第32話 姫乃の恋愛模様

 京都のフィールドワークを終えて、旅館に戻ってきた。

 入浴や夕ご飯など、もろもろ済ませて、就寝時間を迎えた。

 部屋の電気を消して、みんなで布団にもぐりこむ。

 班のメンバーは、中川さんと蜂田さんに加え、クラスメイトの女の子4人と、雫の計7人。

 1日目、2日目と過ごして、今までよりも心の距離が縮まったと思う。

 修学旅行の布団ですることといえば、もちろん〝あれ〟ですね。

「えーっ、恋バナ? わたしの?」

 驚きの声を上げた中川さんが、恥ずかしそうに両手で顔をおおう。

 みんな、中川さんの好きな人が気になるらしい。目をランランと輝かせたり、ブンブン激しくうなずいたり、じーっと黙って、中川さんの話を待ったり。

 雫は知っているけれど、知らないフリをしておこう。ということで、みんなと同じように「興味しんしんです」という顔をしておく。

「誰が好きなの?」

 待ちきれないのか、1人が中川さんに質問する。

「えっと、えっとね……わたしは……」

 中川さんは、チラッと雫を見た。

 あのときのこと、まだ気にしているのかもしれない。

 宮日さんには、他に好きな女の子がいる――なんて、中川さんが可哀想だからって、言い過ぎました。

「……宮日くんが、好きなの……」

 とうとう、言ってしまった。

 部屋全体が暗いので、中川さんの顔色はわからないけれど、おそらく紅潮していることでしょう。

「えーっ!? 告白した!? どこが好きなのっ!? きっかけは!?」

 質問した子とは別の子が、中川さんをマシンガンのように質問攻めにする。

「……うん。告白したよ」

 したんですか!? 嘘でしょう!? 他に好きな子がいるって伝えたのに、それでも告白しちゃったんですか……!?

「宮日くん、他に好きな子がいるみたいで……。わたしの恋、叶わないんだなぁ……って思った。それでもわたし、どうしても気持ちを伝えたかったの」

 中川さんは、少し目を伏せながら、雫を見やる。

 もしかして、というか確実に、雫に向けて言っていますよね?

「宮日、好きな子いたんだぁ……」

 蜂田さんが言いながら、目だけを動かして雫を見る。

 斜め前の布団で寝ていて、パッチリと目が合った。

 蜂田さんは、雫が中川さんに言ったことを知っていそうですね。

 ああ、おそろしや。

 大親友の恋心をへし折った相手なのに、平然と友だちを続けられるなんて。

「宮日が好きって、意外すぎるよ。田中みたいな、完璧男子が好きなのかと思ってた。姫乃ちゃん、なんでもできるし」

「宮日くん、やっぱり人気者なんだなぁ。田中くんに『モテ男はいいなー』とか言ってるけど、宮日くんもなかなかモテてるよね〜」

「え、それな。でも、ポンコツなの残念」

 ちょいちょいちょーい。

 宮日さんは、ポンコツだからこそ宮日さんでしょう?

 モテるのは、ポンコツも含めてなのではないですか?

 そうでなければ、あの後輩が黙っているわけがありません。

 ……というのは、この場のみなさんに言わないでおく。

「宮日はねぇ、チョ〜剣道すごくて、カッコよくて、でも意外と優しくて、ポンコツだから良いんだよー。ほらぁ、ギャップ萌えってやつ。でもでも、姫乃はギャップ萌えに惹かれたんじゃないもんねぇ」

 蜂田さんが、チッチッチ、と指を左右に動かして言う。

「ね?」と、確認するように、中川さんに顔を向けた。

 きょとんとしていた中川さんは、ふわっとほほ笑んだ。

「ふふ。そうだね、天音ちゃん。あとは、わたしにバトンタッチしてくれる?」

「はぁい」

 蜂田さんがうなずくと、中川さんは天使のような笑顔を、雫たちに向ける。

「わたしはね……」

 照れくさそうに、ゆっくり話し始めた。


 ☆


 わたし・中川姫乃は、中学生になって数日で、すでに人の視線を感じ始めていた。

 その理由は、はじめからわかっていた。

 わたしは、すごくかわいい。

 今まで何度も告白されてきたし、周りの人にも「かわいいね」って言われ続けてきたら、嫌でも自覚する。

「ね、ねえ、中川さん。その……好きなことって何? 自己紹介で、言ってなかったよね」

 ある日、クラスメイトの男の子が、もじもじしながらきいてきた。

 クラスの子たちが耳をそばだてているのがわかった。

 この子がみんなを代表して、質問しに来たんだね。

「わたし? 剣道が好きだよ」

 正直に言うと、呆気にとられたような、ガッカリしたような反応をされた。

「あ、そうなんだ……。教えてくれてありがとう」

 作り笑いを浮かべて、男の子の輪の中に戻っていく。

 そして聞こえてきたのは、

「なんか意外だった」

「もっと、ピアノとか、おしとやかなのが好きなのかと……」

「剣道って、真逆のイメージじゃん」

 モヤッと嫌な気持ちになる。

 やっぱりわたし、そういうふうに見られているんだ。

 俗に言う『女の子らしいこと』が好き。

 そんなイメージを持たれている。

 わたしがそう言ったんじゃないのに、知らず知らずのうちに勝手なイメージを持って、わたしを決めつけて。

 昔からそう。わたしは、女の子らしい女の子なんだって先入観をもたれる。

 先入観がある人は、本当のわたしを知ると、勝手に残念がるの。

 自然と、うつむいてしまう。

「最悪……」

 誰にも聞こえないように、ポツリとつぶやいた。

 その直後だった。

「ねえ、中川って剣道が好きなの?」

 とつぜん名前を呼ばれて、わたしは飛び上がる。

 正面に人がいるのに気がついて、勢いよく顔をあげた。

 そこにいたのは、話したことがない男の子。

 目が隠れるくらい前髪が長くて、すき間から両目をのぞかせている。

 全体的な長さは、ボブくらいかな。左右にはねていて、元気な雰囲気の子だ。

 髪と目は色素が薄くて、鮮やかな印象を受ける。

 この間の自己紹介で、たしか、こんなことを言っていた。

『はじめまして、宮日優です。えっと、自己紹介って何するんだっけ? あっ、誕生日言うんだっけ? 僕の誕生日は……え、言わなくていい? じゃー、星座は……え、それもいらない? ああ、好きなことね。それなら簡単! 僕は、剣道が好きです! 剣道部に入るって決めてます。どうぞよろしく! 自己紹介、完璧だねっ』

 あっ、そうだ!

 クラスメイトから、何度も盛大にツッコまれていた、剣道の子!

「う、うんっ! 宮日くんも、好きなんだよね?」

「うん、大好き! ねね、中川は剣道部入る?」

「入るつもりだよ。でも……」

 わたしは、さっきの男の子の輪を見る。

 変なこと、思われないかな……。

 わたしが通っていた剣道場には、女の子も多くいた。

 でもそんなの、誰でも知っているわけじゃない。

 わたしを変だと思う子は、きっと出てくる。

「……中川、もしかして、人の目が気になるの?」

「あ、ええと……」

 そっか。さっきわたしが、あの子たちの中の1人と話していたのを見ていたんだよね。

 それだったら、わたしがあの言葉を気にしていると気がつくことは、おそらく可能なわけで。

 宮日くんは、なんて言うのかな。

 やっぱり、あの子たちみたいに、「イメージと違う」とか「女の子らしくない」とか、そういうことを言うのかもしれない。

 わたしは、キュッと唇を噛む。

 けれど、宮日くんの言葉は、予想と違った。

「気にすんな、気にすんな! 好きなことすればいいんだよ。それにさ、女騎士みたいでカッコイイじゃん! ちょー美人さんで、ちょー強いの!」

 太陽のような笑顔で、わたしに笑いかけたんだ。

「え……」

 わたしは、あんぐり口を開ける。

 だって、背中を押してくれる言葉を言うとは、思わなかったんだもん。

 宮日くんは笑いをこらえながら、わたしに言った。

「……中川、顔が……クフッ……」

「ど、どうしてそんなに笑うの?」

 笑うほどおかしな顔だった?

 は、恥ずかしい……クラスメイトに笑われるなんて。

「ご、ごめん。笑うつもりはなかったんだよ。ただ、どうしても……ほら、面白かわいいものを見たときって、笑っちゃわない?」

「え、うん……わかるけど」

 ワンちゃんやネコちゃんがかわいい動物番組を見ると、笑っちゃうね。

「それだよ、それ!」

 ……ということは、今、かわいいって言った? 初めて話す相手なのに?

 そのことに気がついた直後、顔が火照った。

 同い年の、しかも男の子から、ハッキリかわいいと言われた回数、実は片手で数えられるほどしかないんだ。

 だから、あまり慣れないというか……恥ずかしくなってきちゃった。

「顔赤いけど、どうかした? 熱でもある?」

「なっ、ないない!」

 自意識過剰だよ、わたし!

 宮日くんは、動物に向けて言うときと似た気持ちで言ったんだから。

「あの、宮日くん……」

 赤くなった頬を見せないために、両手で顔を包んだ。

 どうして、みんなみたいなことを言わないの? と聞こうとしたんだけれど、それをさえぎるように大きな声が響いた。

「あっれ〜? 中川さん、また男子をたぶらかしてるぅ」

「え、悪い子なの?」

「そうそう。自分がかわいいからってさぁ」

 あれ……同じ小学校の子だ。

 宮日くんのおかげでスカッと晴れていた心が、モワモワと黒い霧に覆われる。

 同じ中学校だったんだ。知らなかった。

 となりにいるのは、新しい友だちかな。

 わたしを見て、不思議そうな表情をしている。

「中川、あの子、友だち?」

「ううん。ただの知り合い」

 昔から、わたしに嫌がらせしてくるの。

 なんてこと、宮日くんには言えない。

 だから、いつも通り笑顔を浮かべて、心配されないように明るく振る舞う。

 宮日くんは「そっか」と言って、例の子を見た。

 眉を寄せて、しかめっ面をする。

「あの子、僕に「バカ」って言ってない?」

「え? い、言ってないと思うけど……」

 とつぜん、宮日くんがおかしなことを言い始めた。

 あの子は、わたしを傷つけようとしているんだよ?

 宮日くんが、そんなふうに思うことはないんじゃないかな。

「でも僕、あの子に『おいしい食べ物に群がるハエ』って言われてる気分だよ」

「どうして……!?」

 宮日くんは、しょも〜ん……と落ち込む。

「おいしい食べ物は、ハエに消えてほしいのに、ハエは「そんなの無視ー!」って、いつまでも近くにいるじゃん」

 えっと……わたしが「おいしい食べ物」で、宮日くんが「ハエ」……?

「そうそう。中川が「おいしい食べ物」で、僕が「ハエ」」

「わたし、宮日くんを「ハエ」だなんて思ってない。宮日くんが「ハエ」なら、わたしは宮日くんから距離を取ったよ。でも、離れてないでしょ?」

「たしかに! そっか、僕の勘違いか」

 宮日くんは「えへへ」と照れ笑いする。

 つられて、わたしも笑う。

 その温かい雰囲気を壊すように、バラバラと何かが落ちる音がした。

 2人で音のしたほうを見る。

 わたしたちのいる対角線上くらいに、クラスメイトが2人固まっているのを見つけた。

 あれは、天音ちゃんと……誰だろう?

 名前がわからない人は、わたしたち、正確に言うと宮日くんのところへ、早歩きでやってきた。

 名札を見ると、「田中」と書いてあった。

「なあ宮日、そのへん、俺のシャーペンない? 筆箱を落としたら、転がってっちゃって」

「ありゃ、筆箱落としたんだ。困るね」

 宮日くんと親しげに話してる……。

 天音ちゃんとも仲良さそうだったよね。

 ということは、宮日くんと天音ちゃんと田中くんは、同じ小学校だったのかも。

 わたしは、1人で勝手に納得する。

「ちょっと待ってね…………あ、あるある!」

 あ、宮日くん、足元に転がっているそれは、シャーペンじゃなくて……。

 ああ、拾って渡しちゃった。

「サンキュー! これは紛れもない、3色ボールペンだ! 宮日、俺が言ったのはシャーペン。これはボールペン。頼む、シャーペンを探してくれないか?」

「それ、シャーペンじゃないの!? ごめん、まちがえた」

「ボケじゃないんかい。さすが、ポンコツだな」

「だまれ。とりあえず、シャーペン探すよ」

 宮日くんは田中くんに笑いかけると、足元をキョロキョロしだす。

 あっ、と何か思い出したように、わたしを見た。

 ニッと年相応の笑顔を見せる。

「また後で話そう! 中川に、剣道の話聞きたいから!」

「う、うんっ! うん、わかった……!」

 わたしは、深くうなずいた。


 ☆


「……だからね、宮日くんが〝わたし自身〟を見てくれたことが、とっても嬉しかったの。それで、気がついたら……ゴニョゴニョ」

 中川さんは、そこで枕に顔をうずめた。

 最後の方は、枕のせいで聞き取れなかったけれど、何を言ったのかわかった。

 気がついたら――好きになっていた。

 ……この美しい片想いを、雫は壊してしまった。

 やっぱり、ちゃんと謝らなきゃ。

「中川さん……ちょっとこちらへ」

 雫は中川さんに手招きして、部屋の隅に連れて行く。

 みんなが見ているから、小さな声で。

「あの……すみませんでした」

「え、何が?」

 頭を下げると、中川さんは首をかしげた。

 きょとんとした表情で、雫を見つめる。

「宮日さんには他に好きな子がいる……と言ったことです。中川さんのことを考えたつもりでいました」

「そんなこと? もう大丈夫だよ。夏絵手さんも、宮日くんのことが好き……なんだ、よね? だから、あんなこと……」

 そういうふうに受け取られていたんだ。

 どうなんでしょう。

 雫がああ言ったのは、叶わない想いを抱き続けることになる中川さんが、可哀想だと思ったから。

 でも、それは表向きの――本音に蓋をした理由だったら?

 雫の本当の理由は、こんなことじゃないかな。

 宮日さんを好いているから、中川さんを遠ざけたかった。

 もし、そうだったら……最低だ。

「…………雫が好きなのは、朱雀様です」

 朱雀様は、宮日さんと同一人物だけど、違う人です。

 雫は、宮日さんを好きではない。あくまで、朱雀様が好きなのです。

 そう思わないと、罪悪感で死にそうだ。

「そっか。お互い、頑張ろうね」

 中川さんは、雫の答えに表情1つ変えなかった。

 こんな雫に向けて、天使のようにほほ笑んだのでした。

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