第28話 幸せのカタチ

「やめて! なんでそんなことするの!?」

 組長を殺そうとすると、六花ちゃんがまたもや間に割り入った。

 大粒の涙をこぼしながら、僕を見上げる。

「パパと六花の幸せ、どうしてこわそうとするの!?」

 六花ちゃんの悲痛な叫びが、過去の僕と重なった。


『ねえ、お兄ちゃん……? 返事してよ……』


 昔の記憶がフラッシュバックする。

 地面に倒れる真っ赤なお兄ちゃん。

 警察と救急車。

 頭を抱えて泣いているお父さん。

 切れ切れに、映像を飛ばし飛ばし見ているような感覚だ。

 酸素がうまく吸えなくなって、視界が歪む。

「朱雀様? 大丈夫ですか?」

 楓の不安そうな声がする。

『深呼吸だ、朱雀様。大丈夫』

 キョウの優しい声音で、少し落ち着いた。

 言われたとおりに深呼吸して、呼吸を整える。

「……」

 幸せを壊す……か。

 そうだよね。親兄弟が殺されるって悲しいし、つらいし苦しいし、殺した相手を憎むよね。

 知ってるよ、君の気持ち。

 僕も、壊されたから。

 嫌なことを思い出してしまった。

 僕は刀をおろす。

「…………なんでだろうね」

 幸せを壊される苦しみは、誰よりもよく知っているのに。

 なんで僕は、誰かの幸せを奪い続けているのだろう。

 ……ううん、わかってるよ。

 お父さんに見てもらうためだ。

 僕はお父さんに愛されたい。

 ずっと昔に見えなくなった幸せを、この手でつかみたいんだ。

「六花ちゃんみたいな小さい子には、わからないよ」

 言いながら、組長に刀を向ける。

 組長を殺せば、お父さんはきっと褒めてくれる。

 ちゃんとできて偉いねって、褒めてくれる。

 そう思わなきゃ――どうしようもなく苦しい。

「邪魔しないで」

 僕はもう一度、刀を組長に向けた。

 組長の前には六花ちゃんがいる。

「どかないと死ぬよ」

「や!」

 六花ちゃんは首を横に振る。

「じゃあ、君を殺してもいいの?」

「や〜!」

 何を聞いても、六花ちゃんは『嫌だ』と言うばかり。

 めんどくさい。何を言ったってムダだ。

 刀を振ろうと思った。

 でも、身体は動かない。

「っ…………なんで……?」

 なんで動かないんだよ。

 六花ちゃんがいるから?

 そんなの、六花ちゃんを避ければいいだけの話じゃないか。

 人を殺すのなんて、今まで何度もやってきた。

 慣れてるだろ。

「朱雀様、どうされました?」

『大丈夫?』

 楓とキョウが僕の異変に気がついたらしい。

 2人して、僕に声を掛ける。

「……ごめん」

 僕は刀を鞘に納める。

「本当にどうされたのですか……?」

「できない」

 身体が動かないんだ。

 刀を振ろうとしても、重くて、枷がついたみたい。

『……殺せないなら、せめて口止めしよう。俺が言うことを、組長に伝えてくれる?』

 そっか、口止めしなきゃいけないのか。

 そもそも、それが目的だもんね。

 殺すのが手っ取り早いだけで、他の方法でも口止めできればいい。

 僕はうなずきかけたけれど、さえぎるように、キョウが話を続けた。

『ただ……ボスの命令が、〝組長を殺害すること〟だ。俺が言っていることは、ボスの命令に背くことだし、口止めの内容がいつ破られるかわからない。それを踏まえて考えると、やっぱり殺すのが1番楽で安全だと思うけど……。やりたくてもやれないのは、どうしようもないんだから、ボスの命令は気にしないで、今できることをやろう』

「良いことなのか、悪いことなのか」

『そこは良いことでいいだろ』

 楓とキョウの掛け合いに、どうしてかホッとする。

 これから、ボスの命令を無視する。

 すごく怖いし、すごく不安だ。

 もしかしたら、ボスは僕に失望してしまうかもしれない。

 でも、殺せないのだから、こうするしかない。

『じゃあ、いくぞ』

「あんたの命を助けてもいい」

 僕は組長を見て、キョウの言葉を繰り返す。

「しかし、条件がある。殺し屋組織に関する情報を、一切漏らさないことだ」

 あえて、上から話を進める。

 逆らっても平気だと思われないように。

「もし外部への情報漏洩が発覚した場合、娘共々死んでもらう」

「わ、わかった。俺が何も話さなければ、六花は殺さないでいてくれるんだな。そういうことだよな?」

 何度も確認しなくたって、そう言っているのに。

『効果大だ。娘は自分の命よりも大事だろうからな』

 キョウは、自信ありげに言った。

「すべて録音させていただきました。今後、とぼけても無駄ですよ」

 楓が、いつの間に持ってきていたのか、ボイスレコーダーを見せる。

 ボタンを押すと、さっきの会話が繰り返される。

 これが、この会話があったという証拠になった。

『帰るぞ。もうここに用はない』

 キョウの言葉を合図に、僕と楓は館を出た。


 ☆


 組織に戻った僕らは、ボスに事後報告をするために、ボスの部屋に来た。

 ボスはいつも通り、専用の机にデンと構えている。

 威圧感で、肌がピリピリと痛い。

 僕を真ん中にして、右にキョウ、左に楓が並ぶ。

 3人で動きをそろえて、片膝をついた。

 ゆっくり、頭を下げる。

「では、報告してもらおうか」

 ボスは低くて優しい声で言う。

 僕に期待してくれていたのに、その期待に応えることができなかった。

 その事実を伝えるのに、息が詰まる。

 ボスの顔を見れない。

 なんて言えばいいだろう。

 正直に、嘘偽りなく話さなきゃいけない。

 それなのに、頭に浮かぶ言葉は言い訳ばかり。

 一言で済ませよう。

 そうすれば、言い訳なんてできない。

「…………殺せませんでした」

 頭を上げることができないまま、たったそれだけを伝えた。

 声が震えそうになるのを、必死にこらえながら。

「詳しく聞かせてくれ」

 ボスは怒鳴らず、不機嫌そうな言い方をするわけでもなく、ただ優しく先をうながす。

 余計に息が苦しくなった。

 真っ当な理由があれば、少しはマシだったかもしれない。

 でも、これはどう考えても、僕の自分勝手な理由だ。

 そんなものを話すのは、とても怖いけれど……ボスの言うことは全部聞かなきゃ。

 口を震わせながら、僕は息を吸った。

「ターゲットの組長と、小学校低学年くらいの女の子がいました。僕が組長を殺そうとすると言うんです。『なんで幸せを壊そうとするの』って。それがキッカケかは分かりませんが、刀を振れなくなりました」

 六花ちゃんに、気付かされてしまった。

 僕のしていることは自己中心的で、自分が幸せになるために誰かの幸せを奪っている、最低なことだ。

 それが僕にとっては重要なことでも、他の誰かにとっては悪でしかない。

「…………なんでこんなことしてるんだろう……」

 六花ちゃんに言われたとき、あの短い時間で少しは考えたんだ。

『お父さんに愛してほしいから』――そんな理由しか、思い浮かばなかった。

 でもそれは、殺し屋を始めてしばらくしてから知った、僕の気持ち。

 はじめは違ったんだ。

 もともとは、ボスが僕を誘ってくれた。

 誘ってもらえた理由はわからないけれど、それが嬉しかった。

 それまでずっと僕に見向きもしなかった人が、僕に手を差し伸べてくれたから。

「ボス、あの、僕――」

「朱雀。今日は休みなさい」

 え、なんで?

 まだ報告が終わってない。

 それに、謝らなきゃ。

『ちゃんとできなくてごめんなさい』って。

「もういい。残りは、2人から聞くよ」

 ボスは固い表情で言う。

 言われたことをできなかったから、怒ってるの……?

「つ、次は、ちゃんとするから、だから」

 だから、見捨てないで。

 僕を見てよ。良い子でいるから愛してよ。

 あなたの理想に近づけるように、頑張るから。

「休みなさい」

 冷たい気持ちが、広がっていく。

 ああ、やっぱり……きっと、失望されてしまった。

「…………はい」

 僕は返事をすると、ボスの部屋を出た。

 そこからの記憶はない。

 気がつくと、家についていた。

 部屋に戻って、普段着に着替える。

 窓から外を見ると、晴れていたはずの空が、すっかり曇っていた。

 少し風に当たりたくて、ベランダに出る。

 冷たい風が、頬をくすぐった。

「幸せ……」

 なんとなく、つぶやいた。

 六花ちゃんにとっての幸せは、お父さんと一緒にいること。

 どんなに悪い人でも、六花ちゃんにとっては、たった一人のお父さんで……。

 きっと、六花ちゃんには優しい人なんだろう。

 あたたかくて、安心できる存在なのかもしれない。

 そんなの、僕にはわからない。

 お父さんが最後に帰ってきたのは、いつだったっけ。

 それすらも思い出せなくなってしまった。

 僕の〝家族〟の幸せは、とっくに壊れている。

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