第16話 楓の初恋

 任務達成後、組織に戻ってきた。

 すでに日がまわっている。

 そろそろ家に帰らないといけないけれど、足が向かない。

 暇つぶしに、俺・響は、楓に話しかけた。

「もしもし、楓さん?」

 楓は、朱雀様の写真(隠し撮り)を見てニヤニヤしている。

「なんですかぁ」

 こちらを見たと思ったら、嫌そうな顔をされた。

「本当に朱雀様が好きだな」

「大好きですよ」

 写真を抱きしめて、へにゃぁと笑った。

 こんなのが、学校で優のとなりの席にいると思うと、吐き気がするな。

「あ、なんですかその顔。まるで化け物を見るような」

「化け物だなんて、そんなひどいこと思ってないよ」

 変態だとは思うけど。

 隠し撮りした写真を眺めてニヤけるとか、それはもう変態のすることだろう。

「ひどすぎますね。女の子に化け物と言うとは」

 言ってませんけど。

 と言う前に、ある言葉が引っかかった。

 その言葉を、反射的に繰り返してしまう。

「女の子?」

「楓は可憐な女の子ですよ?」

「あ、ごめんなさい」

 俺が謝ると、楓は眉をひそめる。

「どうして謝るのですか……? はっ、さてはキョウ、楓を女の子だと認識していませんでしたね!?」

「楓に興味ないからな」

「最低野郎ですね」

「俺に興味を持たれても、あんたは困るだろ」

「そのとおり」

 だったら侮辱しないでくれ。

 俺がイラッとしたのを知らない楓は、キョロキョロとあちこちを見る。

 それから、首を傾げた。

「朱雀様はどちらへ?」

「帰ったよ」

 優がこんなところに長くいるわけない。

 あいつにとっては、居心地が悪い場所だろうから。

「あらら。挨拶くらいしてくれたっていいのに」

「しないよ。朱雀様だぞ」

「むむ……。それはそうですね」

 楓は少し考えたあと、うなずいた。

 それから、残念そうに肩を落とす。

 ブツブツと「朱雀様とお話したいのにぃ……」と言っている。

「……まだ時間ある?」

「なぜですか?」

 俺が聞くと、楓は首をかしげた。

 急すぎたかも。

「いや……ちょっと聞きたいなぁ、と」

「何を?」

「……」

 理由を言うのは気がひける。

 そういうことに興味があると思われるだろうだから。

 でも知りたいのだから、しょうがない。

「なんで朱雀様が好きなんだ? あの人、冷たいし怖いし、何考えてるのかわからないのにさ」

 ただ疑問に感じていた。

 俺は優の幼馴染だ。

 だから優のことは、よくわかっているつもりだ。

 優は、優しくて温かくて太陽みたいで……横にいるだけで、ホッとする。

 でも、朱雀のときは別人だ。

 今言ったように、冷たくて怖い。

 優しいと冷たいは表裏一体だと思うから、別に不思議に思うことはないけど、やっぱり「冷たい人間」を好きになろうとは到底思わない。

 優を好きになるのなら、まだ理解できるけど。

「……そういうことに興味があるのですね。意外です」

 ほらな! 絶対に言うと思った!

「楓が朱雀様を好きな理由……。うーん、キョウに話すのは、なんだか嫌ですね」

「あ、じゃあ答えなくていいや。ありがとう」

「あれは1年前のことです」

 話すんかい。

 まあ、話してくれるんなら静かに聞いとくよ。


 ✡


 楓は、自称ボスの側近さんに、おつかいを頼まれました。

 それは、あるお薬を取引してきてほしいというもので、もちろん楓はすぐに了承しました。

 だって、楓が大好きなお薬ですよ。

 行きたいに決まってます。

 それで、楓は指定された場所へ行きました。

 そこにいたのは、いかにも良くない感じの男性でした。

 楓が来たのを見ると、まず訝しげにしました。

 さすがに、楓のような女子中学生が来るとは思っていなかったのでしょう。

 しかし、特に何も言われることはなく、取引は順調に進みました。

 ようやくお薬が手に入るというときです。

 男性が言いました。

「お嬢ちゃん、もう1つ条件があるんだけど」

「もう1つですか?」

 お金のことかと予想しました。

 しかし、側近さんは、すでにお金は払っているとおっしゃっていましたので、別の内容だと思いました。

 特にピンと来るものがなく首を傾げていると、男性は不気味な笑みを浮かべました。

「お嬢ちゃんが、おじさんを喜ばせるんだよ」

「嫌です。お薬ください」

 気持ち悪かったので、すぐに断りました。

 お薬を持って帰らないわけにはいかないので、お薬を請求したところ、男性は何故かキレました。

「ガキのくせに!」

 怒鳴り方が、漫画のクズそのものでした。

 今となっては、そこまで恐れなくても大丈夫な人間だったと思います。

 武器なんて持っていませんでしたし、楓が薬を使えば簡単に殺せます。

 しかし当時の楓は、それが怖くてしょうがなくて、その場を逃げ出しました。

「待ちやがれ!」

「キャッ」

 右腕を強く引っ張られて、転んでしまいました。

 楓を捕まえた男性は、楓に殴りかかってきました。

 そんなのもう、恐ろしいほかないではないですか。

 目をつぶることもできずに、ただ呆然と降ってくる拳を見つめていました。

 そのときです。

 男性の背後に、空から人が降ってきました。

 地面に降り立つときに、男性の背中を斬りつけました。

 もちろん、男性は倒れました。

 目の前で人が死んだのですから、普通は取り乱すことでしょう。

 でも、楓は違いました。

 楓を助けてくれた〝彼〟に目を奪われました。

 口を覆い隠す上着のチャックは鍵型で、手には刀を持っていました。

 組織にいると耳にする「朱雀」様の格好です。

 そして何より目を奪われたのは、彼の長い前髪の隙間からのぞく目でした。

「平気か」

 彼が、楓に話しかけました。

 同年代くらいの男の子の声です。 

「あ、えと……」

 楓が言葉に詰まっていると、彼はしゃがんで、楓と目の高さを合わせました。

 冷たいのに暖かい瞳が、楓を見つめました。

「…………頑張ったな」

 その言葉は、殺し屋のものとは思えませんでした。

 けれど、楓の心に種をまいたのは事実です。

「……ありがとう、ございます」

 なんとか、そう言いました。

 それ以上は、言葉を発せられませんでした。

 楓の心臓が、息ができないほど胸を締めつけていたのです。


 ✡


「それが恋だと気づくまで、時間はかかりませんでしたよ」

 楓は、そう言って話を締めくくった。

「へぇー。そんな理由が」

 思っていたよりも、ずっとちゃんとした理由だった。

 優が根っからの変人に好かれてるわけではなさそうで、少し安心だ。

「このこと、誰にも言わないでくださいね。特に朱雀様には。約束ですよ。じゃあ、楓は帰りますね。さようなら」

 楓は早口で言い終えると、早歩きでいなくなった。

 さては、恥ずかしくなったな。

 まったく。そうなるなら、話さなけりゃいいものを。

 変人だけど、いいやつなんだよな。

「……さあて。俺も帰るとするか」

 自分の声が弾んでいる。

 なんだかんだ、楓の話を聞いて良かった。

 優をまた1つ知ることができた良い時間だった。

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