第14話 vs裏切り者

「お前が、あいつらを殺したのか」

「そのとおりっす。少し揉めちまって」

 裏切り者の男は、地面を蹴って一気に距離を詰めてくる。

『死ぬなよ』

「平気」

 キョウと短い会話を交わしながら刀を構えた。

 男が振りおろしたナイフを受け止めて流す。

「刀なんて、卑怯っすねー。リーチの差が激しい」

 知らんっつーの。

 お前が自分でその武器を選んだんだろ。

 それなのに、僕に卑怯だと言うなんて。

 こういうのが、めんどくさいんだよ。

「朱雀様は、たしか中学生でしたっけ?」

 裏切り者は、とつぜんそんなことを言い出す。

鳥舞とりまい中学校に通う2年生っすよね。あなたの生年月日も、住所も知ってますよ」

 そんな情報、どこから手に入れたんだ。

「俺の顔に見覚えありません?」

 はあ? と言いたくなりながら、裏切り者の顔を見る。

 切れ長の目に、色素の薄い瞳、それから形の良い唇。スッと通った鼻筋や、尖ったあご。

 いわゆるイケメンだ。それも、かなり特徴的な。

 どこかで、見たことがある。

 どこだったっけ。

「――あっ、スーパーにいた!」

「大せいかーい! 朱雀様が買い物をするスーパーで、商品棚の整理をしてたっす。よく挨拶しましたよねー。めっちゃいい笑顔でした。ありゃ心をつかまれますよー。そんで朱雀様が生徒手帳を落とした時、気になってた個人情報を確認したんすよ」

「ちょっと待て。なんで朱雀だって前提で話してるんだ」

 ウィンクする裏切り者にきく。

 ウィンクとかは女子に向けてしてよ。反応に困る。

「いやぁ、朱雀様いつも顔の下半分隠してるじゃないすか。ある日、たまたま見たんすよ、顔全体。『あっれー、あの子じゃーん!』ってなりました、ははっ」

 ぐ……理解に苦しむ。

「キョウ、訳して」

『バリバリの日本語だぞ』

 キョウの呆れたため息が聞こえる。

 でも説明してくれるようだ。

 なんだかんだ言って、優しいんだよね。

『朱雀様と、スーパーの常連客――優が同一人物だと気付いたんだろ。お前が生徒手帳を落とした時、アイツは朱雀様の個人情報を知るために、同一人物である優の生徒手帳に記された氏名やら住所やらを確認した。これでわかるか? アイツの話は言い換えづらい。なんとか理解してくれ』

「うん、もういいや。アイツも殺るよ」

 結局、よくわからなかった。

『ボスの命令は絶対だ。早くやっちゃえ』

 キョウとの会話を終わって、僕は裏切り者に注意を向けた。

 僕とキョウが話している間、何も手を出してこなかったし、殺気も感じなかったけど……一体どうしてだろう。

「……は?」

 疑問を感じたことが馬鹿馬鹿しくなった。

 なぜなら裏切り者は、自撮りしていたからだ。

「うぇ〜い。朱雀様とのツーショット最アンド高★」

 しかも僕を勝手に撮ってる。お前とツーショットなんて、撮らなきゃ不幸になるとしても嫌だよ。

 じゃなくて、この状況で自撮りなんて、普通するか? ……いや、殺し屋に普通を求めること自体、意味がないな。

「……おい」

「俺のコードネームっすかー? 俺は光秀みつひで。あだ名はユダっす!」

 聞いてない。

『裏切り者の代名詞かな』

 キョウがつぶやく。

 インカムで繋がっているので、もちろんキョウのつぶやきはハッキリ聞こえる。

「どういうこと?」

『光秀は織田信長を裏切った。で、ユダはキリストを裏切ったユダじゃね? そのコードネーム、もはや運命だろ』

 歴史上の人物なんてよくわからないけど、とりあえず裏切り者にピッタリなコードネームらしいことはわかったよ。

 よし。呼びやすいからユダって呼ぼう。

「さて、と。朱雀様との最期のツーショットも撮れたことだし……」

 ユダの言い方に、引っ掛かりを覚える。

 さいご……って、どういう意味での〝さいご〟だろう。

「ほんじゃあ、朱雀様をぶっ殺しまーす!」

 ユダはスマホをしまうと、僕に切りかかってくる。

 右の大振りは避けやすい。

 僕は冷静にかわすと、一度距離を取る。

 何度も斬りつけるのは、痛いだろうし可哀想だ。

 できれば、一発で……。

 そのためには、急所を的確に斬る必要がある。

 ……いつもどおり、首を斬るか。

「さすが朱雀様、すばしっこいっす」

 ユダはナイフを振り回す。

 そんなことしてたら、隙ができるよ。

 僕は背後にまわりこむと、ユダの首に刀を振り下ろした。

「殺し屋なんて、君のお兄さんはどう思うんでしょーね、宮日優くん」

 ユダから発せられた言葉が、僕の動きを止めた。

「隙あり!」

「わっ」

 ユダは僕を押し倒すと、上に乗っかった。

 刀が手から数メートル離れた場所に飛んでいった。

『優!? 優、大丈夫か!?』

 キョウが僕の名前を呼ぶ。

 声には焦りと不安がにじんでいた。

「君のお兄さん、6年前に死んでますね」

 ユダは話しながら、僕の首をつかむ。

「っ、うぅっ……」

 息が苦しい。

 足をジタバタさせても意味がない。

 ユダはゲラゲラと笑う。

 馬鹿にされてるようで、悔しい。

「お兄さんのところへ送ってあげるっすよ」

 ナイフを構えると、振り下ろす。

 反射的にギュッと強く目を瞑る。

「……?」

 あれ……何も来ない。

 それに、息苦しさが消えた。

 恐る恐る目を開く。

 ナイフは、僕の首のギリギリ手前で止まっていて、ユダが顔をひきつらせている。

 ユダの両手首には細いワイヤーが巻き付いている。

 それがユダの動きを止めているようだ。

「ぐっ……なんだ、これ……」

「俺の親友を殺そうとするとは、最低な野郎だな」

 あたりに響いたのは、ついさっきまで通信していたキョウの声だ。

「念のため近くにいて良かった。まったく、優ってばすぐ心配かけんだから、困ったもんだよ」

 ワイヤーを辿った先に、ワイヤーを引っ張っているキョウがいた。

「響……?」

 ユダがいるのに、響と呼んじゃいけないことはわかっていたけれど、不意に起こった出来事に口がついていかなかった。

「このワイヤーが気になる? おじさんが教えてくれたんだよ」

「違う違うそうじゃない。組織に残ってるって言ってたよな?」

「うそぴょーん」

 やめて、そう言うときも無表情なのやめて。

 あとこの状況で「うそぴょーん」は気が抜けちゃうよ。

 ていうか、何してんの? ワイヤーを何かに引っ掛けて。

 車輪みたいだ。似てるけど別物。

「これは輪軸だよ。中3で習うんじゃね?」

 りんじく……とやらに引っ掛け終わったのか、満足そうにほほ笑む。

 ……と言っても、響を知らない人から見たら、無表情に見えるだろうけど。

「誰っすか、あんた!」

 ユダが、1つにまとめられた両手首を動かそうとしながら、響にきいた。

「なんでもこなせる天才でーす」

「自己肯定感たっか!! うっぜ!!」

「最高級の褒め言葉をありがとう」

 なんでもこなせる天才さんは、そう言いながらワイヤーを強く引っ張った。

 とたんに、ユダの身体が宙に浮く。

 それを見て、僕はギョッとした。

「なんで持ち上がんの!?」

「輪軸を使うと、紐を引っ張る長さが2倍になって、2分の1の力で物を持ち上げることができる。合ってれば」

 合ってれば!?

 ……って、そりゃそうか。

 僕が習ってないんだから、響が習ってるわけないもん。

「優、立てるか?」

「うん。ありがとう」

 ユダが浮いたことで、僕は身動きが取れるようになった。

 立ち上がると、刀を取る。

「……」

 何も言わずに、ユダを見上げる。

 それから、斬った。

 ボタボタと、どす黒いものが降ってくる。

「……最期の言葉とか聞かないんだ?」

 響がワイヤーから手を放すと、ユダは地面に崩れ落ちる。

「うん。別にいいかなって」

「アッサリしてんな。でも、そこが良い」

 響はほほ笑むと、ハンカチを持って、僕の顔に手を伸ばして、頬をゴシゴシこすった。

「わ、ちょ」

「血がついてる」

「ちょっと、ねえ、くすぐったい」

「――何お2人でイチャイチャしているのですか」

 呆れたような声が聞こえて、僕と響は固まった。

 ゆっくり振り返ると、なんと楓がいた。

 腕を組んで、もともとのジト目をさらにジト目にしている。

「キョウ、抜けがけするのは許しません。楓は激おこぷんぷん丸ですよ」

 そう言って、楓はほっぺをぷくーっとふくらませた。



※輪軸についてはうろ覚えです。適当に流してください。

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