第46話 冬休み

 あれから何も考えずに周りに身を任せて過ごしているうちに、冬休みになった。

 組織の殺し屋は大勢殺されてしまって、死体の処理をお父さんがどうしたのか、一切話を聞いていない。

 響によると、お父さんが経営する会社の社員は全員殺し屋組織の一員で、身寄りのない孤独な人だけが集められていたそうだ。それが何を意味するのか僕にはわからないけれど、響が「気にするな」と言っていたから深く考えないようにしている。

 そして現在、僕は自宅に連絡せず押しかけてきた剣道部のメンバーと玄関で顔を合わせていた。

「宮日くん、どうして部活辞めたんだよ!?」

 草薙が、部活以外で珍しく大声を出す。いつもは前髪で隠れている目が、分け目からのぞいていた。髪と同じ色の、綺麗な形をしたツリ目だ。

「なんで相談してくんないのぉー!」

「冬休みも、宮日くんと一緒に剣道できると思ってたのに……」

「宮日、ひどい! ひどいぞ!」

 蜂田は頬をふくらませて、中川は寂しそうに目を伏せて、田中は頭を抱えて、次々に不満を口にした。

 みんながあまりにも騒ぐものだから、近所迷惑になってしまっているようだ。みんなの頭の間から見える家の前の道路で、通行人がこちらを気にする素振りを見せた。早く帰さなきゃ、クレームが来てしまうかも。

「そ、それは、やむを得ない事情があって……」

「事情は知らんけど、それって好きなことを辞めるほどなのかよ!?」

 言葉をにごすと、田中が僕の両肩をガシッとつかんだ。あいまいな言葉では、納得してくれないらしい。そりゃそうだよな。何の相談もなしに部活仲間がいなくなって、話を聞きに行ったら「やむを得ない事情があった」だなんて言われて「そうですか」と言える人はほとんどいないと思う。

「剣道部を辞めなさいって、誰かに言われたの?」

 中川の質問に、僕を首を横に振る。

 そんなことを言う人は、僕の周りにいない。

「じゃー、宮日が剣道嫌いになった?」

 蜂田の言葉にも、首を振った。

 剣道は今も大好きだ。嫌いになるわけがない。

「もしかして、俺たちが何か悪いことした……!?」

 田中が僕の肩から手を離して、顔を青ざめさせる。

「ううん。みんな良いやつだよ」

 もちろん嫌がらせなんてなかったし、性格が悪いやつなんて1人もいないから、友人関係は部活を辞める理由にならない。

「だったら、なんでだよ……!」

 草薙が僕をにらんだ。ツリ目で形が綺麗だからか、少し怯んでしまう。

「周りが弱すぎて、試合にならないからか!?」

「……ううん」

 たしかに、弱いとは思っていた。

 僕は刀で人を殺してきたから。みんなが純粋に楽しんでいる剣道を、殺しの道具に使ってきた。練習量も大事だけど、実戦経験は豊富な方が、力がつく。そこで実力の差がつくのは、しょうがない。

 でも、試合にならないなんて考えたことはないし、みんなと稽古するのはすごく楽しい。だから、草薙の言うことは違う。

 部活を辞めたのは、僕から剣道への謝罪だ。殺しの道具として使ってきたことを、反省しなければならない。

 もう1つ理由をあげるなら、今の僕は竹刀が持てないこと。竹刀を持つと、手が震えて力が入らない。動けなくなってしまう。

 ちゃんと理由があるのに、剣道部のみんなに話さないのは、怖いからだ。人を殺してきたことが知られてしまう。警察に言われるかもしれない。嫌われるかも、絶交されるかもしれない。そう考えたら、誰にも理由は伝えず消えた方がいいと思った。

「ごめん、もう帰って」

 玄関ドアを一方的に閉めようとすると、4人が動きをそろえて止めた。

「まだ話は終わってねーぞ、宮日!」

「宮日と話すこと、まだまだあるんだよぉ!」

「剣道に未練はないのか!?」

「もうちょっと考えてみようよ」

 みんな同時に、バラバラな言葉を言うものだから、頭が痛くなる。

 あるよ、未練。大アリだ。

 できることなら、もっと長く続けたい。みんなと競い合って、一緒に成長したい。でも、それは叶わない願望なんだ。諦めるしかない。

「ごめん」

「っ……、バカ! 宮日くんのバカっ!」

 中川の泣きそうな声を遮るように、無理やりドアを閉めて鍵をかけた。ドア越しに、みんなの会話が聞こえてくる。

「あんなに剣道好きなのに、辞めるなんて信じらんないよぉ……。大丈夫かなぁ」

「顔色悪いから、心配だな……」

「宮日くんと練習するの、楽しかったのに。今度こそ、今度こそ勝ってやるって意気込んでたのに……!」

「草薙は宮日が目標だったもんねぇ」

「うっ、ううっ、どうしよう天音ちゃん……バカって言っちゃった、嫌われたかも……」

「ほら姫乃、泣かないの〜。謝り方、一緒に考えるからぁ」

 声はだんだん遠ざかって、聞こえなくなった。

 ホッと安心して、胸にポツンと小さな欠片が残ったような不思議な感覚を覚えながら、リビングに戻る。

「おかえり、騒がしかったな。出張動物園かと思ったよ」

「お疲れ様です」

 遊びに来ている響と夏絵手が、トランプをしながら言った。

 トランプは、響が家から持ってきたものだ。たまたま見つけたらしい。

 かれこれ1時間くらい、ずっとババ抜きをしている。

 田中たちが来る前に、2人の手持ちのカードが合計3枚になったから、そろそろ終わるんだろうなーと思っていたら、まさかまだ続けているなんてね。

 2人でババ抜きして、何が楽しいんだか。

「気になってたんだけど、なんでババ抜きしてんの?」

 2人の空になったコップに、新しく緑茶を注ぎながら聞く。

 白い湯気が、緑茶が熱いことを教えてくれる。

 熱い飲み物って、気分が落ち着くから好きだなぁ。

「神経衰弱とスピードは後輩が強すぎて勝ち目がありませんし、豚のしっぽはルールがわからないんです。こういうときは、ババ抜きの出番ですよ。楽しくはないですが」

 夏絵手が答えた。えっと……つまりは消去法ってことだね?

 他にないの? なんか楽しそうなゲーム。あ、七並べとかどうかな。

「カードを並べるだけのゲームの、何が楽しいんだよ?」

 僕の提案に、響がとげとげしく返答した。

 そう言われると、どこが楽しいのか説明できないな。

 新しく淹れたお茶を2人の近くに置きながら思いついた。

「じゃあ道具を変えて、オセロとか将棋とかは?」

 一応、家にあるよ。長いこと使ってないから、ホコリをかぶっているかもしれないけれど。2人用のゲームだから、けっこう楽しいんじゃない?

「オセロなんてしたら、雫は秒殺されますよ。将棋はやったことないです」

「そう……」

 オセロは夏絵手の言う通り、響が強すぎるかもな。頭の良さが関係してくるだろうから。響が夏絵手を思い通りに動かすだろうね。将棋は、初めてだと難しいか。

 なんて考えていたら、響が嬉しそうな声を上げた。

「俺の勝ち」

「あ、負けた。どうしてジョーカーを選ばないんですか」

 夏絵手が手元に残ったジョーカーを悔しそうに握って、響にジト目を向ける。

 響は考える素振りを見せずに、サラ……と髪を揺らしながら、

「神様が味方してくれたから……ですね」

と、漫画のワンシーンだったら周りに薔薇が描かれる言い方をした。イケメンなおかげで様になっている。

「簡単に『運』と言ったらどうです?」

 夏絵手には響かなかったらしく、「神様が味方してくれたから」を一語で表現されてしまった。

「まぁまぁ、落ち着いて。日本語を楽しみましょうよ。ね?」

 トランプを専用のケースにしまいながら、響はニッコリ笑った。

 1時間の勝負に勝てて、相当嬉しいんだな。

「うむむ、嫌な言い方……言葉の1つ1つに毒混入させてません? ねえ、優くんもそう思いませんか?」

 え、僕? うーん……。

 響が夏絵手にあたりが強いのは、いつもどおりじゃないかな。

 いつもどおりって言葉が出る時点で、先輩と後輩の関係は成り立ってないと思うけど、殺し屋としての関係性が土台にあるからしょうがない。

 喧嘩ばっかりするじゃん、2人とも。

 あ、毒といえば……。

「夏絵手、惚れ薬の件なんだけど……」

 僕は夏絵手と少し距離をあけて、こたつに入る。

 そろそろ、打消の薬とかいうものを飲ませてくれないかなーなんて……。

「そういえば、朱雀様と優くんが同一人物だと気づいた理由、話していませんでしたね」

 いや、それも気になるけど。

 そうじゃなくて、惚れ薬のことで……。

「雫、転校初日に自己紹介したでしょう?」

 話し始めてしまった。

 しょうがない。おとなしく聞こう。

「最初、優くんを見たとき『朱雀様に似てるなぁ』と思って確認したくなったんです。『朱雀様が好き』ってみんなの前で言ったら、どんな反応をするのか。でも、あまり上手くいかなかったので、それからは様子見していました。そんなときに校内で迷って、後輩に助けられたときは驚きましたよ。目の前にキョウがいるんですもん。道案内してもらう間、特に話しませんでしたけどね」

 初日から怪しまれてたの?

 僕も楓だって気づいたけど、やっぱり相手にもわかるんだ。

「決定的だったのは、優くんが風邪を引いて、学校にマスクをしてきたことです。口元が隠れたら髪を下ろした朱雀様で、思わず固まってしまいました。予想はしていたものの、混乱してしまったのかもしれません。足をすべらせて転んでしまいました」

 風邪を引いたとき?

 あんまり覚えてないけど、そういえば、夏絵手がすごい音を立てて転んだ記憶がある。あれって、そういうことだったんだ。

 じゃあ、帰りに後をつけていたのは、僕が朱雀なのか確かめたかったから……だったりして。

「もしかしたら瓜二つなだけの別人かもしれないし、組織以外で〝朱雀様〟なんて呼んだら自分たちの命がどうなるかわかりませんから、何も言わずに過ごしていました。けれど、あまり思い出したくありませんが……あの日、裏切り者にいつ殺されるかわからない恐怖に震えていたとき、朱雀様が助けに来てくれて、雫を〝夏絵手〟って呼んだんです。それで、『ああ、この人は優くんなんだな』と。ようやく、疑惑が揺るぎない確信に変わりました。……以上です」

 夏絵手は話し終わると、頬に手をあてて「緊張しました……」と長く息を吐いた。

 ほっぺた、やわらかそう。触りたい……。

 響が僕の考えていることを読んだのか、僕を呆れた目で見て「駄目だこりゃ」とつぶやいた。その後、まるで僕のことなんて一切見ていなかったかのように、夏絵手に聞いた。

「質問いいですか? 夏絵手先輩が中川先輩の恋を潰したのは、優が自分を好いていると知っていて、中川先輩が傷つくとわかっていたから? それとも、別の理由があるんでしょうか」

 夏絵手は目をまたたいて、響をジッ……と見つめる。

 数秒の間があいて、口を開いた。

「……盗み聞きでもしていました?」

「いいえ。優が中川先輩に告白されたとき、近くにいまして。中川先輩が、優に好きな人がいることを『夏絵手さんから聞いた』と言っていたのを聞きました」

「なるほど。そこから推測したのですね」

 コクリとうなずいて、ほほ笑む。

 それから窓の外に目をやる。

「たしかに、あのときはそういう理由でした。惚れ薬によって雫を好きになった優くんが中川さんに惹かれることは、ほぼないに等しい。中川さんの恋は叶わないのです。優くんを諦めて他の人を好きになったほうが、中川さんにとって幸せでしょう。でも後から考えました。きっとあれは、雫のために言ったんです。優くんを、取られたくなくて……。あんなに可愛い女の子に優しくされたら、いくら鈍感な男の子だったとしても惚れないわけないじゃないですか。惚れ薬の効果がなくなったとき、優くんが中川さんを好きになったら、雫はどうしたらいいのです? 1年もくすぶらせた恋心を捨てなきゃいけないのですか? そんなの絶対に嫌です。……変な話ですよね。相手の気持ちを踏みにじって、自分の恋を叶えようとするなんて。中川さんからしてみれば、突然現れた転校生に好きな人を奪われたのです。ひどい女ですよ、雫は」

 言葉を選びながら話しているのか、ペースはゆったりしている。

 そんなふうに、自分を下げないでほしいな。「ひどい女」だなんて、誰も思っていないよ、きっと。

「恋って、そういうものですよ。一夫多妻制じゃないんだから」

 響が、ため息をついた。やれやれと首を横に振る。

 モテモテで告白されまくっているけど恋愛経験はないだろ、と言いたくなるのを、グッとこらえた。

 その気持ちは夏絵手も同じらしく、響に聞いた。

「そう言う後輩は、恋したことあります?」

「ありません」

 夏絵手は何も言わなかった。ただ、目がすべて語っている。ジト目をさらにジト目にして、あれはきっと「恋を舐めるな」と言っているよ。

「で、先輩。優の話、ちゃんと聞いてました?」

 夏絵手の視線に気づいているのかいないのか、響は夏絵手と目を合わせることなく、緑茶が入ったコップを見つめながら言った。

 ボソッと小さな声で「まだ熱いかな……」とつぶやいている。

「ちゃんと聞いています。さっき話をそらしたのは、心の準備と言いますか……覚悟ができていなかったからです。惚れ薬の件でしたよね。打ち消しの薬なら、持ってきていますよ。どうぞ、お飲みください。体内に入った瞬間から効きますから」

 夏絵手は、持ってきていた小さな桃色のカバンから、ハート型の小瓶を取り出す。手のひらに乗る小ささで、中身の液体は小瓶の半分ほどしかない。かき氷のブルーハワイに近い色をしている。

「いいんですか? 優が先輩を好きじゃなくなりますよ」

「それは承知しています。でも、雫の勝手な気持ちで、優くんの心を縛るのはいけません。もう、やめます。早く飲んでください」

 僕に薬を押し付けると、身体を僕の反対方向に向けた。

 そっち側向いたら、こたつから出ちゃうよ。寒いだろ……。

「早くしてください」

 夏絵手がせかしてくる。どんな顔をしているのか、こちらから見えないから、まったくわからない。

 僕は小瓶に視線をうつす。

 ブルーハワイだと思ったら、綺麗な色に思える。けれど、これは薬だ。薬でこんな色をしていると、毒なのではないかと不安になってしまう。

「……」

 心を決めて、ゴクリと一口。

 量が少ないから、あっという間に飲み終えた。

 ちゃんと薬ではあるようで、口の中に苦みが広がっていく。ううっ……不味い……。でも、これで夏絵手を好きな気持ちがなくなるのか。

「……飲みました?」

 夏絵手が少しだけ振り返った。

 どこか寂しそうな流し目に、息が詰まる。

 あれ……? 変だな。いま、薬を飲んで……それで、打ち消しの薬の効果も光の速さで現れるはずで……。

 どうして、こんなに胸が苦しいんだろう。

「優くん? どうかしました?」

「い、いや、その……」

 夏絵手は、不思議そうにして僕に近寄る。

 せっかく夏絵手と距離を取って座ったのに、結局近くなってしまった。

 夏絵手が近づくほど、心臓の鼓動が速くなる。

 助けを求めようと、響を見た。僕と目が合ったのに、響はそこから動かない。

「優、まさか……」

 響が顔をひきつらせた。

「先輩のこと、本当に好きになった?」

 そう言われて、顔が熱くなる。

 夏絵手を、好きになった?

 なんで? 今まで、惚れ薬のせいで夏絵手を好きになった気分でいただけで、本当に好きだったわけじゃ……。

「俺、もう知らね」

 響はフイと顔をそむけて、お茶を飲み始めた。

 そんな響と逆に、夏絵手は僕を凝視して、キラキラ目を輝かせ始めた。

 ……と思ったら、泣くのをこらえるように、表情が歪んだ。

「ほ、ほんとですか? 優くん、雫のこと好きですか……?」

「え、ちょ、なんでそんな顔……」

 やめてよ、僕が泣かせたみたいじゃん……。

 夏絵手は泣いてるよりも笑ってるほうがいいよ、絶対に。

「ごめんなさい、急に……。教えてくれるまで待ちます」

 夏絵手は苦笑いして、僕から離れた。

 安心すると同時に、遠くなる彼女の手を、つい、つかんでしまいそうになって、グッとこらえた。

「でも」

 ふと、何かを思い出したように、夏絵手が僕を見る。

 もう泣きそうな顔はしていなくて、いたずらっぽくほほ笑むと言った。

「雫から心移りしないように、いつでもそばにいますね」

「うん」

 思わず、うなずいてしまった。

 いつの間にか、夏絵手がいる日常に慣れてしまっていたらしい。

 夏絵手がいない毎日は、うまく想像できない。

「あ、待って。それ俺も一緒にして。仲間はずれ嫌だ」

 お茶を飲むのに一生懸命だった響が、顔を上げた。

「もちろんですよ。後輩は弟のような子ですから」

「えー、先輩の弟はちょっと……」

「そうやって思ったことをすぐ口にするの、やめたほうがいいです」

 2人の会話に笑ってしまう。

 楽しい気持ちに水を差すように、ある考えが浮かんできた。


 こうしていられるのも「今」だからなんだろうな。

 幸せはいつか、きっと壊れるから。


 こんなふうに考えてしまう自分が嫌になる。

「優、どうした?」

「ん? なんでもないよ。2人とも、本当仲いいよな」

「「全然」」

 2人は、声をそろえて首を横に振った。

「息ぴったりじゃん」

 僕が笑うと、夏絵手がつられて笑い出した。

 はじめはキョトンとしていた響も「なんで笑ってんだよ」と笑い始めて、とうとう3人の大笑いになった。

 ネガティブにならずに、こうして笑っていられるのが、一番幸せなんだろうな……。


 ☆


 大晦日の晩は、祖父母の家に泊まることにした。

 僕は響とトークアプリで話しながら、テレビを見ていた。

 毎年大晦日にだけ放送される、紅白歌合戦。

 じいちゃんとばあちゃんは、毎年これを見るらしい。

「最近の曲はわからんのぉ」

 じいちゃんが、テレビを見ながら言った。

 今歌われているのは、K-POPというものらしい。

 クラスの女子が話しているのを聞いたことがある。内容も名前も、一切覚えてないけどね。あ、でも、歌っている人がアイドルらしいことは覚えてる。

「優くん、学校はどう?」

 テレビを見ていたばあちゃんが、僕を振り返って聞いた。

「楽しいよ」

 2学期の終盤は、何をしたか記憶にないけどね……。

「部活も楽しい?」

「うん、楽しい」

 嘘。本当は辞めちゃった。

 ……なんて、言えるわけがない。

 心配されてしまうし、部活を辞めたことを快く思われないかもしれないから。

「よかった〜。ああ、よかった」

 ばあちゃんは、嘘をつかれたと思っていないのだろう。心底嬉しそうな声で言う。

 罪悪感で、目を合わせることができない。

 そのとき、僕を助けるように、スマホの通知が鳴った。

 見ると、響からのメッセージだ。


『今、何してる?』


 ばあちゃんに「メール来た。ちょっとごめん」と言って、スマホを手に持つ。


『紅白見てる。そっちは?』


『勉強』


 マジで!? 大晦日も勉強してんの!?


『嘘。母さんと紅白見てる。クソつまらん。』


 なんだ……こればっかりはホッとしたよ。


『今流れてるケーポップわかる?』


『K-POPわからない。ボカロばっかり聴いてるから。たまに発掘されてない神曲見つけるよ。てか、いまどき紅白なんて高齢の人しか見ないんだから、演歌でも流せばいいのに。』


 え? 高齢の人しか見ない……?

 てことは、紅白を見ている僕たちはいったい……。


『僕たち高齢なんだ』


 まだ中学生なんだけどなーと思いながら、そう送ってみる。


『割合的に高齢者が多い印象ってこと。言い方悪かった。ごめん。』


 ポン、と続けて送られたのは、可愛い絵柄のネコが両手を合わせて「ごめんね」と謝っているスタンプだ。

 僕にしか送らないらしい。他の人は何か言いそうだから、絶対見せないって。


『響の話、よくわからないよ』


『それな。』


『そこ共感すんの笑』


 クスリと笑うと、じいちゃんに不思議そうに見られた。

 スマホの画面を見て笑ってる変な孫になるから、気をつけないと。


『あと3分でハッピーニューイヤーだね』


『カップラーメン作ればタイミングばっちり。』


『嫌だ、太りそう』


 そんな会話をしているうちに、年が明けた。

 テレビから、「ハッピーニューイヤー」と歓声が聞こえる。


『明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。』


 響、絶対文章用意してたな。

 僕も新年の挨拶しよう。


『あけおめ』


 それだけ送った。

 今年もよろしく、なんて言いづらくて言えない。

 照れるから――みたいな理由じゃなくて。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 じいちゃんとばあちゃんが、挨拶を交わす。もちろん、僕とも。

 それから、じいちゃんが「ようし、寝ようか」と言うのをキッカケに、テレビを切って布団に入った。

 まだ冷たい布団にもぐりこんで、天井を見上げる。

 お父さんの顔が、頭に浮かんできた。

(今年も、帰ってこなかった……)

 だんだん眠くなってきて、うとうとしながら考えた。

(明日起きたら、おはようって声、聞こえてこないかなぁ……)



 翌朝、目が覚めても、お父さんは声をかけてくれなかった。

 帰ってくるわけがないんだ。

 何を期待していたのか、馬鹿馬鹿しくなる。

「優くん、初詣行こうか」

 ばあちゃんがそう言ったのは、10時頃のことだ。

 家の近くに小さな神社があって、祖父母は毎年そこに初詣に行く。

 今年は僕も一緒だ。

「うん」

 僕はうなずくと、寒くないように上着とマフラー、手袋を身に着けて、2人と一緒に家を出た。

 10分くらい歩くと、神社についた。

 お賽銭箱にお金を入れて、鈴を鳴らす。

 二礼二拍手の後、願い事を考える。

(………………)

 何も思いつかない。

 結局何も願わずに、一礼して神社を去った。

「何をお願いしたの?」

 ばあちゃんに聞かれて、僕は言葉に困った。

「うーん……内緒」

 そう答えるしかなくて、僕は無理やり笑顔を作った。

 未来への不安が強い。

 僕はじいちゃんとばあちゃんに隠れて、そっとため息をついた。

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