第22話 黒い手紙の渡し主

 手紙を手にした翌日の放課後のことだ。

 僕は、黒い手紙を書いた人物と会うために、2階の空き教室に来た。

 2階の空き教室って、ここしかないから……うん、間違ってないはずだ。

 僕は警戒しながら、ドアを開く。

 中にいたのは、文字が書かれたハチマキと桃色のハッピを着た、男子生徒たちだ。

 ハチマキには『I♡Himeno』と書かれている。

 うげっと声が出そうになった。

 こいつら、中川のファンクラブ会員だ。

 こんなものをつけた連中に追いかけ回されて、中川が可哀想すぎる。

「やあ、宮日くん」

 眼鏡をかけたリーダーらしき人が、僕に鋭い目を向ける。

 一応、1年の時に同じクラスだったから、知り合いではあるんだよな。

 この男は、西内にしうちという名前のガリ勉オタクだ。

 ガリ勉は脚色無しの事実である。

 朝休みも、授業間の休み時間も、昼休みだって、いつでも勉強している。

 しかも塾に通っているんだと。

 これは、西内と同じ塾に通う蜂田から聞いた話だけど、よく自習室にいるそうだ。

 つまり、日中のほとんどを勉強に費やしているということ。

 それなのに、中川のファンクラブに入っているというギャップがすごい。

 ちなみに、これが“オタク”と言われる理由。

 何をきっかけに中川に惚れたのかは知らない。

 でも、中川を好きになる人の大半は、一目惚れだ。

 西内も、たぶんその一人だろう。

 そんな男に呼ばれたわけだけど……さて、何を言われることやら。

「単刀直入に言おう。中川さんに近づくならば、『姫乃ちゃんクラブ』に入会しろ」

 いや……え?

 しばらく、思考停止してしまう。

 しばらくして、ようやく言っていることがわかった。

「嫌だ」

「なんだと!?」

 そんなことを言うために、わざわざあんな紛らわしい手紙を渡したってこと?

「で、僕の秘密って何?」

 殺し屋のことなら、僕は今すぐお前をあの世に送りたいところだけど……。

 西内は、物騒なことを考える僕に気づいていない。

 眼鏡をクイッと上げると、僕を指差した。

「君の成績がひどいことだ!!」

「……特に秘密ではないかな」

「なんだとぉぉぉ!?」

 ねえ、さっきよりも驚くのやめてくれない?

 そういうの傷つくから。

「そんな馬鹿な……! ひどい成績なんて、人に言いたくないはず」

 西内は、ブツブツとつぶやく。

「隠してないからな」

「なぜ!?」

「僕がポンコツなのは周知の事実なんだよ」

 みんな、僕の頭が良くないことくらい、とっくの昔にわかってる。

 ほとんどが小学校からの友達だもん。

 宮日優は頭が悪いって、記憶に刻まれてると思う。

 西内は別の学校だったから、知らないだろうけど。

「そ、そうなのか。それならば、君に言いたかったことを言おう」

 僕に言いたかったこと?

「中川さんは麗しい。見ているだけで幸せだ。だが、そんな幸せな空間に君が入ると、一気に不幸な気持ちになるのだ。あの中川さんに男がいるように見えてしまってな。それに、美しさが汚れてしまう」

 西内の言うことは、ファンクラブメンバーたちの言いたいことを、代弁しているのだろう。

 ハチマキとハッピを身に着けた男子生徒たちは、うなずいたり、「そうだ」と声を上げたりしている。

 その様子に、嫌な気持ちになる。

「それって、中川が見せ物みたいだな。あんたたちの欲を満たす道具というか……聞いてて、良い気はしない」

 僕はため息を逃がす。

 それから、笑顔を貼り付けた。

「帰っていい? 別のところに用事があるんだ」

「まだ話は……!」

「じゃあな」

 僕は、西内の言葉を聞かずに、その場を離れる。

 そもそも、僕の秘密を知っているのか確かめるために来たから、話すつもりはない。

 正直、西内は苦手だし。

 さて、早く体育館裏に行こう。

 誰がいるのかは知らないけど、待たせているだろうから。

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