第27話 朱雀と少女

「ほらねっ! 六花、すごいでしょ」

 六花ちゃんは言い当てたのが嬉しいのか、自慢気に胸をそらす。

 どうしてわかったのか聞きたいところだけど……そんなことよりも気になることがある。

「楓、どうした」

 僕が見たのは楓だ。

 顔が真っ赤で汗はダラダラ、頭を抱えて何やらつぶやいている。

 いつものすました様子とは、比べ物にならないほど動揺しているように思えた。

『朱雀様、楓が「朱雀様が楓を好きだって、そんなにハッキリ……!」と言ってますよー』

「忘れて!!」

 楓はキョウの言葉を遮って、大声を上げた。

 真っ赤な顔がリンゴのようだ。

 クスクスと、キョウの小さな笑い声が聞こえる。

 さては楓のこの状況を楽しんでるな。

 まったく。こういうときは性格が悪い。

「お姉ちゃん、急にどうしたの?」

「お姉ちゃんには、六花ちゃんに聞こえない声が聞こえてるんだよ」

 僕を見上げた六花ちゃんに、そのように教える。

 キョウと通信していると知ったら、それを他の誰かに伝えるかもしれないから。

「お姉ちゃん、変な人だねー」

 六花ちゃんは、純粋すぎる目を向けてきた。

 ……楓を変な人にしてしまったのは、ちょっとだけごめんと思う。

『六花ちゃんも変な子だな。恋愛に興味があるとは。……ガキのくせに』

 こらっ。

 六花ちゃんに聞こえないからって、そんなこと言っちゃいけないよ。

『ところでお前、目的を失ってないか?』

 あっ、そうだった!!

 六花ちゃんがあまりにもかわいいから、ここに来た理由を忘れかけてたよ。

「六花ちゃん。ちょっといいかな? 君のお父さんはどこへ行ったの? 教えてほしいな」

 僕は六花ちゃんと目の高さを合わせる。

 きょとんとする六花ちゃんが、とにかくかわいらしい。

 小さい子って、どうしてこんなにかわいいんだろうね。

「むりー」

 前言撤回。

 やっぱり、かわいくない。

『朱雀様、いいこと思いつきました。六花ちゃんを人質にしましょう』

「え? なんて?」

 キョウが言ったことを理解できずに聞き返した。

 ちゃんと聞こえたんだよ。

 でもキョウの言葉は、僕の頭の中を右から左へ通り抜けてしまった。

『ポンコ……マヌケ』

 今ポンコツって言おうとした……?

『超シンプルに言っただろ? それなのに聞き返すなんて……』

 それ以上は何も言わない。

 続く言葉は好きなように想像してくれってことだと、勝手に解釈した。

 きっと「ポンコツ」って言おうとしたんだよ。

 小さい頃からの付き合いだから、言いたいことはなんとなくわかる。

「キョウ、朱雀様には敬語ですよ」

『うわ、めんどくさい』

 楓の指摘に、キョウは嫌そうな言い方をする。

 僕、幼なじみに敬語を使われるのは少し苦手だから、別にいいんだけどな。

 わざわざ敬語にしなくたって、それはそれで受け入れる。

 けれど、僕の考えが関係ないのが、殺し屋組織だからな……。

 ボスは組織を『完全実力主義社会』にしたいから、自分より格上のものには経緯を示せって言ってるわけで、そこに友だちだとか恋人だとか、家族だとか――そういうものは、全部関係しない。

 だから、響は僕に敬語を使ってるんだよね。

『とりあえず朱雀様、よーく聞いてくださいね。六花ちゃんを人質に、組長をおびき寄せましょう。娘が殺されるかもしれないのに出てこない父親なんて、おそらくいませんから』

 本当に?

 なんか信じられないなぁ。

『あ、さては疑ってるな。本当ですよ』

 ……そんなに言うなら。

「動かないでね」

 僕は六花ちゃんに刀を向ける。

 このまま、組長のところに連れて行こう。

「六花ちゃん、もう一度聞くよ。お父さんはどこ?」

「六花、知らないよー。パパが、いそうなところならわかるけど」

「案内して」

「えー、つれていきたくなーい」

 コイツ、めんどくさい……!

 いや、待て待て。

 こういうときは脅せばいいんだよ。

「連れていかないと、このまま六花ちゃんの〝ここ〟を斬っちゃうよ」

 六花ちゃんの首に指を当てて、ゆっくり話す。

「どういうこと?」

「これからずーっと、パパに会えなくなるんだ」

 六花ちゃんが、表情を強ばらせる。

「パパのこと、大好きなんでしょ? 会えなくなるのは嫌だよね」

 話せば話すほど、六花ちゃんから表情が抜け落ちていく。

「…………やだ」

 やっと、そう言った。

 小刻みに震えながら、僕をにらみつける。

『いやー、さすが朱雀様。脅しが上手いことで』

 上手いのかな……?

 とにかく、六花ちゃんに案内してもらおう。

「それじゃあ六花ちゃん、連れていってくれる?」

「……ん。こっち」

 六花ちゃんは、すっかり素直になると、僕の前を歩き始める。

 数分歩くと、六花ちゃんはある部屋に入った。

 本がたくさんある、図書室のような部屋だ。

 ゴチャゴチャした部屋にいたのは、もちろん組長。

 六花ちゃんと僕、それから楓を見て、目を丸くする。

「六花……! お前ら、六花を解放しろ!」

 金切り声を出して、僕をにらんだ。

 やっぱり親子だな。

 六花ちゃんと、目つきがソックリだ。

『自分の愛娘を囮にしなきゃよかったのにな。いくら〝逃げて〟と言われたからって、本当に逃げるなんて信じられない』

 キョウが大きなため息をつく。

 それに続いて、楓も呆れた声を出す。

「本当です。ありえません」

 2人とも厳しい……。

 まあ、言いたいことはわかるけど。

 さて……さっさと終わらせよう。

「六花ちゃん、ありがとね」

 僕は、六花ちゃんにお礼を言う。

 それから組長に向けて、刀を構えた。

 組長の顔が引きつる。

「それじゃあ、組長さん。死んでください」

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