第2話 殺し屋の組織

 部活の後、僕は一度家に帰った。

 冷蔵庫には、食材があまりない。

「そろそろ、買いに行かなきゃ……」

 今日は疲れたし、白米と味噌汁でいいや。

 栄養的には良くないだろうけど。

 一度くらいなら大丈夫だよね。

 でも、今日は先にすることがある。

 部屋に戻ると、制服から私服に着替える。

 青紫のアウターを羽織り、鍵型のチャックを閉めて、長めの髪を1つに結ぶ。

 そして最後に、黒い縦長のものをからった。

「……よし」

 家を出て、目的地へ向かう。

 十数分歩くと、ビルが見えてきた。

 僕の父親が経営する会社だ。

 起業したのは、僕が幼稚園のころだったと思う。

 たしか、お母さんがいなくなった後。

 ビル内に足を踏み入れる。

 いつもどおり、鼻をつく鉄の匂いがした。

 ここに鉄が置いてあるわけではない。

 匂いが染み付いてしまっているだけだ。

 エレベーターに乗って、5階へ向かった。

 チン、と音が鳴って、エレベーターから降りると、たくさんの鋭い視線が向けられた。

「珍しいな、お前が来るなんて」

「朱雀様、お疲れ様です」

「……」

 ここにいる者は、みんな殺し屋だ。

 ここは、殺し屋の秘密組織。

 ボスは、ここを「完全実力主義社会」にしたいらしい。

 だからボスは、ルールをただ1つだけ決めた。

「格上のものには逆らわないこと」だ。

 ということで、その場をおさえる格上の者がいないと、たびたび喧嘩が起こってしまう。

「おらぁっ!」「ごぅらぁ!」

 ほら、またやってる。

「こんばんは。良いお天気ですね」

「曇ってる」

 僕がため息をついていると、少女がやってきた。

 僕よりも背が高くて、スタイルが良い。

 肩くらいまでの髪を、お団子にしてまとめている。

 ジト目だから、いつも睨まれているような感じがする。

 でも、彼女にはそんな気、さらさらないようだ。

 ここへ来るたびに、こうして話しかけてくるのだから。

「朱雀様、あいつらをお止めくださりませんか? かえでには、どうしようもなくて……」

 僕の前に立つと、少女・楓は呆れて言った。

 頬に右手を当てて、はぁ……とため息をつく。

「……わかったよ」

 僕は、楓の頼みを聞いた。

 別に、好きとかそんなんじゃないけど。

 別に迷惑じゃないし、問題ないからいいんだ。

 僕は殴り合いをする組織のメンバーに、声をかけた。

「何してんだ、お前ら」

「「朱雀様っ!」」

 大柄で強そうな男たちが、僕を見た瞬間、ザッと頭を下げた。

 まるで軍隊のように、ピッタリそろった動きだ。

「……次はないからな」

「「申しわけありません」」

 2人の言葉を無視して、少し離れたソファーに座った。

 すると、そこへ楓がやってきて、隣にちょこんと腰を下ろした。

 肩がくっつきそうなくらい、そばにくる。

 話すだけならもっと離れたって、余裕で声は届くのに。

「ありがとうございます、朱雀様。やはり、朱雀様は頼れるお方です」

 嬉しそうに、足をパタパタする。

 僕を見つめて、満面の笑顔を向けてきた。

「おつかれではありませんか?」

「は?」

 楓を見ながらパチ、パチとまばたきした。

「どうぞ。お飲み物です」

「どうも……」

 僕は楓からペットボトルを受け取る。

 それをじっと見つめた。

 この中、何も入ってないよね?

 もし毒なんかが入ってたら……。

 いや、でも。せっかく、楓がくれたんだもん。

 ちゃんと飲んであげなきゃ、悲しませちゃう。

「…………」

 僕は蓋を開ける。

 楓に顔が見えないようにしながら、ゴクリと一口。

 僕の上着は、顔の下半分を隠すデザインになっているんだ。

 それは、もちろん顔全体を見られないようにするためであって……ここで楓に見られたら、意味がない。

 よし……これで大丈夫。

「ふふ……飲みましたね」

 楓は、ニヤリと笑った。

「……まさか」

「そのまさかです」

 やっ、やっぱり毒入り……! 飲むんじゃなかった……。

 僕の人生はここでおしまいか。バイバイ、響。また来世で会おうね。

 ということを考えながら僕が落ち込むと、楓が言った。

「惚れ薬です。毒ではありません」

 ……やっぱり、飲むんじゃなかった。

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