第31話 京都でワクワク・フィールドワーク

 さて、今日は修学旅行2日目――京都を探索する日だ。

 今は、フィールドワークを開始するために、クラスごとにバスに乗って移動中なんだ。

 風邪が治って、本当に良かった。

 あれから土日は寝こんでて、月曜になんとか復帰したけど、まだ病み上がりだからか少し辛かった。

 あのまま今日を迎えていたら、心から楽しむことはできなかっただろう。

 土日に夏絵手と響が世話してくれたおかげで、元気になれた。

 2人には迷惑をかけてしまったけど、しょうがなかったんだ。

 僕が風邪をひいても、お父さんは帰ってこないから。

 一応、車で30分くらいの場所に、じいちゃんとばあちゃんが住んでいるんだけど、2人とも年だし足腰も良くないみたいだから、さすがに来てもらうことはできなかった。

 風邪、しかも高熱でダウンしているのに、1人で生活できるわけがないよね。

 だから、2人――特に、休日は暇な夏絵手が、つきっきりで看病してくれた。

 響も様子を見に来たり、ゼリーとかフルーツとかをくれたり、夏絵手にはできないことをしてくれたりした。

 本当に助かったよ。2人にはお礼をしなくちゃ。

 修学旅行の途中に、お土産を買おう。

 こんな調子で色々考えていると、楽しそうな声が耳に届いた。

「やっと大本命の、京都でワクワク・フィールドワークだぜ!」

 前の席に座る田中が嬉しそうに、僕らに向けてガッツポーズする。

 何その楽しそうな「ワクワク・フィールドワーク」って。

 不思議と言いたくなるよ。

 僕が首をかしげるのと反対に、となりに座っている草薙はうなずいた。

 グッと拳を握りしめて、やる気まんまんといった様子だ。

「昨日は、ほとんど乗り物だったからな。今日は楽しむぞ……!」

 そうそう。昨日は、ずーっと乗り物だったんだよな。

 まず、6時半という超早い時間に学校の体育館に集合して、点呼報告。

 注意事項の説明を受けてから、学校を出発した。

 学校近くに停車していたバスに乗り込んで、いざ駅にレッツゴー。

 駅から新幹線に乗って、2時間くらいかな?

 ようやく近畿地方についたー! と思ったら、そこからまたバス移動。

 中華街でお昼を食べて、ちょっとお土産(流行っているアニメのキャラクターが、たこ焼きを持って笑っているキーホルダー)を買って、またバスに乗って、今度は地震の資料館に。

 見学したあと、近くの広場みたいなところでクラス写真を撮影して、またバス移動で、旅館に到着。

 あとは、のんびり過ごした。

 なんだか、疲れがたまる1日目だったよ。

 けど、旅館の布団はフカフカで、すっごくあったかかったから、ぐっすり眠れた。

 おかげで、今日は元気100%だ。

 あ、元気といえば……。

 となりの席の草薙に目を向ける。

「草薙、昨日バス酔いしてたよな。今は平気?」

 昨日、草薙がバスで意気消沈していたのを思い出した。

 顔が真っ青で長いこと寝ていて、夜も誰よりも早く布団に入って眠ってしまったんだ。

 あのあと、草薙を起こしちゃ悪いからって、みんなも夜更かししなかった。

「ああ……それか。俺はバスに向いてないみたいだから……。みんな、俺のせいで修学旅行あるあるができなくて、ごめんな」

 草薙はうなずく。

 どよーん……と、空気が重たい。

 草薙のせいというより、僕にとっては、草薙のおかげだな。

 修学旅行あるあるって、先生にバレないように、夜遅くまで雑談するやつだろ?

 部屋が静かですぐに眠れたから、あるあるがなくてよかったよ。

 疲れた身体に夜更かしは、けっこうキツイ。

「草薙、アイマスクを買って、つけて寝たらどうだ? 昼間でも寝やすそうじゃね? バス酔いを防ぐなら、寝るのが1番だと思うぞ」

 前から顔をのぞかせた田中が、爽やかな笑顔で言った。

 さすがイケメン、モテ男。

 僕には完璧な台詞に思えるね。

「ギャー! 目が、目がァァァ!!」

 草薙が両手で目(と思われる位置)を覆った。

 どうやら、田中の陽キャオーラに目をやられてしまったらしい。

 こういうことができるんだから、ネクラ脱出は可能だと思うけどなぁ。

 それにしても、どこかで聞いたことのある言葉だ。

 ああ、そうだ。超超有名で人気なアニメ映画の悪役の有名なセリフだ。

「お、見ろよ。到着したみたいだぜ」

 田中が窓の外を指差す。

 後ろへ流れていた風景は静止していた。

 バスのドアが開くときの、プシューという音がする。

 いつの間にか、フィールドワークのスタート地点についたみたいだ。

 前の席に座る人から、ゾロゾロとバスを降りる。

 それからは班行動だ。

「宮日さん、また明日」

 バスを降りたところで、前にいた夏絵手が、僕に向けて手を振る。

 つい、手を振り返した。

 夏絵手は、固まって歩く同じ班の女子たちの後ろを、チョコチョコとついていった。

 夏絵手の班には、中川と蜂田がいる。

 2人は後ろをついてくる夏絵手に手招きして、間に入れてあげた。

 3人、すっかり仲良くなったように見える。

 夏絵手が小さくなってしまってから、夏絵手の「また明日」の意味を理解した。

「……今日はもう、バスに乗らないのか。忘れてた」

 今日は班行動だから、今から明日バスに乗るまで、夏絵手と会えない。

 うーん、ちょっと残念かも。

「おい、宮日。ボーっとすんなよ」

「俺らも行こうぜ」

 同じ班の男子2人の声が僕を呼ぶ。

 慌てて声のした方を見ると、班の男子が1箇所に固まって僕を待っていた。

「あっ、ごめん! 行く行くっ!」

 僕はうなずくと、みんなのところへ向かった。


 ☆


 フィールドワークのスタート地点は、清水寺だ。

 先生がカメラを持って、広いところで待っていたから、みんなでそこへ向かった。

 写真を撮ってもらう前に、清水寺を見上げる。

 デンと大きくそびえ立つ、歴史のある建物。

 思わず息をのんでしまうような迫力がある。

「でっかいな、清水寺」

 草薙が、清水寺を見上げながらつぶやいた。

「写真を撮ったら、階段のぼって、清水寺に入れるぞ」

 草薙の肩をポンポンと叩きながら言うのは田中だ。

「撮りますよー」

 先生の言葉で、僕らは慌てて横一列に並ぶ。

 先生にOKのサインを出すと、先生はシャッターを切った。

 お礼を言って、先生とはサヨナラだ。

 階段をのぼって、来た道を見下ろした。

 高いところにあるなぁ……と思う。

「なあなあ、おみくじだって!」

 またしばらく歩くと、班員の男子1人が嬉しそうな声をあげた。

「俺引こう」

「俺も」

 みんなやるのか。

 じゃ、僕も引こうかな。

 それぞれ、おみくじを引く。

 さて、何が出るかな……。

「わ、俺、大吉だ!」

「俺は小吉」

「吉でーす」

「中吉」

「俺も大吉っ!」

 みんな口々に結果を言う。

「僕は…………ひょえっ」

 変な声が出た。

 みんな不思議そうな顔をした後、1人が「まさか?」と笑いをこらえながら、僕に先をうながした。

「……大凶……」

 なんで僕だけ? みんな良さそうなのばっかりなのに……。

 みんなは、驚いたり笑ったり。

 人の不幸を笑うとは、なんてひどい……!

「ま、まあまあ。今日はたまたま運が悪かっただけさ」

「うぅー……草薙、良いやつ……」

 こういうとき、草薙は頼りになるよ。

(このおみくじ、恐ろしい……)

 僕は、「大凶」と書かれたおみくじを見つめる。

 中身は、こうだ。


 ・願望 ……叶わず

 ・恋愛 ……己の心に正直に

 ・失せ物……見つからず

 ・学問 ……全力を尽くしなさい


 なんか、ネガティブというか、良くなさそうだよ。

「宮日くんは、そのおみくじ持って帰ったらいいかもね」

 野山のやまという名字の、メガネ男子が言う。読書好きで、物知りな子だ。

「今後の方針の参考にすればいいらしいよ」

「今後、方針……うん。ありがとう」

 どういった方針か、よくわからないけど。

 参考にする、か。「恋愛」と「学問」なら、参考にできるかも。

 やってみよっと。……忘れなかったら。


 ☆


 清水寺を出たあとは、近くの駐車場で待ってくれていたタクシーに乗って、予定通りに観光した。

 タクシーで移動している間、僕らは喋り続けた。

「しりとりのり。りんご」

「ごりら」

「ラップ」

 田中、草薙、野山の順で、しりとりをする。

 僕に回ってきた。

「プロ」

「ロック」

「クリスマス」

「スープ」

 え、また「プ」?

「プリンセス」

「スイカ」

「鎌」

「マップ」

 ねえ、野山!? わざと「プ」で終わる言葉持ってきてるよな!?

「宮日ガンバ」

「ミッション、プ攻めに耐えろ」

 しりとりに参加していない2人が、笑いながら言う。

 楽しそうだな、お前ら。

「プリント」

「虎」

「ラマ」

「魔法のランプ」

「プ、プ……プ…………」

「着きましたよ」

 僕らのしりとりが終わる直前、運転手さんの声がした。

 しりとりの結果は保留だな。

 やったね。

「よし、金閣だ! ありがとうございました」

 田中はタクシーから降りる直前、運転手さんにお礼を言った。

 金閣は、絶対に行かなきゃいけないと決まっている場所だ。

「わぁ、金色だ!」

「人多いな」

 へえ、こんなところなんだ。

 金閣の手前に、大きい水たまりのような……湖って言っていいのかな?

 水面に金閣が反射している。

 なんというか、上手く言い表せないけれど、綺麗だ。

「あ、見て。写真を撮らなきゃいけないらしい」

 草薙が周りの様子を見て言った。

 学校の先生が、金閣を背景にして女子の班の写真を撮っている。

「僕たちも行こう」

 野山が、そこを指さした。

 先生の指示に従って、金閣が後ろになるように並ぶ。

「撮りまーす。はい、チーズ……オッケーでーす」

『ありがとうございました』

 お礼を言って、金閣をあとにした。


 ☆


 フィールドワークを終えて、旅館に戻ってきた。

 自分たちの部屋で、ジャージに着替える。

「楽しかった」

 ポツリと、草薙が言った。

 ゾクッとするか細い声だったものだから、みんな静まり返ってしまった。

 待って、みんな。草薙が可哀想だよ。

 ほら、顔が引きつってる。

「そうだね! 楽しかったね!」

 わっと明るい声を出すと、みんなバラバラにうなずいた。

「あ、ああ。うん。楽しかった!」

「サイコー!」

 そうだよね。楽しかったよね。

 何度もうなずきながら草薙を見ると、何やら口が動いている。

 でも、声が聞こえないから、なんて言っているのかわからない。

「……宮日くん、ありがとう。雰囲気が怖いことになるところだった」

「え? ああ、いやいや、感謝されるようなことじゃないよ」

 僕は首を横に振る。

「けど、俺のせいで、空気が凍りつくところだったから」

 うん。凍りついたよ、しっかりと。

 一瞬、お化けが出たのかと思ってしまった。

「ところで、お土産はどのくらい買った?」

 野山が質問した。

 お土産か。そういえば、けっこう買ったな。

 響には、シンプルなキーホルダー。

 夏絵手には、薄桃色の花形のキーホルダー。

 これで良かったかな……?

 あと、祖父母には生八ツ橋。

 修学旅行から帰ったら、すぐに渡しにいかなくちゃ。

 家に置く用のお菓子も買った。

 とりあえず、これでいいかな。

 明日は買う時間ないだろうし。

「本当、充実した1日だったな」

 僕は、みんなに笑いかけたのだった。

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