第9話 勉強会①

「やったー! 金曜日の放課後だー!」

 帰りの挨拶と同時に、下校のチャイムが鳴り響いた。

 僕は万歳して、大げさに喜んだ。

「いえ〜い!」

 蜂田も、同じことをしている。

「宮日くんも蜂田さんも、急に元気になったな」

 草薙が聞き取りにくい声量で言った。

 目は前髪でよく見えないけど、口角が少し上がっているから、笑っていることがわかった。

「だって、部活も休みだしぃ。チョー嬉しい」

 幸せそうに言う蜂田に、草薙は首を傾げた。

「それはそうだけど、勉強しなきゃいけないのに嬉しい? 俺は部活してるほうが、楽でいいな」

 草薙が言っているのは、試験前1週間は部活が休みになること。

 2学期の期末考査が、1週間後に迫っている。

「草薙らしーい。うちは、勉強なんて諦めましたぁ」

 蜂田がカラカラ笑った。

 僕も、どうせわからない。

 テストなんてもの、この世から無くなっちゃえばいいのに。

「それはわかる……」

 蜂田が苦笑いし、草薙が深くうなずいた。

 そんな僕らのところへ、田中と中川がやってきた。

「よう。成績不振3人組」

「テスト勉強、進んでる?」

「「「まったく」」」

 声をそろえた僕たちに、2人は顔を見合わせた。

 その直後、田中はため息をつき、中川は困った笑顔を浮かべた。

「勉強会、開くぞ」

 田中が、低い声で言った。

「お前らそろそろ、成績やばいだろ?」

「「「……」」」

 返す言葉もない。

 中学生だから成績が悪くても進級できるけど、このままだとさすがに……というラインにいる。

 期末で取り返さなきゃ……。

「わたしの家でしない? ちょうど、みんなで勉強できそうな部屋があるの」

 中川が、天使の笑顔で言った。

 もちろん、誘いを断る理由はない。

 あるならば「勉強したくない」という気持ちだけ。

「……うん」

 一言返すと、中川は嬉しそうに、満面の笑みになった。

「宮日がうなずいたぁ……!」

「な、なんだと……!?」

 うるさいな、蜂田と草薙。

 そんなに驚くことないだろ。

「お前ら、今日は予定ある? ないなら、勉強会やろうぜ」

 田中以外の4人で、顔を見合わせた。

「わたしは大丈夫」

「俺も、予定はない」 

 もちろん、僕もいけるよ。

「うちもいけるよ〜。でも、教える人が2人で、教えてもらう人が3人って、2人が大変じゃない〜?」

『……』

 全員、黙り込んだ。

 たしかに、僕ら勉強できない3人は、一度で理解できるような頭じゃない。

 せめて、1対1で教えてもらえたら……。

「……宮日くんってさ」

 草薙が、僕を見た。

 いや、見てるのかはわからないけど。

 草薙の顔が、こっちを向いた……という表現が正しいかもしれない。

「不知火くんと、幼なじみだよな?」

「うん」

 そういえば、響が『ガリ勉に俺はなる!』とかなんとか言ってたな。

 響のお母さんは、特に成績に厳しい。

 だから響は、1日何時間でも勉強して学年1位になれるようにしてるって。

 そんな気持ち、僕には一切わからない。

「不知火くんは、2年の勉強まで先取りしてるような気がするんだけど」

「まさか、響に先生やってもらうつもり!?」

「あ、あはは……」

「それは、ちょっと……」

「――誰が誰に、先生やってもらうつもりって?」

 真後ろから、ため息まじりの声がして、僕の心臓が跳ねた。

 剣道部のメンバーも、みんな僕の後ろを見て目を丸くしている。

 おそるおそる振り返ると、やっぱり響がいた。

 目の下にはクマができていて、通学カバンは重たそう。

 大きなショルダーバッグには、たくさんの冊子が入っていた。

 いつ教室に入ってきたんだ――と言いたいのは置いといて。

「ガチでガリ勉になってる!」

「は? うっせえ。お前これ持て」

 響は低い声で威圧したあと、僕にショルダーバッグを押し付けてきた。

 ズシッと両腕に重力がのしかかった。

 前に倒れそうになるのを耐える。

「重っ……! 何が入ってんの」

「全教科の問題集と解答集。あとその問題を解くためのノートと、ポイントをまとめる付箋」

 あんまり早口で言うものだから、よく聞き取れなかった。

 ところどころ聞き取れた「ノート」「付箋」という言葉も、なんのためにあるのかがわからない。

「テスト対策、何してんだ……?」

 ポツリとつぶやいたことが、響に火をつけた。

 さっきよりも早口で、何やらペラペラ話し始めた。

「問題集は、間違わなくなるまで解いてるんだ。何度も間違うなら、それが自分の苦手。苦手を減らせば減らすほど、高得点が狙える。あとは、先生の問題の傾向を見極めることだな。授業でやった基本ばっかの先生もいれば、ワークの発展問題をぶち込んでくる先生もいるから、そのへんの対策ができれば、バッチリ……」

「わかった! わかったから、落ち着け!」

 僕が急いで止めると、響は喋るのをやめて、首を傾げた。

「落ち着いてるけど?」

「どこが!? 大丈夫!? 勉強しすぎておかしくなってない!?」

「いや……勉強は楽しいなって思うだけ」

『おかしくなってるじゃん!!』

 勉強会参加メンバー全員で言うと、響は黙り込んだ。

 しばらく深く考え込んで、それからポンッと手を打った。

「そういや、俺に勉強会に参加してほしいって言ってましたよね」

「聞いてたのかよ」

「優と帰ろうと思って来たんだけど、話し声が聞こえてさ」

 そっか。

 試験前の部活休みって、違う部活の友だちと帰れる絶好の機会だもんね。

「俺、中学の勉強は一通り終わらせてるんで、先生できますよ」

 今、さらっとすごいこと言わなかった?

 中学の勉強は一通り終わらせてる?

 それ、3年生の範囲まで全部ってこと?

「塾、行ってたっけ」

「行ってない。絶対に行きたくない。自分で勉強して学年1位の成績を保つのが、塾に行かないのを許してもらえる条件だ」

「それで、勉強してんだぁ……」

 蜂田が感心したようにため息をついた。

「見習わなきゃ……」

 中川が、いつの間にかシャーペンをせわしなく走らせて、メモを取っている。

 たぶん、見習わないほうが良いと思う。

 身体壊すよ。

「じゃ、不知火も勉強会参加ってことで」

 田中がまとめて、話を終わった。

 と、思ったけど。

「あれ? 夏絵手先輩は誘わないんですか?」

 響が、夏絵手を見て言った。

 机で読書していた夏絵手は、とつぜん名指しされてギョッと顔を上げた。

 その拍子に本が手から離れて、パタンと閉じてしまう。

「あっ、どこまで読んだのか、わからなくなりました……!」

 うるっと瞳を揺らす。

 なんだか申し訳ない。

 そんなところも、かわいいと思ってしまった。

「どうする? 俺は賛成」

「わたし、夏絵手さんと勉強するの大歓迎だよ」

「うちも〜」

「どちらでも」

「草薙に同じく」

 剣道部メンバーが、うなずきあった。

 夏絵手を見ると、蜂田が話しかけた。

「夏絵手さん、うちらと勉強しない〜?」

「勉強?」

「定期考査、1週間前なの知ってたぁ? この時期に転校してくるの、大変だよねぇ」

「え……はい。知ってますよ」

 なんでのんびり本を読んでたの!?

「もっかい言うね〜。うちらと、一緒に試験勉強しよう」

「いいですよ。しましょう」

 夏絵手はすんなりうなずくと、帰り支度を始めた。

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