第32話 魔王とは

「カナタっちー…おーい。ぼーっとしてるとユイにイカされちゃうよー。」


ヌフクールさんの声で我に返るとユイトセインさんが股間を擦っていた。だからよしなさいって。

どうしようか。さっき行き着いた考えをそのまま披露するのはいささか躊躇われる。取り敢えずやんわりと確認してみよう。

神意排他能力増幅機関システムの調査とかは順調に進んだんだろうか。


「んー、あーしは特に問題はなかったと思うんだけどねー、中身の薄さは勘弁してほしい系ー。あー、でもなんか集中できないって言うかー、あれもこれもみたいな感じで別のことにも手を付けてた気がするかもー。」


「うちは調べてみようと思っては忘れてたにゃ。何もなくて申し訳ないにゃ。」


「すまない、オイラ気を抜くとさっきまで何話してたかさえ忘れそうだ。」


やっぱり何らかの意識操作が疑われそうだ。十英傑は生まれる前からというか「大いなる存在」から神意排他能力増幅機関システムの存在は伝えられていたのでこれでも耐性がある方なのだろう。僕も以前にこういうことを考えてたことさえ忘れていたのだから。

そうすると神意排他能力増幅機関システムが何のために意識操作してるのかが問題になってくる。ここで、何故かミースで会った肉屋の「青」の話を思い出した。その話というのは家畜は伸び伸び育てた方が美味い肉になってくれるというものだ。以前は薄暗い建物の中に押し込めていたが、今はせっかく都市の外には広大な土地があるのだからと適当な柵だけで放し飼いにしているんだとか。家畜の気分になってみれば暗いなーとか狭いなーとか飯まずーなんて考えながら生きてるよりは太陽の下で自由に動き回れた方が気分も良くなるというものだろう。人間だってそう…。

そういうことなんだろうか。人間に余計なことを考えさせず、伸び伸びと生活させる。そうやって現代人は日々多かれ少なかれダンジョンに行き、レベルを上げ、スキルを習得し伸ばす。勇者に貢献できればとの思いから。そしてツヴァイクさんの話だと代々勇者はそのレベルが上がっている。人間全体の知識や経験が勇者のレベルを押し上げている。そのことが意味するものは…自分で考えていて空恐ろしくなった。


「カナタ、どうしたのじゃ。何か心配事かえ。顔色が優れぬようじゃが。」


みんなは魔王についてはどう考えているのだろう。これも確かめる必要があるかもしれない。


「この世界の人間には存在が確認されていないが、我々は「大いなる存在」から魔王の排除については伝えられているので、存在すること自体は確実だろう。」


その姿かたちはどういうものだと思いますか。


「これまでの勇者が敵わないくらいだからな。とんでもない化け物なんだろうさ。」


「うちは絵物語にでてくるようなものすごく大きい龍だと思うにゃ。」


「あーしは逆に目に見えないくらい小さい系。だから攻撃当てられないとかどう?」


なら、魔王のレベル、ランクはどれぐらいでしょう。


「っ…!先代勇者が124で敵わなかったのだから単純に考えてそれ以上。だが、言われて気付いたがダンジョンで確認されている魔物の最高レベルは…70だ。魔物の王と考えてもそこからの開きは大きすぎるか。カナタ、何が言いたいんだ。」


最初に聞いた話にもありましたが神意排他能力増幅機関システムが魔王に改変された、もしくは乗っ取られたというのが真実だとすると魔王はどこから来たんでしょう。ヌフクールさんが言っていましたが、「大いなる存在」と近い存在が潜り込んできたというのが当たらずも遠からずなんだと思います。今では「大いなる存在」が直接介入できないために、我々を送り込んだのですから似たようなことをしたのではないでしょうか。


「カナタ、まさかお主は魔王が「人間」だと言っているのか。」


それも可能性の一つだということです。だとすれば勇者が何度挑んでも勝てない理由にも納得いきます。


「勇者を倒して得られるマナでどれだけのレベルに達し、どれだけのスキルを身に着けているか想像もつかんということか。」


そうです、僕が普通に頑張っても勇者や十英傑に追いつけないと思ったように、勇者も魔王に追いつくことはできない。記録に残っているだけでも千年近く、高々ニ、三十年生きた僕たちが到底追いつけないレベルに達しているのではないでしょうか。


「おいおい、転移を見せてもらって希望の光が見えたと思ったが、これまたとんでもないことになってきたな。」


「カナタは人をがっかりさせたり、喜ばせたり、掌の上で転がして喜ぶクソ野郎だったのー。」


人を悪人みたいに言わないでください。さらにとんでもない考えをこれから披露するんですから。

神意排他能力増幅機関システムは魔王への極上の供物として勇者を育てているのではないか、と。


「なっ!?」


皆が驚きの声を上げる。絶句する。目を覆い天を仰ぐ。


「まさかそんなことがあり得るのか。それが真実だとするととんでもないことになるぞ。」


最初からそうではなかったかもしれません。だけど今はそうなってしまっている、そう変えられてしまったなら話は別でしょう。

人間が神意排他能力増幅機関システムの存在を知り、その仕組みに疑問をもってしまったらどうなるでしょう。勇者の育成が滞るようになり、魔王の打倒が遠ざかりますが、現状では魔王は世界に存在しないも同然です。普通の人間には何ら影響がないかもしれません。寧ろ困るのは餌の質が悪くなってしまう魔王です。そのために神意排他能力増幅機関システムを介して意識操作をし、我々人間が一致団結して勇者を育成するように仕向けているとするならどうでしょう。約二十年に一度の供物の質を上げるために魔王も必死なのではないでしょうか。

そうか、そういうことも言えるのか。


「わざわざ勇者が来るのを待たずとも、人間を皆殺しとは言わずも適当に殺してしまえばとは考えなかったのじゃろうか。」


「二十年に一回の食事なんてうちには耐えられないにゃ。たまには甘いおやつも欲しいのにゃ。」


僕もそこら辺に思い至った。

恐らく、神意排他能力増幅機関システムを完全に思い通りにすることはできていなくて、魔王には何らかの制限が掛けられているのではないでしょうか。勝手気ままに人間を殺すことはできないとか、勇者からしか力を奪えないとか。


「なるほど、そうであれば対策が立てられるかもしれぬな。何とかして魔王の居場所が突き止められれば、相対して情報を持ち帰ることができれば更に可能性が広がるかもだな。」


「吾輩、なんとなく思ったのだが…いや、やっぱりやめておこう。」


これまで聞き役に徹していたドライガンさんが口を開いたが、煮え切らない。


「ドライ、言いかけてやめるのはすごい気持ち悪いのだ。珍しく口を開いたのだから最後まで言うべきだ。」


「…判った。さっきの話を聞いてただ本当に思っただけなのだが、魔王が人間ならそのジョブって何だろうな、と。」


おいおい、それって核心ついてるんじゃないんですか。気付かなかった。


「そんなのどうでもいいのー。魔王は魔王なのー。」


ディスマルクさんの言ってる意味は違うだろうけど、その通りだ。勇者が一人なら魔王も一人だ。恐らくそうだ。相対すべき一対の存在なんだ。

ならば使えるはずだ。「検索」の出番だ。なんてったって「青」とかが検索できるんだから、ジョブとして「魔王」を持っている人を探すぐらい朝飯前だろう。試しに「錬金王」を検索してみると…いるじゃないかすぐ側に。やった、これで魔王の居場所が突き止められるかもしれない。

はやる気持ちで「魔王」を検索する。まだ全世界の地図マップ情報は貰っていないが反応があった。嘘…僕が学園に通っていたノーマンの近くの海沿い辺りに少しの間だけ反応があって…そして消えた。どういうことだろう。反応はあった。見間違いではないはずだ。だとすると僕が地図マップ情報を持っていない空白地帯側へ移動したとかだろうか。もしくは海側へ出たとか。まさか考えたくはないが魔王も転移を持っているとか。

いずれにしても魔王を検索できそうなことはわかった。ドライガンさんお手柄です。


「なんでそうなるのー。いつも私があほ担当みたいなのー。」


ディスマルクさんがばつが悪そうにじたばたしている。


「ん。」


そして考え込んでる間にユイトセインさんが股間を擦っていたのも慣れたくないけど慣れてきた。


「魔王の居場所が判るかもしれぬじゃと。どうやるのじゃ。」


勇者機構の総力、いや人類の総力で全世界の空白地帯を含めた最新の地図マップ情報を集めるんです。可能であれば海も船で行けるところ全部です。


「そんな人も住んでいないところの地図マップ情報なんてどうするにゃ。新しい都市でも建設するにゃ?」


そんなことしませんよ。

検索スキルのことを説明して納得してもらう。当然、一瞬だけど反応があったことも伝える。


「なんと、居ながらにしてそんなことができるのか。さすが「統べる者」だな。頼りになる。」


プリメーラさんにそう言われると嬉しいやら照れくさいやらです。

地図マップ情報の収集の件は勇者機構にお願いすることにして、かなり夜も更けてしまったので今日のところはお開きとなった。


割り当てられた部屋で横になり、今日あったことをいろいろと思い返していると部屋の扉が小さく叩かれた。


「カナタ、プリメーラだ。話したいことがあるのだが入れてくれないだろうか。」

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