第26話 楓と任務へ

 11月終盤のことだ。

 街頭と家の明かりが道を照らす夜に、僕は殺し屋組織にやってきた。

 エレベーターに乗って、上の階にあるボスの部屋へ向かう。

 また平日にこれだ。部活で疲れてるし宿題もあるのに、どうしてまた呼ばれなきゃいけないんだろう。

 他の誰かに頼めばいいのに。

「朱雀様に向いている任務だからだろ」

 僕に言ったのは、ヘッドホンを首にかけたキョウだ。

 自宅近くの公園で待ち合わせして、一緒に来たんだ。

 どうやって家を抜け出してるんだろうね。

「……なんで僕が考えてることに答えられるんだよ」

 僕は何も言ってないのに……キョウは超能力でも持っているのだろうか。

「そういう顔してるから」

 キョウの呆れた表情が僕を見下ろす。

 僕は自分の顔に手を当てて、そんなにわかりやすいかな、と考える。

「わかりやすい」

「あ、また読んだ」

 それにしても、キョウも呼ばれるとは一体どんな任務だろう。

 2人で話しているうちに最上階に着く。

 エレベーターを降りると、ボスの部屋に向かって2人並んで歩き出した。

「ボスって優しいよなぁ」

 なんとなくだろう。

 キョウが、独り言を言うようにつぶやく。

「…………そうだね。キョウと楓には優しいんじゃない?」

 自分でも驚くほど、冷たい声が出る。

 驚いたのはキョウもらしく、丸くなった目で僕を黙って見つめた。

「あら、お2人とも遅かったですね」

 僕らは足を止める。

 ボスの部屋の前にいるのは楓だ。

「こんばんは」

「こんばんは。挨拶するとは、律儀ですね」

 一応学校の先輩だからか、キョウは挨拶をする。

 楓は表情1つ変えずにうなずいた。

「今回は、楓たちで行う任務だそうですよ。先にボスから内容を聞いていたので、お伝えしますね」

 今日はボスに会えないのか。

 でも楓に伝達済みなら、しょうがない。

 僕は楓の話を聞くことにした。

「こないだ、朱雀様が裏切り者を殺害したでしょう? その裏切り者が全滅させたと思われていた反社の組長が、まだ生き残っていたようです。組長はほぼ確実に我が組織の内部情報を知っています。現在、情報が漏れた様子はありませんが、情報漏洩を防ぐために組長を暗に殺害します。以上が任務の概要です」

 ユダか。そういえばいたな。

 あいつを消してから、色々と大変だったらしい。

 超特急で、ユダが働いていた職場に、ユダが不慮の事故で亡くなったと伝えたそうだ。

 そうしないと、職場側はユダがとつぜん無断欠勤をするようになり、さらに音信不通になったことを警察に相談するかもしれない。

 その場合、色々あったあと僕らは警察の迷惑になるだろう。

 そんなのは避けたいからね。

「それと、大変申し訳ないことをお願いしますが、朱雀様には今夜、奇襲を仕掛けていただきます」

「奇襲……」

 僕は楓の言葉を繰り返す。

 奇襲は何度かしたことがあるし、楓が申し訳ないと思うことはないんだけどな。

「朱雀様はお疲れでしょうから、できれば休んでいただきたいのですが、一度で標的を仕留めるには、朱雀様ほどの実力がなければ難しいのです」

 僕が不思議そうにしていたからか、楓は説明を加えた。

 そういうことね。優しさを感じる。

 じゃなくて、そんなふうにプレッシャーをかけられても困るんだけど。

 僕は「凄腕殺し屋」と言われるけれど、それ以外は普通の中学生だ。

 過度なプレッシャーに耐えられるほど、タフではない。

 正直「任せろ」と言えるような自信はナシ。

 それでも、ここでうなずかないのは楓に悪いよな……。

「わかった」

 僕は一言で済ませる。

 すでに宮日優だとバレているかもしれないけど、もしバレてなかったときのためにも、話しすぎるのは避けたい。

 昔、ボスに言われたんだよね。

「お前は喋りすぎると、ポンコツが露骨に出る。無表情・無口を貫け」って。

 そんな言い方ないだろと思った。

 でも、何も間違ったことは言ってないから素直に従っているんだ。

「さあ、出発しましょうか。キョウは残ってくださいね。あなたは案内役ですよ。資料はあります」

 楓は僕がうなずいたのを見て、満足そうに笑う。

 次にキョウに目を向けると、白衣の内側から紙の束を取り出して渡した。

 キョウは不満そうにしながら受け取ると、僕らを交互に見た。

 それを見て、楓は首をかしげた。

「どうかしましたか?」

「………………イチャイチャするなよ」

「は?」

 僕はキョウに、何言ってんの? という気持ちがこもった目を向ける。

 すると、気まずそうに目を逸らした。

「だって、2人きりなんだろ。惚れ薬飲まされてんだろ。恋愛的な雰囲気にならないなんて想像できない」

 そう言われて、ハッとする。

 そういえば僕、楓に惚れ薬を飲まされたんだった……。

 こんな大事なこと忘れてたなんて、今日はかなり疲れてるみたい。

 うわぁ……こんな状態で任務にいかなきゃいけないのか……。

 失敗しそうだ。

「楓が朱雀様と2人きりになるのが、羨ましいのですか?」

 楓がキョウに質問する。

 たしかに。そう見えるくらい嫌そうな顔してる。

「違う――いや、違わないけど……でも、そういうわけではなくて」

 珍しく歯切れが悪いな。

 キョウがそんなだからか、楓はキョウを見つめて、コテンと首をかしげている。

「違わないなら、そういうわけですよね」

「そういうわけじゃない」

「じゃあ、どういうわけですか」

 楓はキョウに一歩近づいた。

 キョウは近づかれた分、後ろに下がる。

「だから、えーと……そんなのわからないって!」

「それなら、そういうわけってことですね」

「あーもう、イライラする! 早く任務に行け、のろま!」

 キョウは楓を追い払うような仕草をした。

 僕以外の人に対してこんなに無表情が崩れる響なんて、今までに数えられるほどしか見たことがないよ。

「の、のろま……!? いつにもまして失礼です! 行きましょう、朱雀様!」

 楓がムーッと頬を膨らませて、キョウをにらむ。

 僕の手をつかむと、建物の外へ向かって歩き出した。

 楓が僕と手を繋いでいるからか、すれ違う殺し屋がみんな僕らを見てくる。

 ポカーンとマヌケな顔をする者や、2度見ならず3度見する者、さらには幼い子を見るように、ほほ笑ましそうな表情をする者がいる。

 チラッと聞こえた会話は「朱雀様が女の子と手を繋いでる」……と。

(うっせー! 繋ぎたくて繋いだんじゃない!)

 そう言いたいのをこらえて、楓に引っ張られていく。

 ようやく外に出て、視線から解放された。

 とりあえず、楓に何か言わなきゃ。

 でもなんて言えば……あああ、頭がグルグルしてる……!

「……楓、手」

 やっと言えたのは、たったそれだけ。

 しかも、声が裏返って恥ずかしい。

 楓はクルリと振り返ると、僕と目を合わせた。

 悲しそうな表情に見える。

「嫌ですか?」

「…………い、嫌じゃない……けど」

 僕は顔を背ける。

「けど?」

 楓が僕に一歩近づいて、顔の距離が近くなる。

 彼女が真正面にいるということに、なんとも言えないむず痒さを覚える。

 ジーッと見つめられて、居心地が悪い。

「…………恥ずかしい……」

 顔どころか、首から上に熱が集まっている。

「ほへぇ……」

 楓がマヌケな声を出した。

 目だけ動かして楓を見ると、ぷるぷる震えていた。

「朱雀様、可愛い……っ」

「えっ」

 楓の言葉にショックを受けているとき、耳につけたインカムにジジッとノイズが走った。

『ほら、やっぱり恋愛的な雰囲気になる』

 聞こえてきたのは、キョウの声だ。

『楓。朱雀様も一応男子中学生なんだよ。そういうのはやめてやれ』

「それを言うなら、楓もJCですよ」

『お前JCだったんだ』

「毒飲ませますよ」

 JCってなんだっけ……。

 2人の会話に、集まった熱が散らばっていく。

『毒飲ませるJCがどこにいるんだ。とりあえず任務に行け』

「はいはい。朱雀様、行きましょう」

 楓は、また僕の手を引く。

「ねえ楓、手……」

 どうしても、離してと言えない。

 手を繋がれるのが嫌ではないからか、それとも楓との関係が悪くなるのが嫌なのか、気持ちがフワフワしている。

『ハッキリ言わないと伝わらないぞ』

 キョウにツッコまれて、何も言い返せなかった。


 ☆


 目的地は、小高い丘にある館だった。

 お金持ちが住んでいそうな豪邸だ。

 こんなところに、反社の組長が住んでるの?

 全然そんな感じしないけど。

 今見えているのは、ガランとした部屋だ。

 大きなソファーと小さめのテーブルがあり、壁にはよくわからない絵が飾られている。

 美術の教科書にありそうだ。

 カーテンを閉めないとは、なんて防犯意識の低い人間だろう。

『集中しろ朱雀様。素早く丁寧に、一発で仕留めろ』

 インカムから、そんな注意をされる。

 ……本当に、僕の心の中でも読んでるのかな。

 今は表情が見えないはずだけど。

 キョウは僕と楓の視界をカメラで共有しているから。

『楓は朱雀様の後に突入だ』

 キョウの指示に、楓はうなずく。

 それから少々様子見する。

 部屋に、中年男性が入ってきた。

 中年にありがちな肉がついた身体ではなく、しっかり筋肉がついていて、ガッシリしている。

 窓に背を向けてソファーに腰を下ろした。

『――よし、行け』

 キョウの指示を受けて、僕は部屋につながる窓を突き破った。

 パリーンッ! と耳をつんざく音がして、ガラスの破片が散らばる。

「何が起こった――!?」

 男はこちらを振り返る。

 だけど、気づくのが遅い。

 一度地に足をつけて、間髪入れずに地面を蹴る。

 刀を抜いて、男に向けて振りかぶった。

 振り下ろす直前、僕と男の間に人が飛び出した。

「――だめーっ!!」

 いきなり出てきた小さな女の子に、僕は驚いて足を止める。

「パパ、にげて!」

六花りっか!」

「はやく!!」

 六花と呼ばれた女の子は、僕の前に立ちはだかる。

 部屋から逃げ出す男を追いかけたいけれど、女の子が邪魔で追えない。

 このままだと、通報されて捕まるんじゃ……!?

 僕の焦りに気がついたのか、女の子は首を振る。

「ケーサツには言わないよ」

 僕を見上げる女の子は、とてもかわいらしい。

 色素の薄い髪と瞳に、長いまつ毛。

 小学生だろう。低学年から中学年くらいの。

 ここまで容姿が整っているのはすごい。

「君」

「六花ちゃんって呼んで」

 女の子は瞳を輝かせながら、無邪気な笑顔でお願いしてくる。

 うーん、かわいい。

「六花ちゃん、怖くないの? お兄ちゃん、刀持ってる危ない人だよ」

「こわくなーい。お兄ちゃん、おなまえは?」

「朱雀」

 危うく、優と名乗るところだった。

 かわいいは攻撃力が高すぎる。

『おい優しくするな』

「朱雀様、もしかして子ども好きですか?」

 キョウと楓の声がして、僕は振り返る。

 そこには楓がいた。

 当たり前だけど、キョウは通信だからいない。

 ガラスの破片の上に立つ楓が、怪我しないか心配だ。

 でも『ガラスの上に立つ』様子は、絵のようにも見えてしまう。

「わあ、とってもかわいいお姉ちゃん!」

 六花ちゃんは楓を見たとたん、かわいらしい声を上げた。

 それから僕を見てキョトンとした後、パッと顔を明るくする。

「六花わかったよ! すざくお兄ちゃん、お姉ちゃんが好きなんだ!」

 何を思ったのかと思えば……!

 小さな子の勝手な想像なのに、めちゃくちゃ焦っている自分がいる。

 なんて言おう。なんて言葉で正したらいいだろう。

「……六花ちゃん」

「なあにー?」

〝お兄ちゃんは、お姉ちゃんのことは好きじゃないよ〟と言おうと思った。

 たしかに楓を見ると、ドキドキしたり息が苦しくなったりするけれど、それって惚れ薬のせいだもん。

 楓を好きなのは、僕の本当の気持ちじゃない。

「あのね……えっと……」

 言葉がつまる。

 六花ちゃんが、キラキラと輝く純粋すぎる目を向けてくるのだ。

 これに「好きじゃない」と言えば、まず悲しそうな目になるよな。

 なぜだかすごく、心がしぼむ。

 …………うん。言えないや。

 この純粋な目を曇らすのは可哀想だという気持ちが、僕の良心に訴えかけてくる。

「………………好きだよ」

 僕は諦めてそう言った。

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