第3話 アンジェルとの出会い ~No.1~

 バンドブームもあって中学2年生になると僕はクラスメートのT君とY君、E君の4人でバンドを組んだ。


 とてもありがちだが僕は本当はギターをやりたいのに、リーダーっぽいT君がすでにギターをある程度弾けたため「お前はベースな。」と勝手にポジションを決められてしまっていた。


 少ないお年玉でなんとかベースギターを買ったのだが、やはり僕はエレキギターの練習もしたかったので、仕方なく近所の公民館の中の隅っこにある貸しスタジオ(スタジオと呼べるほどのものではなかったが安いかったので重宝した)で、ひとりでレンタルのエレキギターを手にたまに練習をしていた。


 ある日、練習を終えてスタジオを出ると、隣にあるもうひとつのスタジオから少しだけ音が漏れていた。公民館にあるようなスタジオなので、安いかわりに作りや設備は粗末なものだった。なのでバンド練習なんてしたら音がダダ漏れの設備だった。


 隣から漏れ聞こえていたのは女性の歌声とギターのシャンシャンとした音。


 どこかで聞いたことのあるメロディーだったが、あとで彼女に聞いたら「Take Me Home, Country Roads」だったらしい。


 晩春の少し蒸し暑い日だった。公民館へ向かっている途中、古びたギターケースを両手で持った、色白で金髪の女の子が道端の柵に寄りかかっていた。袖なしのワンピースは藤色をしていた。スラリと背が高く見えたが、足元をよく見ると底が高いサンダルを履いていた。僕と同い年くらいかな・・・。その程度で彼女の横を通り過ぎようとしたとき、サンダルの片方の紐が切れているのに気が付いた。数歩過ぎるまでの間に、数秒前までの彼女を思い返していた。僕の想像上の彼女の表情が困り顔だったことに気が付いたのと同時に、彼女が妙に眩しく思い出せたことに、いきなり胸がドキッとした。


 金髪だったよな。あれは完全に外国人だよな。僕は日本語以外は話せないし、英語の授業も不真面目だからカタコトも無理なんだ。


 気が付いたら僕は彼女のところへ数歩だけ戻っていた。言葉が通じないと思っていたから、たぶん日本語にも英語にもなっていない言葉をムニャムニャ言って僕は彼女のサンダルを指差した。


「えっ?・・・きみ直せるの?」と彼女。


 僕は彼女が普通に日本語を発したことにも驚いたが、彼女の青い瞳と白い肌を目の当たりにして、今まで出会ったことがない人間と遭遇したことに面を食らっていた。中学に入学してから今までの一年とちょっと。入学当日からクラスメイトのOさんに一目惚れして目下片思い中の僕が、その一瞬にしてOさんへの恋心はどこかに消し飛んでしまった。何とか気を取り直して彼女のサンダルを手に取って直せるかやってみた。僕はちょっとだけ器用なところがある。だから応急処置程度ならどうにか補修できた。


「ありがとう。これで今は大丈夫だよね!」と彼女はその長い片足を上げてみせたが、僕は彼女のそんな仕草に目が・・・だけでなく、すっかりと心も奪われていた。薄い桃色をしている彼女の下唇だけが少し荒れてカサカサしていたのにも、なんだかよく判らないが僕はドキドキしていた。


「私はアンジェル。アンジェル・スチュワート。△△中学の二年。きみは?」


「僕は冴樹。冴樹秀彰。▲▲中学の・・・同じく二年生。」


 彼女との初めての出会いはこんなだった。今から思えば、江戸時代とか明治、大正時代でいう下駄の鼻緒が切れたことがキッカケの縁だったような、そんな古くさい出会い方だった。

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