 馬に見とれてしまった僕はハッとした。


 辺りを見渡してみたが、さっきまで散乱していた人混みは今ではレーストラックの方へ一塊になって押し寄せていた。人の塊の後ろの方には少し空間がある。僕はそこに移動してまた周りを見渡した。


 だがアンジェルは居そうになかった。


「My Old Kentucky Home」の合唱グループがレーストラック脇のステージにスタンバイしている。毎度お馴染みの人なのか判らないが、丸々とした体系の赤い服を着た男性がトランペットを口に構えると会場がほんの少しだけ静かになる。彼が軍隊のラッパ曲のようなファンファーレを放つと、いよいよ「My Old Kentucky Home」の大合唱が始まる。


 伴奏が始まると、競馬場に集った全ての人たちがライブ会場のように声を合わせて歌い出す。その一体感は他では味わえない、ある種の特別な儀式のような荘厳さすら感じた。あの夏の日、初めて彼女が僕の部屋で歌ってくれたあの曲だ。


 ケンタッキーダービー、Silent Bird、My Old Kentucky Home。


 アンジェルが現れる条件を全て満たしているはずなのに、彼女は僕の前に現れない。


 まさか、もう・・・アンジェルは。


 足がすくんでいくような、あのときと同じように、僕の身体は嫌な反応を示していた。

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