第7話 昼休み①
昼休み、特にやることもなくて、自分の席に座ってボーッとしていると、中川が話しかけてきた。
「ねえ、宮日くん」
「ん、どしたの?」
「1年生が、宮日くんとお話したいって」
1年生?
あそこ、と中川が指さした、教室の入口を見た。
そこには、ドアの陰に隠れるようにして、こちらをチラチラうかがっている、ポニーテールの女子がいた。
見たことない顔だ。
「おお〜、宮日ってば人気者〜」
「はいはい、どーも蜂田さん」
ったく、蜂田は本当に、隙を見つけると絶対に踏み入ってくるんだから。
「宮日がさん付けすんの、違和感しかないなぁ」
「黙れ」
「は〜い。あーあ、姫乃には優しいのに」
中川には?
そうかな……。
少し考えたあと、うなずいた。
「別にいいだろ。どうせ、蜂田は草薙が好きなんだから」
何ヶ月か前から、怪しいんだよな。
田中と中川も、絶対好きだろと言ってるくらい。
「はぁ!? そ、それはっ……」
顔を真っ赤にして、弁解しようとする蜂田を無視して、1年生のところへ行った。
「1年生、こんにちは」
「おぉい、宮日ぃぃ!」
1年生がペコッと頭を下げたのと同時に、蜂田の怒りを含んだ声が聞こえた。
関わるだけ無駄。
「どうしたの?」
「あっ、あの……えと……み、宮日センパイ……」
1年生は頬を赤く染めて、もじもじする。
「宮日センパイは……その……カノジョ、いますか?」
なんでカノジョがいるか聞いてくるんだよ。
んなもん、いるわけないだろ。
「……………………いないよ」
それだけ言うと、1年生は顔を輝かせた。
「わっ、わかりましたっ! ありがとうございます、さようなら! また今度……!」
「え、あ、ちょっと……」
駆け足で去っていく1年生を呼び止めようとしたけど、聞こえなかったらしい。
1年生はそのまま、いなくなった。
せっかく来てくれたんだから、名前を聞きたかったのに。
残念に思いながら、席に戻る。
「おつかれさま」
中川が、噂の〝天使のほほ笑み〟を向けてくる。
この笑顔を向けられたやつは、とたんに恋に落ちるらしい。
「カノジョいないこと、公言させられただけだねぇ」
「うっせー」
ニヤニヤする蜂田に、触れるなというニュアンスを込めて、言い返す。
(カノジョねぇ……)
「――優」
トントンっと肩を叩かれた。
顔を上げると、響がいた。
普通に教室に入ってきてるけど、勝手に別のクラスに入るのは禁止されてるんだからね。
誰も口にしないけど。
……あれ?
響の後ろ、人影がある。
僕が気づくと、響はそれを示した。
「校内で優のクラスメイトが迷ってたから、連れてきた」
「助かりました」
響の後ろにいたのは、なんと夏絵手。
わざわざ隠れてたのか。
「夏絵手、迷ってたんだ……?」
「はい。危うく泣くところでした」
転校生だもんな。
そりゃあ、迷うよ。
「宮日ぃ、お前の仕事でしょ〜? 転校生を案内するの」
蜂田が、僕の頬をつねった。
ペシッと払いながら、会話は続ける。
「異性と2人とか、夏絵手は困るんじゃない?」
僕も、知らない女子と2人で何かしろって言われても、何を話せばいいかわからない。
何かされるかもしれないし。
たとえば、惚れ薬とか……。
「夏絵手さんが学校に来るの、今日が初めてでしょ? それなのに、宮日くんはもう呼び捨てにしてて、すごいよ」
中川が、キラキラした目を向けてくる。
「ああ……そういえば」
つい、いつもの癖で「夏絵手」って呼んでた。
夏絵手を「楓」と呼ぶのには慣れてるから、わざわざ「夏絵手さん」って言わないんだよね。
最初は、ちゃんと呼んだのに。
こういうところも気をつけなきゃ。
「雫は嬉しいですよ。宮日さんが、呼び捨てしてくれるの」
「それ、どうしてぇ?」
「朱雀様に呼ばれてるみたいで、ドキドキするのです……」
「夏絵手さん、乙女だね」
「朱雀、カッコイイよねぇ」
女子3人が、キャッキャとおとなしめに騒ぐ。
3人の中で、夏絵手だけが輝いて見える。
朱雀様に呼ばれてるみたい……か。
なんだか、嫌な気分だな。
「はぁ……」
ため息をついても、気分は変わらない。
わかってるよ。
夏絵手が好きなのは〝朱雀〟だけってこと。
夏絵手にとって〝優〟は、ただのクラスメイトでしかないこと。
変な気持ちだなぁ。
「なあ、響……」
「どうした? なんでも聞く」
響が、僕の髪をいじりながら言う。
「恋って、難しいね」
響の手が、ピタリと止まる。
数秒後、再び動き始めた。
「……そうだな」
「なんで少しだまったんだよ」
「恋ってワードに驚いただけ。朝まで、興味ない的なこと言ってたのに」
そういやそうだったな。
しばらく、僕と響の沈黙が続く。
周りの雑音が、妙に遠く感じられた。
「……髪、何してるの?」
「ハーフアップツインテール」
「は?」
「はい、完成」
手鏡を渡されて、それをのぞき込んだ。
いつも櫛でとかすだけの髪が、綺麗に結ばれていた。
これが、はーふあっぷついんてーる……?
何語……?
「似合う似合う」
いや、どこがだよ。
響を睨んでいると、女子3人が僕を見た。
みんな、そろって目をキラキラさせる。
「おぉ〜、宮日かわい〜」
「似合ってるよ」
「かわいいです」
くぅ……馬鹿にされてるようにしか思えない……!
そんなことないんだろうけど。
「朱雀様にも、やってあげたいのです……!」
今されてますけど?
目の前で、君の言う朱雀様が。
「鳥には、髪の毛ないよ〜?」
蜂田が首を傾げた。
「何を言っているのですか? 朱雀様は、人間ですよ」
「「……え?」」
夏絵手の答えに、蜂田と中川はキョトンとした。
2人で顔を見合わせて、うなずきあう。
「どんな人っ?」
「教えて〜!」
ちょっと、本人の前で!?
「朱雀様は……」
「夏絵手っ」
思わず、夏絵手を呼んだ。
一気に視線が集まる。
「えっと……」
こ、ここから先、考えてなかった。
あたふたしていると、夏絵手がジーッと僕を見つめる。
それから、うなずいた。
「ふむふむ、なるほど。そんなに雫と話したいのですね?」
「あー……うん!」
そういうわけじゃないけど、使わせてもらおう。
「じゃあ、宮日さんのこと聞かせてくださいな」
「……へ?」
「雫は、あなたを知りたいです」
そう言って、夏絵手はキュッと目を細めて笑った。
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