第5話 転校生
やっと終わった……。
週直だけだと思っていたら、まさか「あいさつ運動」があるとは、最悪だった。
あいさつ運動は、門から靴箱までの道に立って、登校してくる生徒に「おはようございます」と、明るく元気に爽やかに挨拶するものだ。
定時退校日の水曜日と土日祝日以外の毎日、部活ごと、もしくは学年の生活班ごとに行う。
今日が、剣道部のそういう日だったというわけだ。
こういうのは、本当にめんどくさい。
「いやー、宮日は人気者だなぁ」
田中が、僕をひじでつついた。
ニヤニヤしながら、「向こうから挨拶されて、どんな気分ですかー?」と聞いてくる。
「田中と中川と蜂田がモテてるんじゃねーの?」
人気者かどうかで言えば、この3人だと思う。
「いやいや、宮日だって。不知火とかさぁ、普段はあんなにクールなのに、お前が立ってるの見た瞬間、顔いっぱいの笑顔だからな」
「あれは日常」
朝だって、飛びつかれたしね。
出会ったら高確率で飛びついてくる。
あいつは犬だから。
「あの不知火が、日常ねー。あいつ、小学校でもモテてたよな」
「ああ」
田中と僕は、同じ小学校だ。
部活仲間だと、あとは蜂田かな。
それで、響のモテ具合だけど……かなりすごい。
たとえば、バレンタイン。
チョコを学年の全女子からもらうくらいには、モテモテだった。
週1ペースで告白されてたし。
「あーあ、羨ましー」
「僕のセリフを取らないでくれるかな。田中は、モテモテじゃん」
「すまんすまん。てか、早く教室戻ろうぜ。朝の会始まる」
「そっか。急ごう」
僕たちは、足を早めた。
☆
「起立! 気をつけ! 礼!」
「お願いします」
学級委員の号令に合わせて、椅子が床の上をすべる音が響く。
教壇には、すでに先生が立っていて、今から朝の会が始まるところだ。
ここまではいつもどおり、だけど……。
僕は、チラリと隣の空席を見る。
なんだか、すごく嫌な予感がする。
「みなさんに、お知らせがあります」
先生が、口を開いた。
「転校生が来ました! みんな、仲良くしてね」
『わぁー!』
クラスメイトが、めずらしく大合唱した。
もちろん、僕もその一員だ。
クラスメイトが、口々に「やっぱり」「席が増えてたもん」と会話する。
そう、僕の隣の空席は、昨日までなかったものなのだ。
「さあ、夏絵手さん入って」
カエデ、という呼ばれ方に、ますます嫌な予感がする。
カエデって、まさか楓だったりしないよね……?
固唾をのんで見守っていると、スラリとした足がドアの向こうからのぞいた。
全身が現れて、僕は大きなため息を逃がした。
『ええー!?』
クラスメイトは、またまた大合唱。
そりゃそうだ。
転校生――楓は、モデルなんだから。
楓は教壇に立つと、自己紹介を始めた。
「
『すざく……?』
言うなああぁぁぁぁぁ!!!!
と、言いたいのを必死にこらえる。
「朱雀様は、カッコいいのです」
「わかるー。朱雀って、赤い鳥の神様だよねぇ。カッコいいの」
目を輝かせながら言う夏絵手雫に、僕の斜め前の席に座る蜂田がうなずいた。
すると、クラスメイトもそれぞれ言い始める。
「あー、あれか!」「いいよね、あれ!」「今年の学級旗で描いたよな」
学級旗、というのは、体育会で各クラス1枚絵を描いて作る旗のことだ。
惜しくも優勝は逃したけど、けっこうカッコいいと思う。
でもちがう! そうじゃないんだよ……!
楓が言っているのは、僕の殺し屋としてのコードネームだ。
「その朱雀では……」
楓が何やら余計なことを言いかけたので、僕は声を被せるように言った。
「そうだね! 朱雀って、カッコいいよね!」
「宮日も、そー思う?」
蜂田に聞かれて、ソッコーうなずいた。
「うん!!」
「なんか、ハイテンションだねぇ」
自由気ままに話し続ける生徒を見て、先生は手を打ち鳴らした。
「はい、静かにしてね。じゃあ、夏絵手さんは、宮日くん……ほら、あそこの男の子の隣ね」
「はい」
夏絵手は蜂田に一言挨拶して、僕のとなりに座る。
「よろしくお願いしますね、えーと……」
「宮日優。よろしく、夏絵手さん」
「宮日さん。覚えました」
挨拶はしたけど……。
これ、朱雀だとバレないように、振るまえるかなぁ……。
「はい、健康観察始めまーす」
不安に押しつぶされそうで、先生の話もまともに耳に入らなかった。
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