第13話 キョウと共同作業

 僕は、キョウに言われるがまま、ある場所にやってきた。

 ここは、反社たちが集まる事務所らしい。

 住宅街から離れた林の中に隠れている。

 それは僕にとって都合が良い。

 なんの心配なく任務を遂行できるから。

「……それにしても、妙に静かだな」

 誰かいるなら、人の気配くらいしそうだけど。

『変だな。入ってみてくれ』

 耳につけたインカム越しに、キョウの声がする。

 キョウは組織に残って、そこから僕に指示を出してくれるらしい。

 キョウは戦闘技術なんて持ってないから、戦線に立つと死ぬかもしれないと、笑いながら言っていた。

 いや、そりゃそうだろうけどさ。

 キョウ……というか、響は昔から勉強とサッカーで忙しそうで、こんな世界にはもちろん縁がないと勝手に思っていた。

 まさか、すでに足を踏み入れているなんてね……。

 ここしか『俺』でいられる場所はない、と言っていたけど……それって、つまりどういうことだろう?

『おーい、朱雀様ー?』

「あ、はいはい」

 うーん、相手が響だと思うと、なんか調子狂うな。

『朱雀』の時はできる限り感情を隠している(というか、そもそも殺し屋とかにあまり感情がわかない)から、ここまで『優』に近い状態でいたことはない。

「いってきます」

『いってらっしゃい』

 家族のような会話を交わして、僕は事務所内に入った。

 ガッツリ正面玄関から入ったというのに、誰も出てこないし騒がしさの欠片もない。静かすぎる。

 嫌な胸のざわめきを感じながらも、足を進める。

 進んでも進んでも、誰にも会わない。

「なあ、これ……」

『ちょっと待て』

 本当に人なんている? と言おうとしたところ、キョウの普段よりワントーン低い声が、僕の言葉を遮った。

『何か聞こえる』

「……?」

 僕は耳をすます。

 シーン……という音が聞こえるだけだ。

 人が動いたような音なんてないし、声ももちろん聞こえない。

「何も聞こえない」

『黙れ』

 もうちょい言い方あるだろ……。

『…………。……これ、秒針か?』

「秒針?」

 僕は首を傾げる。

 秒針って、時計の音?

『そう。時計の……カチカチ聞こえない? まあいいか。とりあえず逃げろ』

「は? なんで」

『ポンコツ、とっとと逃げろ』

 口悪っ!

 けど響が言うなら、逃げなきゃだな。

『最短ルートで行くぞ。そこのドアから入った部屋に、窓があるはずだ』

「なんでわかるのお前」

『音』

「キッショ」

『普通に悪口だぞ、それ!』

「あ、ちょっと叫ぶなって、耳が痛い」

『自業自得ですぅー。――じゃなくて、はよ逃げろっつってんだよポンコツ』

「わかったって! 名前の代わりに“ポンコツ”言うのやめろ!」

 キョウと軽い喧嘩になってしまった。

 そんな場合じゃないだろうけど。

 僕は勢いよくドアを開いた。

 その部屋はたしかに、窓があった。

 家のベランダくらいの大きさだ。

 でも、それよりもずっと目に入ってくる光景が、そこにはあった。

『うえぇ……』

 キョウのドン引きする声が聞こえる。

 キョウは僕が身に着けた小さなカメラを通して、僕と視界を共有しているから、この光景はもちろん見えているはずだ。

『1、2、3、4……全滅じゃん』

 キョウが数えたのは、床に倒れている人の数だ。

 全員、息絶えている。

「ナイフで切られたような傷だな」

 まだ殺されたばかりっぽい。

『お前、よく平気だな』

「殺し屋なのに耐性なかったら駄目だろ」

『そりゃそうだろうけど……俺は今にも吐きそうだし叫びそうだし、朱雀様が早く建物から離れてくれないかと思ってる』

「それにしては、死体を数えるなんてサイコパスみたいなことを……」

『厨二病じゃねーよ』

「そうだな。まだ中1だもんな」

『中二病じゃねーよ』

 キョウの声音から、静かな苛立ちを感じた。

 これ以上余計なことを言うと怒りそうだ。

『はやくしろ。そこの窓から外に逃げろ。さっきから、秒針の音が嫌に気になるんだよ。たぶん危ないやつだから早くしてくれ』

 危ないやつ……?

 キョウの言葉が頭の中で繰り返される。

 ようやく、キョウの伝えたいことがわかった。

 僕は走って、窓から外へ飛び出した。

 とにかく建物から距離を取る。

 林の木の陰に身を隠した。

 とたんに視界が真っ白に塗りつぶされ、何も聞こえなくなる。

 しばらくしてから、僕は建物を見た。

 すっかり崩れてしまっている。

 中にあった死体は、崩れた建物の中に閉じ込められてるんだろう。

『ジジ……ジ……』

 耳のインカムが、耳障りな音を立てる。

『――朱雀様? 大丈夫か?』

 聞こえたのは、キョウの声だ。

「大丈夫。怪我なし」

『そうか。よかった』

 キョウのホッとした声と同時に、キラリと光るものが目に入った。

 木々の間をすり抜けて、こちらへ飛んでくる。

 僕は右に一歩避ける。

 直前までいた場所に、ナイフが突き立った。

「――さすが、朱雀様」

 パチパチ、拍手が聞こえる。

 ナイフが飛んできた方向から、人影が向かってきている。

『……裏切り者の殺し屋だ。気をつけろ』

 ああ、あの組織の情報を漏らしたとかいう……。

 姿がハッキリ見えるようになった裏切り者は、長身で細身の男だった。

 腰に何本もナイフを携えている。

「お前が、あいつらを殺したのか」

「そのとおりっす。少し揉めちまって」

 言いながら、地面を蹴って一気に距離を詰めてくる。

 僕を殺る気満々ってところか。

 そう来るなら、僕も手加減はしない。

『死ぬなよ』

「平気」

 キョウと短い会話を交わしながら、僕の武器である刀を構えたのだった。

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