第4話 優と響
楓に惚れ薬を飲まされてから、夜中に目が覚めやすくなった。
もちろん、楓が夢に出るせいだ。
大きくため息をついたとき、
「おはよう、優」
と肩をたたかれ、声をかけられた。
「ひっ!?」
ボーっとしていたからか、心臓が飛び跳ねた。
振り返ると、響が僕を見て固まっていた。
「……びっくりした。急に、変な声出すなよ」
びっくりしたとか言いながら、いつもどおりに見えるんだけど? というのは言わないでおく。
「あのさ、昨日一緒に出かけただろ。そのことで、話したいことが……」
「ああ、カラオケね」
僕は、昨日のことを思い出した。
☆
日曜日のお昼時、ここらへんでは、なかなか人気のあるカラオケにきた。
「実はカラオケ、初めてなんだよね」
響は、笑い声をあげながら、嬉しそうに言う。
「厳しーもんな。響のお母さん」
「そう。だから、母さんの目をかいくぐってきたってわけ。優に勉強を教えに行くって理由で」
「ちょっと待て。僕のほうが1つ年上なんだけど」
「なぜか信じてくれた」
僕は、そこまで頭が悪いと思われてるというわけね。
事実だけどさ。
授業がちんぷんかんぷんで寝ちゃうと、またわからなくなって寝ちゃう……みたいな、悪循環になるんだよな。
「で、そんな優に期末のことで相談があって」
「僕に勉強の相談はしないで」
「やる気が出ないんだ」
「心のほうかい」
てっきり「わからない単元があるから、教えてほしい」なんて言ってくるのかと思った。
「大丈夫! 優には勉強のこと、絶っっ対に聞かないから!」
響は、グッと親指を立てる。
いや、それはそうだろうけどさ、なんか傷つくんだよ。
「それでさ、やる気が出ないのが原因かわからないけど、最近ケアレスミスが多くて。優なら、ミスを減らすコツを知ってるんじゃないかと」
「えー。そんなの、ミスを作らなきゃいいんだよ?」
僕が言うと、響はポカーンとマヌケ面をした。
「どうした?」
「いや、なんでもない。ありがとう」
響は首を横に振った。
なんか諦めたような顔をしてるのは、気のせいじゃないよね?
「カラオケで歌わないのは金がもったいないから、歌おうかな」
「たしかに!」
「……」
呆れた顔しないで。
ちょっと頭を使うのが苦手ってだけだから。
「何歌おっかな? あっ、これ流行ったやつだ」
響が曲を選ぶと、大画面に映像が映った。
「あー、これか。最近流行ってる……」
あれ? この映像の子って……。
イントロが流れる中、僕は呆気にとられていた。
だって、楓が映っているんだもん。
かわいらしくポーズを取ったり、満面の笑顔を浮かべたり。
そんな楓に、惚れ薬を飲まされた僕が普通でいられるわけがない。
「かわいい……」
「は!? 珍しいな!?」
驚きまくる響は写真に撮れるほど貴重なのに、まったく目に入らなかった。
惚れ薬って、スゴイんだな……。
こんなにも、輝いて見えるんだから。
☆
「おーい。優ー?」
響の呼びかけで、僕は現実に戻ってきた。
何やってんだ……みたいな顔をされる。
「で、話したいことなんだけど。優さ、カラオケで楓が映ったとき『かわいい』って言ったよな」
……え、そこ?
僕は、思わず響を凝視した。
「そんなの興味あったのかよ?」
「ないけど……優のことになら、興味あるよ」
そういや、お前はそういうやつだったな。
「いつ、楓に惚れたの?」
「惚れてない」
「それじゃあ、楓と知り合ったのはいつ?」
「知り合ってない」
「それだと、SNSや雑誌の楓だけ見て、惚れちゃったってことになるけど」
それ、僕が好きになる相手を顔で判断するやつみたいじゃん!
「そうだよな。優に限ってそれはない。中川先輩や蜂田先輩に、全然恋してないもん」
あの2人は恋愛対象として見るものじゃないもの。
互いに切磋琢磨して、成長し合っていく仲間だよ。
それに2人を先輩としてしか見てない響も、僕と似たようなものだろ。
「俺は、恋愛なんてどうでもいいんだよね。で、優。俺、『優は楓に惚れている』ことを前提に話してるんだけど……優の反応を見ていて、やっぱり好きなんだなと思ったよ」
「はぁ!?」
「いつ知りあったの?」
ズイッと顔を近づけて聞かれて、ごまかすための笑顔は通じないと直感的に思った。
「……忘れた」
「ふーん……。さっきと、言ってることが違うなー」
「そんなのいいじゃんか!」
これ以上、響と話すとボロが出そうだ。
どうやって、ここを離れよう……。
と悩んでいると、1つ思い出した。
「今週、週直だった! 先に行くね」
これは、いい理由になる。
本当のことだから、響を騙しているわけでもない。
「ああ、そっか。じゃあ、また」
響は、笑ってうなずいた。
良かった、これで逃げられる。
僕は、通学路を学校へ向かって走り出した。
☆
優を見送ったあと。
俺・響のスマホから、低い男性の声がした。
「朱雀はどんな調子だ」
声の主は、殺し屋組織のボスだ。
これが、優となかなかめんどうな関係なんだよなあ。
そしてボス本人も、めんどくさい。
だから、いつも適当に返事をする。
「問題ありませんよ」
「お前が聞いたのは、楓のことだろう……。なんのために、お前を監視員にしたと思っている」
ボスは小さなため息をつく。
「まあまあ、そんなこといいじゃないですか」
そもそも、朱雀が組織の情報を漏らしていないか監視して、毎日報告しろなんて、難易度が高すぎるんだよ。
ちょっと揺さぶるのが良さそうだとは思うけど、そんな質問思いつかないし。
「引き続き、監視は続けます。安心してください。では、また」
そう言って、俺は電話を切る。
「はぁー。めんどくせー」
色々めんどうだけど、学校には行かなきゃな。
「また、優等生の真似事の始まりだ」
そんなことをつぶやいて、学校への道を進み始めた。
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