第35話 瓢箪から駒
「なんか来るのー。」
「そうだな、来るな。」
一通りスキルを見せてもらった後でそのまま寛ぎながら昼食を皆で囲んでいるところに天災がやってきた。
「…ぜぇぜぇ…なんでカナタが…はぁはぁ…十英傑と仲良く…昼食をしているのか…はぁ…説明してもらえるかしら。」
勇者が息を切らすほど全力を出し切って走ってきて僕たちの所で急停止して土埃を巻き上げる。
こらこら折角のご飯が台無しになったらどうしてくれる。
勇者機構の職員には郊外で訓練的なことを行うからとは伝えてきたので、ユイトセインの大爆発とかで大体の位置はフォルティスからでも判ったのかもしれない。それを勇者が聞き出して駆け付けたというところだろう。フィオレンティーナさんの手腕をもってしても勇者を留めるのは二日ほどが限界だったか。それでもまあ頑張ってくれた方かな。後でお礼しておこう。
「カナタは勇者と面識があったのか。」
プリメーラに声をかけられて勇者絡みのことは何も言ってなかったことに気付く。
うーん、どうしよう。この状況に至って勇者を完全無視するのは無理だよなあ。
一旦勇者の前に僕特製の燻製肉を置いて「待て」をしてから、十英傑と額を合わせて勇者とのことを簡単に説明し、口裏を合わせてもらうことにした。
「なるほど、それなら自分が話をするので皆もうまく合わせるのだぞ。」
よろしく頼む。
僕は燻製肉の前で涎を垂らしながら大人しく待っていた勇者に向き直ると「待て」を解除してやる。
勇者は「カナタの味がする~」と言いながら恍惚の表情で燻製肉をしゃぶり始める。
おい、それでいいのか。十英傑が引いてるぞ。
「なぁ、勇者ってこんなだったか。あんまり近寄りたくないんだけど。」
女好きのツヴァイクにここまで言わせるとはかなりやるな。
「勇者よ、久しぶりだな。その後、壮健か。」
勇者の様子に少し引き攣りながらも声をかけるプリメーラ。こんな勇者に話しかけられるなんて貴女こそ勇者かもしれない。
「ふぁい、プリメーラ殿。日々研鑽に励んでおります。その…カナタとはお知り合いなのですか。」
燻製肉を咥えたままは感心しないな。せめて口から出せ。
「ああ、自分たちはカナタとは遠い親戚みたいな間柄でな、たまたまディスマルクがミースで会ったというから折角なので連れてきてもらったというわけだ。」
「そうなの?カナタ。」
そうみたいだね。僕も昨日聞かされて驚いてたよ。まさか十英傑がねー。ほんと世の中って狭いよねー。
勇者に「捧げる者」や「統べる者」、ましてや「大いなる存在」のことを話すわけにはいかないので適当に誤魔化さないとね。
「カナタが小さい時に会ったきりだったからカナタは自分たちのことを覚えていなかったようだがな。」
「そうなのー、カナタのアレが小さい時に会ったきりだからあんなに立派になっててお姉さん嬉しいのー。」
鋭い視線がディスマルクに集まる。
おい、何言ってくれちゃってるの。余計な事言うと分かってんだろうね。的な十英傑女性陣の視線。
あ、やっぱりあほだ、こいつ。的な十英傑男性陣の視線。
じゅる、なにその羨ましい限りを想像しそうな状況は。的な勇者の視線。
「いや、そのー…久しぶりだったから昔のノリで一緒にお風呂入って洗って上げようかなーってしただけなのー。」
さらに鋭い視線がディスマルクに集まる。
私刑確定だね。でも顔はやばいよ、ボディやんな、ボディを。的な十英傑の視線。
はぁはぁ。お風呂でしっぽり。たまりませんなぁ。的な勇者の視線。
「それで大きさはどれくらいだったのですか?これぐらい?もっと…あうっ。痛いじゃない。この傷みが処女喪…あうっ。」
ディスマルクに聞かずにいられなくなった勇者が下ネタ状態に完全移行しそうだったので強めに手刀で突っ込んでおく。
「旦那様のことをいろいろ知りたくなるのは妻として当然じゃない。それぐらい許してほしいわ。」
「「「「「「旦那様?」」」」」」
その言葉に今度は僕に問い詰めるような視線が集まる。
おうおう、聞いてねーぞ。一体どういうつもりだ。的な女性陣の視線。
いやいや、これは勇者が勝手に言ってるだけですから軽く流してください。はーい、ちゃおちゃおって流しちゃおーねー。
「生死を共にして魔王に挑むわけですから精子をぶちまけてもらうくらいのことは…あうっ。」
だから十英傑の前で下ネタはいい加減にしろ。
僕と勇者のそのやり取りを見て十英傑女性陣が気色ばむ。
「ならば、自分もカナタと共に闘おう。」
え?突然、何言っちゃってるんですか。
「妾も手を貸すのじゃ。」
「うちもにゃ。」
「拙者も及ばずながら力になろう。」
「あーしもー。よろぴくー。」
「ん。」
どういうことなの。
僕はてっきり勇者とは別で魔王排除に動くとばかり思ってたんだけどどうしてこうなった。
「あれ?十英傑の皆様は「すべるもの」がどうのこうのでお力をお貸しいただけないとばかり思っていましたが。」
「ああ、その件は無事に解決したのだ。それで大事なカナタが力を貸すというならば自分が動かない理由はないのだ。」
なんか勇者に対抗意識を燃やしていませんか。
そんでもって十英傑が円陣組んで「勇者にカナタは渡さん」とか「勇者の魔の手からカナタを護る」等の言葉が交わされたかと思うと高々と腕を突き上げて雄たけびを上げた。男性陣は無理やり付き合わされていたっぽいけどね。
その傍で勇者は燻製肉を美味しそうにしゃぶっていた。
こうして奇妙なきっかけで十英傑全員の勇者帯同が決定されたのだった。
この後、勇者をすぐに追い返すのも難しそうだったので、どうせなら有効活用するために勇者独特のスキルを披露してもらうことにした。お調子者の勇者は僕が見たいと言えば惜しみなく披露してくれたので、最初の内は十英傑といろいろ批評しながら確認させてもらったが、ある程度見せてもらった後はお茶を濁しながら他のことをしていたのは勇者には内緒だ。
勇者のスキルには逆境になってからでしか使えないものや、博打的要素が強くて使いどころに困りそうなものも多くあった。大変だったのは「起死回生」で、活力が最大値の一割を切ることが発動条件の一つであったため、十英傑に協力してもらって活力を削ろうとしたのだがそもそも勇者の防御力が高くてなかなか減らせない上に、意図せず途中で他のスキルが発動してしまったりと時間がかかってかなり面倒だった。
意図せず発動していたスキルの一つに「大胆不敵」というのがあり、防御を捨てて立ち向かい攻撃を一定回数受けることで防御力を高めるというのがあり、これを上回って活力を削るのは至難の業だった。このように勇者のスキルは本人が意識しなくても戦闘を有利に進めることができるように構成されていることが分かったのは収穫だった。
大変申し訳ないがステータスを覗き見させてもらって、他にも無意識で発動させていそうなスキルを調べさせてもらっている。十英傑で参照時のお知らせが届かないことは確認済みだったが、参照した時に僕の方を見る勇者の表情が何故かにやけていた気がして不気味だった。
ステータスと言えば
一番大きな変化はあちこちに増えていた[+]だが、これを作動させることにより数値を増やせることが分かった。ただし作動させる毎にこれも表示が増えていたMPの数値が減っていたので無制限に増やせるというわけではなかった。ちなみにSTRやINTなどを上げるためには現在の数値に十を乗じた量が必要で、スキルレベルを上げるには下位スキルで現在のレベル数に百を乗じた量、進化スキルや派生スキルではレベル数に千を乗じた量が必要だろうと思われた。というのも最初に上げた時には端数があったのだが続けて上げた時にはキリのいい数字だったからである。数値には見えていないが既にMPが注ぎ込まれているということなのだろう。レベルについては一回だけ試してみた結果だが三万近くも減ったのでレベル数に千を乗じた量が基本なのだろう。これまで力の流入先を制御で来ていたのはこれを無意識に作動させていたんだろうね。
十英傑でも確認しようと思ったのだけど、皆ほぼゼロに近くて試せなかった。検証前に僕が四十万を超えていたことから「紫」になるときの力の流入ってMPの受け渡しが行われているんじゃないだろうかということも推測できた。
なので、十英傑にはこの後ダンジョンに行ってもらい魔物を倒してMPが増えるかどうか、僕に力を渡すことでMPが減るかどうかに付き合ってもらうことにした。
最後にスキル欄の最初にあった[+]だが、これはさらにとんでも八分歩いて五分だった。
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