第5話 転校生(2025/01/10改稿)

「やっと終わった……」


 僕――宮日優は、靴箱へ向かいながら小さな声でつぶやいた。

 週直だけだと思っていたら、まさか「あいさつ運動」があるとは。

 あいさつ運動は、校門から靴箱までの道に立って、登校してくる生徒に「おはようございます」と明るく元気に爽やかに挨拶するものだ。

 定時退校日の水曜日と土日祝日以外の毎日、部活ごと、もしくは学年の生活班ごとに行う。

 今日が剣道部の日だったというわけだ。

 こういうのは、本当に面倒くさい。


「いやー、宮日は人気者だなぁ」


 隣を歩く藤岡が僕をひじでつついた。

 ニヤニヤしながら「向こうから挨拶されて、どんな気分かい?」と聞いてくる。


「藤岡と中川と蜂田がモテてるんじゃねーの?」


 人気者かどうかで言えば、この3人だと思う。


「宮日だってモテてるよ。不知火とか普段はあんなにクールなのに、お前が立ってるのを見た瞬間、顔いっぱいの笑顔だからな」

「あれは日常だよ」


 朝だって飛びつかれたしね。

 出会ったら高確率で飛びついてくる。

 あいつは犬だから。


「あの不知火が日常ね。小学校でもモテてたよな」

「ああ。すごかった」


 藤岡と僕は同じ小学校だ。

 部活仲間だと、あとは蜂田かな。

 それで、響のモテ具合だけど……かなりすごい。

 たとえばバレンタインのこと。

 チョコを学年の全女子からもらうくらいにはモテモテだった。

 週1ペースで告白されてたし。

 中学に上がってから頻度は減ったみたいだけど、響の人気が下がったわけじゃない。

 告白を簡単にしなくなっただけ……と、蜂田は言っている。


「いやー、羨ましいなぁ」

「僕のセリフを取らないでほしいな。藤岡はモテモテじゃん」


 さっき藤岡は僕もモテてると言ったけれど、今までに告白されたことはないから勘違いだと思う。

 あと、モテる男に言われても……。


「すまんすまん。早く教室戻ろうぜ」

「そうだね」


 ☆


「起立! 気をつけ! 礼!」

「お願いします」


 学級委員の号令に合わせて椅子が床の上をすべる音が響く。

 教壇には先生が立っていて、今から朝の会が始まるところだ。

 ここまではいつもどおり、だけど……。

 僕はチラリと隣の空席を見る。

 なんだか、すごく嫌な予感がする。


「みなさんに、お知らせがあります」


 先生が口を開いた。


「転校生が来ました! みんな、仲良くしてね」

『わぁー!』


 クラスメイトが珍しく大合唱した。

 もちろん僕もその一員だ。

 クラスメイトが、口々に「やっぱり」「席が増えてたもん」と会話する。

 そう。僕の隣の空席は昨日までなかったものなのだ。


「さあ、カエデさん入って」


 カエデ、という呼ばれ方に、ますます嫌な予感がする。

 カエデって、まさか楓だったりしないよね……?

 固唾をのんで見守っていると、スラリとした足がドアの向こうからのぞいた。

 全身が現れて、僕は大きなため息を逃がした。


『ええー!?』


 クラスメイトは、またまた大合唱。

 そりゃそうだ。

 転校生――楓はモデルなんだから。

 現在は活動休止中だけれど、中高生に人気なのは間違いない。


 身長は先生より高くて、多分160cmはあると思う。

 地味な紺色の制服に合わせた桃色のベストが目立つ。

 肩にあたりそうなところまで伸ばした髪は下ろしてあって、こちらから見て左の前髪が三つ編みの横流しだ。

 ふわりとうねっていて可愛らしい。


 僕と目が合うと、彼女は特徴的なジト目を優しげに細めて、美術品のようにほほ笑んだ。

 僕が朱雀とわかっての笑顔なのか、それともたまたま目が合ったからか――。

 ドキッと跳ねた心臓を服の上から押さえて、サッと目線を楓から外した。


 楓は教壇に立つと、自己紹介を始めた。


夏絵手かえでしずくです。朱雀様を崇拝しております。よろしくお願いします」

『すざく……?』


 言うなああぁぁぁぁぁ!!!!

 と、言いたいのを必死にこらえる。


「朱雀様は、カッコいいのです」

「わかるー。朱雀って、赤い鳥の神様だよねぇ。カッコいいの」


 目を輝かせながら言う夏絵手雫に、僕の斜め前の席に座る蜂田がうなずいた。

 蜂田はムードメーカーなので、誰とでもすぐに打ち解けられる。

 蜂田が反応したおかげで、固まっていたクラスメイトも口々に喋り始めた。


「あー、あの鳥か!」

「カッコいいよね!」

「今年の学級旗で描いたよな」


 学級旗というのは、体育会で各クラス1枚絵を描いて作る旗のことだ。

 惜しくも優勝は逃したけど、けっこうカッコいいと思う。

 でもちがう! そうじゃないんだよ……!

 楓が言っているのは、僕の殺し屋としてのコードネームだ。


「その朱雀では……」


 楓が何やら余計なことを言いかけたので、僕は声を被せるように言った。


「そうだね! 朱雀って、カッコいいよね!」

「宮日も、そー思う?」


 蜂田に聞かれて何度も首を縦に振った。

 不思議そうな顔をされたけれど、今は気にしていられない。


 自由気ままに話し続ける生徒を見て、先生が手を叩いた。


「はい、静かにしてね。じゃあ、夏絵手さんは、宮日くん……ほら、あそこの男の子の隣ね」

「はい」


 夏絵手はうなずくと、先生の言う通り僕の方へやってきた。

 さっき話を広げてくれた蜂田に一言「よろしくお願いします」と挨拶して、僕のとなりに座る。


「夏絵手雫です。よろしくお願いしますね、えーと……」

「宮日優だよ。よろしく夏絵手さん」

「宮日さん。覚えました」


 挨拶はしたけど、朱雀だとバレないように振るまえるかなぁ……。


「はい、健康観察始めまーす」


 不安に押しつぶされそうで、先生の話もまともに耳に入らなかった。

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