第5話 彼女が初めて僕の家に来た日 ~No.2~
「それだったんだ。その曲が課題曲だったんだ。」
「そう、で、エレキギターを買ってもらったわけなんだけど、普段使いはいまだにこのフォーク。」と言って、アンジェルはギターをシャカシャカ鳴らした。
「そうそうヒデ。ヒデが作った曲を聞かせてよ!そのために今日は来たんじゃない。」
彼女は僕のことを出会った最初から「ヒデ」と呼んでいる。両親や姉、近しい男友達からした呼ばれたことがない名前を。まぁ、外国人文化の中で育った彼女からしたら当たり前なのだろうけれど、それだけでいちいちドキッとしたものだ。
「ベースもドラムもまだ考えていないんだけど・・・」と、とりあえず言い訳をつけて、恥ずかしかったけれど僕が生まれて初めて完成さえた曲を彼女の前で弾き語りをした。ミドルテンポのロック調だったが、曲が終わる頃には僕は全身汗だくになっていた。緊張、照れ(母親の耳)、もう色んな感情のごった煮を真夏日のクーラーの無い部屋で食らったのである。
僕の曲が終わるとなんの感想も述べずにアンジェルは「OK。じゃ次は私の曲を聞いてみて。」と言い、「え?」と僕の返答と同時に彼女も激しいめのフレーズを弾き始めると一気に歌い始めた。さすが歌詞に英語がふんだんに織り込まれていて悔しいけれど格好良かった。彼女はいつも白い肌なのに頬を赤く紅潮させて、金色のシルクのような髪の隙間から首筋へ、鎖骨から胸元まで転がり落ちる汗に、クライマックスを迎える彼女の曲と同様に僕の心も跳ねくり返っていた。
彼女が曲を弾き終えると、またさっきと同じように僕の感想を聞くわけでもなく勝手に話を始めた。
「ヒデがギターとメインボーカル。私はギターとコーラスね。ベースとドラムは私に任せておいて。パパの知り合いにサポートで入ってくれる人を紹介してもらえるから。う~ん、ヒデのさっきの曲ね。あれってバックにストリングスを入れた方が良いと思うの。だからキーボードもメンバーに追加した方が良さそうだよね。」
ギターを持ってベランダの奥の方にある背の高い入道雲を見ながら、アンジェルの話はどんどん空のかなたへ進んで行ってしまう。
「OK。とりあえず早くヒデの曲のデモテープを作りましょう。私の曲はもう数曲デモテープは完成しているの。今度渡すからヒデも練習してみてくれない?」と話しながら彼女は黒いゴムバンドで長い髪を後ろに一括りに結った。
「ちょっと待って!僕がメインボーカル?僕よりもアンジェルの方が全然歌も上手だし英語の発音も良いしさ、何よりもきみには花があると思うよ!」と、そう言うと彼女はフ~ンとちょっと考えて「私が花なら尚更なんじゃない?花は脇を飾るものじゃなくって?」とイタズラっぽく笑って切り返してきた。
今の僕ならばなにかツッコめたのかも知れないが、当時の僕には何の言葉も返せなかった。
見た目は思いっきり西洋人なのに言葉に和装を持たせるなんて、そんなアンジェルの魅力に僕はどんどん惹かれていった。
色んな意味で焦げるようだったあの夏の日。あの日から僕と彼女の物語が始まったんだ。
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