第24話 優等生の仮面
「……あーあ。優ってば、何してんだか」
俺・響は、ため息をついた。
優が珍しく体育館裏に行ってるのが気になって、隠れてみていたら、まさか中川先輩が優に告白するとは。
というのは、別に興味がないから置いといて。
夏絵手先輩が中川先輩に「優は他の子が好き」と言ったんだよな?
それは、夏絵手先輩が優=朱雀と気づいている、もしくは推測していることの裏づけになる。
なぜなら、優と朱雀が同一人物だと気づいていない場合、夏絵手先輩は優が楓を好きだと知らないから。
優に好きな人がいることも、優が夏絵手に話すわけがないから知らないはずだ。
それに朱雀が好きなのであって、優を好きじゃないので、中川先輩の好きな人が優でも気にしない。
わざわざ中川先輩の恋を止めることなんて、しないはず。
けれど、止めたということは……そういうことだろ。
朱雀である優には、惚れ薬が効いていることを知っている。
その作られた好意が自分に向いていることも、自分以外で優に恋した誰かが失恋することも、すべてわかっている。
楓なりの、中川先輩が傷つかないための優しさなのかもしれない。
大半は、朱雀を取られるのが嫌だって気持ちだろうけど。
「困ったな」
優=朱雀ということに、楓はなぜ気づいたんだろうか。
俺にはよくわからないけど、好きな人なら見つけられるのか?
どんな格好でも、どんなに性格が違っても、直感的にわかるのかもしれない。
もしそういう理由なら、説明できないのもしょうがないだろう。
一気に少女漫画的な想像になってしまった。
けど、ありえなくはない……気がする。
優も楓=夏絵手だって、すぐに気づいてたよな。
これは優に直接言われたわけじゃないけど、反応を見ていてわかった。
優の場合、殺し屋の楓とモデルの楓が同じ人だというのは事前に知っていたから、転校してきた夏絵手が〝モデルの楓〟と気づいたら、もちろん殺し屋ともわかるだろう。
モデルの楓と気づく前に、殺し屋の楓だと気づいた可能性もあるが。
その場合は、やはり直感なのだろうか。
うむむ……頭がこんがらがってきた。
「――あれ? 不知火くん?」
声をかけられて、俺は顔を上げる。
俺の前にいたのは、クラスメイトの
おとなしい性格の女子で、よく一人で読書している。
三つ編みおさげは、おとなしそうな印象を強くする。
「どうして、こんなところにいるの?」
渡辺さんは、小さな声で聞く。
そうそう、渡辺さんは声が小さいから、無口だと思われているみたいなんだよな。
俺はしっかり聞こえるんだけど。
「ボーっとしてただけかな」
「それ、どういう理由……?」
はぁ? と言いたげな顔をされる。
しょうがないだろ、優のあとをつけてた……なんて言えないから。
「渡辺さんは、何を……」
うわ、本の山だ。
「それ、どこに運ぶの? 手伝おうか?」
「えっ……い、いいよ、申し訳ないよ……」
俺がほほ笑んで言うと、渡辺さんは首を振った。
その間も、本がグラグラと揺れている。
そのままだと倒れるぞ。
「またね、不知火くん」
渡辺さんは、小さな歩幅で歩き出す。
足元にあった石に、つまづいた。
「きゃっ――」
バサバサッと本が散らばる。
「あ、あれ……痛くない……?」
強く目をつむっていた渡辺さんは、おそるおそるといった様子で目を開く。
パチッと目があった。
「大丈夫?」
「ひゃ……」
渡辺さんの顔が、みるみるうちに真っ赤になった。
「ごめんね。頭を打つと危ないから」
渡辺さんが真っ赤になったのは、確実に俺のせいだ。
つまづいたときに駆け寄って、身体を抱えたのだ。
そうしないと、怪我するところを観察するひどいやつになるかもしれなかったから。
ただ、予想はできていても、急なことに完璧に対応することは難しい。
横抱きになってしまったけど、わざとじゃない。
「わ、わたしこそ、ごめんね……。おとなしく手伝ってもらえば良かったよ」
渡辺さんは立ち上がると、フラリと傾く。
すぐに支えて、転ぶのを防ぐ。
「危ないよ」
「ご、ごめんなさい」
それから、2人で本を拾った。
本の3分の2を俺が持つ。
渡辺さんは慌てていたけど、女子に重いものをもたせるのはどうかと思うから、持つ量は変えなかった。
「これを、どうするの?」
「えっとね、図書館に持って行くの。図書館って、校舎と離れてるでしょ? 持って行くの、わりと大変で……」
「へえ、そうなんだ」
2人で肩を並べて歩く。
渡辺さんは、通りがかりの人にチラチラ見られるのが気になるらしい。
すっかり縮こまってしまっている。
「不知火くんって、人気者だよね……。わたし、不知火くんのとなりにいると浮いちゃう」
人気者か……。勝手に近づいてこられて、めんどくさいったらありゃしないのに。
「不知火くんはカッコいいのに、わたしは全然可愛くない」
渡辺さんは、俺から少し距離を取る。
俺が立ち止まると、渡辺さんも止まった。
一歩ずつ進むと、渡辺さんも同じように進む。
「……可愛いと思うけどな」
小動物みたいで。
「ひょえっ!? だっ、駄目だよ不知火くん! 不知火くんは、とっても素直で悪い嘘はつかないから、嫌な気持ちにはならないよ! でも、女の子に軽い気持ちで『可愛い』って言うのは、いけないんだよ……!」
「そっか。ごめん」
「う、ううん。わたしこそ、大声だしてごめんね……」
いや、まったく大声じゃなかったよ。
普通より少し小さめかなーってくらい。
「あ、図書館に着いたね。そしたら中に入って、本をカウンターの後ろに置いてほしいな」
「わかった」
渡辺さんに言われたとおりに本を置く。
渡辺さんも本を置いて、ようやく身軽になった。
「本当にありがとう、不知火くん。助かったよ」
柔らかな笑みを浮かべる渡辺さんは、小さな声で言った。
そんな渡辺さんに、俺は笑顔を見せる。
「ああ。それじゃ、また来週」
「うん……! またね」
渡辺さんは、俺に手を振った。
図書館から出ていくとき、渡辺さんのつぶやく声が聞こえた。
「さすが、優等生だなぁ……」
胸が冷たくなる。
氷のような冷たい気持ちが大きくなった。
「……優等生ってなんだよ」
無意識に出た言葉が、余計に胸を冷たくした。
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