第18話 夏絵手と姫乃

「よかった……。離れてくれた」

 わたし・中川姫乃は、大きく息をついた。

 実は、さっきまで中庭で宮日くんと不知火くんが話しているところを、隠れて見ていたの。

 今日もまた告白されて、断って……疲れたから帰ろうとしていたんだけど、中庭にいた宮日くんが気になっちゃって。

 こうして、校舎の影から覗いていたんだ。

 バレてないよね、きっと……。

 隠れて見ている中、わたしが気になったのは夏絵手さんのこと。

 だって、夏絵手さんったら、躊躇なく宮日くんの隣に座ってたもん。

 わたしだって、宮日くんの隣に座りたいけど、そんな勇気ないよ……。

「…………中川さん?」

「きゃっ」

 名前を呼ばれて、わたしは固まる。

 振り返ると、さっきまで宮日くんと話していた夏絵手さんが、わたしを見つめていた。

 いつからそこにいたの?

 帰ったのかと、勝手に思ってた。

 それよりも、見てたことバレちゃったかな……?

「……宮日さんって、優しいですよね」

「え? そ、そうだね。とっても優しいと思う」

 急な話に、タジタジになる。

 どうしてとつぜん、宮日くんの話をするのかな?

「中川さん、宮日さんのこと好きでしょう?」

「えっ!? すすす好きだなんてそんなこと別にわたしは……!」

 わたしの顔が熱を持つ。

 あわわわ、どうしようどうしよう!

 どうして気づかれたの?

 わたしが宮日くんを好きだって……。

「さっき、ずっと宮日さんを見てましたよね」

「う、ううん、見てないよ?」

「大丈夫ですよ。宮日さんには言いませんので」

 夏絵手さんは、わたしをじっと見つめる。

 嘘つきづらいよ……。

「……本当に……?」

 小さな声で聞いてみる。

 これで、わたしが宮日くんを好きだってことが、夏絵手さんに知られちゃったけど……。

「はい。雫は乙女の味方です」

 夏絵手さんは、そう言ってほほ笑む。

 そのほほ笑みのまま、言った。

「宮日さんのことは、早々に諦めたほうが良いですよ」

 夏絵手さんの声だけが、ハッキリ頭に響く。

 その他の音は、モザイクがかかったように聞こえなくなった。

 目に映るのは、夏絵手さんの可愛らしい笑顔だ。

「宮日さんは、他の女の子が好きなのです」

 続けて発せられた言葉で、わたしの心にヒビが入る。

 ひんやり冷たい気持ちが、わたしの気分を悪くした。

「宮日くんが、そう言ったの?」

「さあ、どうでしょうね」

 わたしの質問を、夏絵手さんはヒラリとかわして肩をすくめる。

「……わたし、用事があるんだった。また明日ね、夏絵手さん」

 わたしは、その場を離れる。

 走って家に帰りながら、考え続けた。

 宮日くんが他の女の子を好きだって、本人は言ってない。夏絵手さんに言われただけだよ。

 夏絵手さんが嘘をついた可能性だって、捨てきれないんだから。 

 だから、だからまだ、宮日くんを好きでいても良いよね……?

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