第21話 響とサッカー

 放課後、僕は響との約束を果たすために、サッカー部の練習を見に来た。

 響、どこにいるんだろう。

 キョロキョロしていると、さっそく見つけた。

 休憩中だろうか。

 他の誰ともたわむれず、一人で空を見上げている。

 なんか、すげーボーッとしてるな。

 それにしても、一人で大丈夫かな……?

 何かあったわけじゃないよね?

 心配になっているところ、近くから女子の高い声が聞こえた。

 振り返ると、数人の女子が響を見て、キャアキャアと騒いでいる。

 ふむふむ、やっぱりイケメンは違うのかも。

 あんな風にボーッとしていても、他の人から見れば絵になるんだろうな。

 響を呼ぼうと、口を開いたところだった。

 響が僕に気がついて、駆け足でやって来る。

 無表情のままなのに、僕には響の表情がキラキラ輝いて見えるよ。 

「よう、響」

 僕は、響に向けて片手を上げる。

「ちゃんと来たな」

「約束くらい守れますぅー」

「はいはい、わかってますよ」

 ケラケラと笑う響に、いつもと変わらない安心感を覚える。

「良かった、いつもどおりで。他のみんなと違って一人だから、何かあったのかと思った」

 僕が言うと、響は黙ったあとに困ったようにほほ笑んだ。

「一人じゃ駄目だった?」

「ううん。別に好きにしたらいいけど……何かあった? もしかして、サッカーが嫌いとか? サッカー嫌だから、みんなと関わる気になれないとか?」

 サッカーは、小学3年生からやってたはず。

 今までに、何かあったのかな。

 うーん、心配しすぎだとは思うけど……。

 僕があんまりにも心配するからか、響は苦笑した。

「嫌いじゃないよ。もともと、やりたくて始めたんじゃないだけだ」

 やりたくて、始めたんじゃない……?

 僕は首をかしげる。

 習い事とか部活とか、やりたいからやるんじゃないの?

「うーん、なんて言えばいいかな。……母さんに言われたんだよ。サッカーは俺にピッタリだって」

「それで、始めたの? どうして? 好きなことすればよかったじゃん」

 僕が言うと、響は無表情になる。

「言うとおりにしたら、母さんが褒めてくれるんだ。『響はいい子ね』『偉い偉い』って」

 響は、嬉しそうでも楽しそうでもない。

 ただ淡々と、事実を述べているだけだ。

「あのころは、それが嬉しかった。母さんが嬉しそうに笑ってくれて、俺を褒めてくれて、なんというか……幸せ? 満足感? とにかく、そういう気持ち」

 響の話を聞いていると、胸が痛んだ。

 お母さんが笑ってくれる。

 お母さんが褒めてくれる。

 そんな幸せ、僕はもうずっと感じていない。

 いいな、ずるいな……って、無意識に思ってしまう。

「まあ、とりあえずそういうわけで、俺は部活を自分の意志で選んでない。みんなは好きでやってるけど、俺はそうじゃない。だから、あんまり馴染めないだけ。……話しすぎたな」

 そうして、響は話を締めくくった。

 僕の頭には、響を心配する気持ちが残っている。

 今の話を聞いたら、余計に心配しちゃうよ。

 でも……やっぱり、羨ましいな。

「……」

「どうした? 浮かない顔して」

 響は、僕の顔を両手で包んだ。

 どうしよう、逆に心配されてない?

「にゃ、にゃんれもにゃいお」

 なんでもないよ、と言ったつもりが、頬を手で挟まれているせいで、うまく言えない。

「ふふっ……」

 響が肩を揺らす。

 必死に笑いをこらえているのか、震える声で言った。

「へ、変なの……」

 お前が顔を包んだせいだろ、と言いたいのを我慢。

 このまま笑ってほしいから、乗っかることにした。

「にゃんにゃん」

 猫の手を作って、頭に乗っける。

「ちょっ……」

「にゃーん」

「待って、無理……!」

 もしかして、笑うほど似合わないの?

 なんかショックだな……。

「そ、そろそろ休憩終わり、から、あの、あのね」

 笑いが収まらないのか、響は言葉を詰まらせながら、おそらく「休憩が終わるから、もう話せない」というような内容を伝えようとしている。

 とうとう、深呼吸を始めてしまった。

「ああ、言いたいことわかるから。頑張ってこいよ」

「…………うん」

 ようやく落ち着いて、小さくうなずいたのだった。

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