第8話 昼休み②

「ぼ、僕を知りたい……って?」

「お願いします」

 夏絵手は、狙っているのかいないのか、自然な流れで僕の手を取った。

 夏絵手の体温は高いのか、手が温かい。

 あっという間に、顔が熱くなる。

「あなたを知りたいのです」

 言いながら、ズイッと近づいてくる。

 鼻と鼻がくっつきそうなくらい。

「うっ……」

 距離感という言葉を辞書で引いてみてほしい。

 そこまで親しくない、しかも異性に、ここまで距離が近いのはわざと?

 それとも、無自覚でやってんのかな。

 無自覚なら、かなり面倒だけど……。

 …………にしても、近い!

「色々、教えてください」

「――わかった! わかったから、離れて!」

 もう耐えられない。

 惚れ薬の作用とはいえ、好きな人には変わりないんだから。

「宮日が、押しに負けた……!」

「なんだかんだ押しには強い宮日くんが……!」

 蜂田と中川が、目を丸くした。

「剣道とは違うから」

 2人の驚きように、つい苦笑い。

「剣道? 宮日さん、剣道しているんですか?」

「うん」

「はわ……! 朱雀様みたいです……!」

 夏絵手が、頬をほんのり染めた。

 対して、僕の顔はひきつっていた。

 このままだと、下手すれば朱雀だとバレてしまう。

 でも、別の話題は思いつかない。

「えっ……と、朱雀って、どんなやつなの?」

 自分で止めたくせに、結局聞いてしまった。

 夏絵手は腰に手を当てて自慢気に胸を張った。

「標的を一発で仕留める、カッコいい刀使いです!」

 カッコいい……か。

 自分のことなんだから、嬉しく思うのが普通だろう。

 でも、なぜか全然嬉しくない。

 むしろ、とにかくモヤモヤする。

 もしかして、朱雀に嫉妬してる……?

 いやいや、そんなことはありえないでしょ。

 〝朱雀〟と〝優〟は、同一人物なんだから……。

「いつの間にか、話題が変わっていましたね。さて、宮日さんのことを教えてもらいましょうか」

 今まで恋する乙女の顔だったくせに、すっかり元の調子に戻ってしまった。

「雫が質問するので、答えてくださいね」

「……了解」

 ため息を1つついて、夏絵手に向かい合った。

「宮日さんは『ユウ』というお名前ですよね。漢字は、なんて書くんですか?」

 漢字?

 あ、そうか。

 制服の名札は名字だけだし、名簿も見たことないのかも。

「優しいだよ。優勝の〝優〟」

「優しい、ですか。宮日さんにピッタリですね」

「え? あ、ありがとう」

 僕は首を傾げながらうなずいた。

「じゃあ、1番仲が良いのは、誰ですか?」

 なんだ、そんなこと。

 考える時間もいらないよ。

「響」

 僕は、響を見た。

 響も僕を見ていて、目があって笑い合う。

「家族みたいなものなんだ。小さい頃から一緒にいて、わかり合ってるって感じ?」

「へぇ……。いいですね、幼なじみ」

「うん」

 フワッとほほ笑んだ夏絵手に、僕もほほ笑み返した。

「幼なじみといえば、わたしと天音ちゃんも幼なじみだよね」

「そ〜。剣道場が同じだったんだよねぇ」

 右頬に手を当てて虫歯ポーズをする中川と、おっとり返事をする蜂田。

「ね~!」と言いながら、笑顔になっている。

「そうなんだ……」

 同じ部活なのに、知らなかった。

 蜂田とは、通ってた場所が違うから。

 もうちょっと、知る努力をすべきか……。

「ねえねえっ、夏絵手さんは? 家族とか、幼なじみとか」

「雫ですか?」

 中川の興味しんしんな質問に、夏絵手はキョトンと自分を指さした。

 腕を組むと、「うーん……」とうなった。

「えっと、雫はですね、近くの私立学校から来たのですが……」

「「「近くの私立学校!?」」」

 中川・蜂田・僕の声が重なった。

 だって、近くの私立学校といえば、かの有名なお嬢様学校だ。

 学校の名前は複雑で覚えきれないけど、制服ならよく見かけるからわかる。

 くすんだ水色の、セーラー服っぽいワンピースだ。

 美人さんが多い印象。

「先輩たち、驚きすぎです。有名ですよ。モデルの楓は私立学校に通ってるって」

 響が「まったく……」と言いたげに、肩をすくめたのだった。

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