第23話 白い手紙の渡し主

 体育館裏に行くと、そこには一人の女の子がいた。

 長い黒髪は、手入れの行き届いたサラサラのストレートヘアだ。

 風に吹かれて、サラリと揺れている。

 向こう側を見ているから、もちろん顔は見えないけれど、誰かすぐにわかった。

「中川?」

 僕が声を掛けると、その子は振り返った。

 パッチリした目が、僕を見つめる。

 まるでドラマに入ったかのような、不思議な感覚になる。

 中川が、あまりにも美人すぎるから。

「待たせてごめん。えっと……白い手紙は、中川の?」

「……うん。来ないかと思った」

 中川は控えめにうなずいて、苦笑した。

「あのね、わたし……宮日くんに、伝えたいことがあるの」

 中川は制服の袖を使って口を隠しながら、上目遣いで僕を見た。

 美人の上目遣いは心臓に悪い。

 これを、もしも夏絵手にやられたら……考えるだけで大変なことになりそうだ。

「宮日くんにとっては、迷惑かもしれない。だって……」

 中川は少しうつむいて、不安そうに両手を重ねた。

 暗い顔を消すように、ふわっと柔らかくほほ笑む。

 いつもの笑顔と比べると不自然だ。

「宮日くん、好きな子がいるんだよね?」

 ドキッと心臓が跳ねた。

 誰にも言ってないはず……なのに。

 僕が誰を好きなのか、知っているとしたら……それは楓だ。

 でも“楓”であって、“夏絵手”じゃない。

「……誰かに聞いたの?」

 なるべく自然に聞こえるように言う。

 すると、中川は僕から目を逸らしながら「夏絵手さんだよ」と言った。

 やっぱり、夏絵手か。

 でも、おかしくない?

 だって、中川の話のとおりだと、夏絵手は“宮日優”と“朱雀”が同一人物だと気づいているってことだもん。

(いや、おかしくはないか)

 僕は、すぐに考えを改める。

 いつ気がついたのだろう。

 僕が気づいたのと、同じ時?

 夏絵手が、みんなの前で自己紹介をした日、僕は夏絵手を見て“楓”だと気がついた。

 殺し屋組織で見ている楓と、目の前に現れた夏絵手は、そっくりそのままの人間で、ピンと来たんだ。

 それって、夏絵手にとっても同じことだったのかも。

 でも何も言ってこない……ということは、僕みたいに話題を避けてるか、または推測の域を出ていないか。

 けど後者だと、中川に言った理由が……。

「……宮日くん? 急に考え込んで、どうかした?」

「あ、いや……なんでもない。それで、僕に伝えたいことって何?」

 気を取り直して、中川に聞く。

 すると、中川は短く、ハッキリと言った。

「宮日くんが好きなの」

 予想外の言葉だった。

 何も言えない。

 中川の言うことが信じられない。

 学年1の美人だよ?

 その子が僕を好きって、そんなことある?

 たしかに目の前で、しっかり目を合わせながら、真剣な顔で言われたけど、やっぱり夢と疑ってしまう。

 僕なんかよりも、ずっと良い人がたくさんいるのに。

 田中とか、草薙もそう。

 もっと広げれば、響だっている。

 それなのに、どうして僕を?

「これを伝えたかったの。それだけだよ。じゃあ、また来週会おうね」

 夏絵手も中川も、わけがわからない……。

 頭がグルグル混乱している僕を置いて、中川は逃げるように帰った。

 その場に残された僕は、

「どうしよう……」

 と、しゃがみこんだのだった。

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