第48話 転がる勇者

どんなスキルにしようかな。


もちろん憧れるのは派手でカッコいいのだよね。

でも、実際のところは命あってこそなので堅実なのが一番だと思う。

「正確無比」もあることだし、さらに確実に損傷を与えられるようにするのはどうかなあと考えていたら、ヌフクールにかけられたアレを思い出した。大きくしちゃうと痛くなってしまったアレね。

魔物は一旦、人間を認識すると自ら撤退することはない。脚を失おうが、致命傷を与えられようが活動を停止するその時まで敵意を剥き出しにして襲ってくる。しかし、痛みで怯むようなことはないが、平衡を失って行動が鈍ることはあると思う。完全に動きを封じることはできないかもしれないが、何らかの行動に制限を掛けられれば有利な状況を作り出せそうではある。うん、この線でちょっと考えてみようか。

ヌフクールが僕に使った鋼鉄処女アイアンメイデンは僕のあれの大きさを正確に把握してその大きさの結界みたいなものを作り出して覆っていたんだよね。そうすることでちょっと大きくなっただけで締め付けらるようになって男の子には耐えられない痛みになったわけだ。だけど対象の大きさを正確に把握するためには準備が必要だったみたいだし、戦闘が始まってからはそんな余裕がないだろうということで使えない認定したんだったね。

だが、考えてみれば正確な大きさの結界で覆う必要なんてない。完全に封じ込めようとすればどれだけの力で結界を張る必要があるか分かったものではない。仮に閉じ込めたとしても結局それを上回る力を加えられては壊されるだろうし、外からも攻撃できなくなってしまうじゃないか。外からだけ攻撃を通せるなんて都合のいいものなんて…出来なくはなさそうだけど無駄に思えたし、弱点にもなりそうだ。取り敢えず自由に行動させないことができれば十分だと思う。「質実剛健」と同じで出来るだけ費用を抑えて目的が達成できればいいんだ。そのためには対象をがちがちに固めたり痛みを与えてどうにかしようとするより、絡まって締め付けるような柔軟性がある方が有効な気がする。力を加えられてもある程度伸縮して容易くは破壊できないし脱出もしにくい、そんな結界。伸縮性と粘着性を併せ持つ紐、違うな網みたいなものかな。物理攻撃を仕掛けに突進してくるような魔物には進路上に展開してやれば勝手に絡まってしまうだろう。距離を取って攻撃してくるような魔物には投網のようにできるといいな。翼とかで飛んでいる魔物にも有効だろう。地面に落としてしまえばどうってことない。飛べない豚はただの豚だ。ついでに絡まっている時に活力や気力を吸い取れるようにできるといいかもしれない。そうだね、そんな感じにしてみよう。

んー、あー、きたかもしれない、落ち着いてー、ひっひっふー。ひっひっふー。産まれる、産まれるー、産まれたー。

できたのは「活動制限リストリクションズ」。説明には「不可視の結界を展開する。結界に触れたものに纏わりつき行動を阻害する。破壊されるまで活力と気力を吸収することも可能。活力および気力の吸収は設定可能。」とある。うん、こんなもんかな。


「カナター、夜這いしに来たわ。大人しくしてれば悪いようにはしないわ。」


何の前兆もなしに扉を開けて勇者が飛び込んでくる。躾どころか礼儀がなってないようだな。

しかし、ちょうどいいところに来たな。実験台にしてやろう。

活動制限リストリクションズで勇者に向かって結界を展開してみる。確かに僕の目にも見ることはできないがその存在を感じることはできる。さて、僕に関しては脅威の感知能力を持つ勇者はどうだろう。

躊躇なく思い切り結界に突っ込んで絡め取られてしまっている。うーん、これはどう解釈すればいいんだろう。


「な、なに?やだ、カラダがうまく動かないわ。」


なんか動けば動くほど運動量の多いところへと向かって結界が伸展しているようで、段々と勇者の動きが鈍くなっていく。今回は事故があっては困るので、活力も気力も吸収しない設定にしてみた。そして、別の事故があっても面倒臭いので勇者のスカートが捲れなければいいなと思ってたらそのように結界が機能しているようだ。ぐっじょぶ。

そういえば、活力や気力についてはちゃんと説明したことがなかったっけ。活力とは継戦能力であり、0に近づくほど反比例的に身体能力が低下し、気怠さが増していく。攻撃を受けたり損傷すると減っていき、活力が0になると基本的に行動不能になる。

気力はスキルを使用するための力。0に近づくほど反比例的に思考能力が低下し、不快さが増していく。スキルを使用することで減っていき、気力0になると基本的に気絶してしまう。

どちらも決して0にしてはならない。0になったからといって即、死には至らないが魔物との戦闘中に行動不能になったり、気絶してしまえばそれは死と同義である。複数人でダンジョンに入っているなら一か八かで勝負にも出られるかもしれないが、一人の時にそんなことをすればその場は凌げたとしてもその後の結果は判り切ったことである。一度、学園で活力0も気力0も体験させられたが二度と味わいたくないものだった。何事も経験しておくのは大事なことだよね。

活力も気力も時間経過で自然回復はするが、普通の人はその量はたかが知れている。勇者は自然回復量も多そうだから吸収する設定にしてみても大丈夫だったかも。


「なにこれー。なんかカナタに包まれてるみたい。そう、そうなのね、ワタシは今カナタに抱かれているのね。」


いつの間にか拘束されていることに喜びすら感じ始めている勇者ばかがいる。

抵抗することをやめて結界に全身包まれている(であろう)状態で床に寝転んでしまったよ。


「動けない状態にされて、ワタシはこれからカナタに犯されるのね。いつでもいいわ。どんと来いよ。」


なぜ、僕がそんなことをしなければならない。

とりあえず二枚重ねしてみるか。これで多い日も安心かな。

次は気力を吸収する設定にしてみよう。


「ぽっ。カナタに包まれてる感が強くなった気がする。もっと強くしていいんだよ。」


この勇者へんたいはそうしていつまで余裕ぶっていられるかな。

ステータスを観察していると徐々に気力が減っていくのがわかる。一秒に1減るぐらいかな。


「うっ。なんか気持ち悪くなってきた。はっ、もしかしてこれが悪阻つわりってものなのね。やだ、どうしよう。子供の名前考えなくちゃ。カナタはどんな名前が良いと思う?」


なぜ、お前のお惚けに付き合わねばならないんだ。勝手にお前の脳内に溢れ出した存在しない記憶に僕を巻き込むんじゃない。


勇者の気力が三分の一ぐらいになったところでそれ以上減らなくなった。「大胆不敵」みたいに何かスキルが発動して増減の均衡を保っているのだろうか。

ある意味化け物だな。不死身かよ。逆に下ネタに磨きがかかってるんじゃないのか。


「じゃあワタシはここで寝るから後は揉むなり突くなり好きにしていいわよ。」


おい、誰がそこで寝ていいと言った。実験台としての役割はこれぐらいで十分だろう。

ほれ、帰宅時間ハウスだ。


「え~、せめてひと突き、先っぽだけでも。」


帰宅時間ハウスだ。三度目を言わせたら判ってるんだろうな。


「カナタがいじめる~。せめてこの温もりだけは手放さないんだから~。」


器用に転がりながら部屋を出て行く勇者ぶったいえっくす。なんだよ、まだ十分動けるじゃないか。

で、お前も同じ目に遭いたいのか、ディスマルク。

転がっていく勇者を扉の外で怪訝な顔で見送るディスマルクに声をかける。


「私はたまたま通りかかっただけなのー。おやすみなさいなのー。」


慌てて逃げだしていくディスマルク。見事な逃げ足の速さだ。その走りが初日に出せていれば失格にならなかっただろうに残念だったな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る