第29話 始めの十人

「これからって時だったのにつれないぜ。」


呼び戻されたツヴァイクさんが文句を言いながら長椅子の上で伸びをする。


あの後、意識を取り戻した恥ずかしがりお姉さんの目の前で化粧を落として男の姿に戻ったのだが、何とも言えない難しい顔をして考え込んでしまっていた。しばらくぶつぶつ言っていたが何とか自分の中で納得してくれたようだ。

しかし、そこから僕が詳しい事情を何も知らないと知ると待っていた女性陣を加えて全員から詰め寄られいたたまれない。まるで針の筵に座っているようだった。それから出て行った男性陣に通知メッセージで招集がかけられて今に至る。


「改めて自己紹介させてもらおう。自分はプリメーラ。剣聖だ。「大いなる存在」に送り込まれた最初の一人ということもあり「始めの十人」の取りまとめもしている。いろいろと聞きたいことはあるが、先ずは皆の名前を覚えてくれ。話はそれからだ。」


ちょっと前とは打って変わってきりっとした表情の恥ずかしがりお姉さん。不可侵剣聖の形態に移行したようだ。

赤みが強い髪が腰の辺りまで伸びていてとても綺麗だ。あの髪にも触れていたんだと思い返すとニヨニヨしてしまいそうだ。いかんいかん、ちゃんと気を引き締めて話を聞こう。


「序列順でいいなら次は俺様だな。俺様はツヴァイク。槍聖だ。人は俺様のことを「愛の槍使い」と呼ぶのさ。フッ。」


「誰もそんな風には呼ばないのー。こいつは自分の小さい槍で物事を考えるようにできてるのー。つまりあほなのー。」


「ディス、茶々を入れてやるな。本当のことだけに傷つくからそっとしておいてやれ。」


ツヴァイクさんは序列二位のイケメンさんなのに可哀相な扱いを受けているようだ。まあ、さっきも女性を漁りに行ってたみたいだし仕方ないっぽい。言い返せずちょっとしょんぼりしている。


「吾輩はドライガン。斧聖である。ひたすらに肉体を強化することを生き甲斐にしてきた。カラダを鍛えたいなら相談に乗れるのである。」


ツヴァイクさんも長身だがドライガンさんは更に大きい。190cmは余裕でありそうだ。それにあちこち太くて大きい。逞しい男性の見本のような人だ。


「次はうちにゃ。キャトレーブにゃ。なぜか親しいみんなはキャットと呼ぶにゃ。拳聖なのにゃ。」


キャットは愛称だったんだ。なぜかってまあそうだよね。にゃあにゃあ言ってるもんね。くりくりした巻き毛がモフモフを思わせる愛玩動物系の可愛いお姉さんだ。


「拙者はサンクレイド。刀聖でござる。また手合わせ願いたい。」


冷静お姉さんのサンクってのも愛称だったんだね。漆黒の長い髪をポニーテールにし和装に身を包むその姿は絵物語に出てくる侍のようだ。そこに見目麗しさが加わるとさらに絵物語の様相が増し増しだ。

あれ?「また」ってことは手合わせの意味するのはそっちですか。


「オイラ、ゼクスベルク。棍聖なんで叩いて殴ってれば万事順調なんだ。」


ドライガンさんを一回り小さくした感じの体躯だ。なにその叩いて殴ってなんぼのもんじゃいみたいな信条。あまり近づかないようにしよう。


「妾はセットフィーネじゃ。弓聖なのじゃ。いずれ其方の心も射抜きたいものじゃ、覚悟せい。」


妖艶お姉さんはセッティーって呼ばれてたよね。どうやら女性同士は基本的に愛称で呼び合ってるみたいだね。ちょっと気怠そうでいて妖しげで艶めかしい色気を放つお姉さんに面と向かってこんなこと言われるとちょっとぶるっときます。透き通るような白い肌にウェーブのかかった金髪がとても印象的です。


「ユイトセインなの。賢者(セージ)なの。」


それだけなの。無口なお姉さんが「ん」以外を発するのを始めて耳にしたがそれ以上喋ることはない。


「ユイは詠唱が面倒で無詠唱を極めすぎた結果、言葉自体をあまり発しなくなったのだ。許してやってくれ。」


プリメーラさんが補ってくれた内容に興味を魅かれた。無詠唱とは驚いた。基本的に魔法は詠唱を必要としているからだ。スキルの発動には言葉を発する必要があるものと、念じるだけでできるものがある。魔法も極めると念じるだけでできるようになるんだ。やはり、ここにいる人たちは凄いんだと改めて思い知らされた。


「あーしはヌフクール。こう見えて聖者(セイント)なんだけど笑えるよね~。酒とお洒落をこよなく愛する系~。酒はなんでもいけるけどどっちかっていうと甘い系より辛い系~。いい酒知ってるなら教えて欲しいっぽい。」


確かに見た目ではとても聖者(セイント)には見えない。濃い目の化粧に独特の派手めな服装で酒瓶を手放さない聖者(セイント)って属性が渋滞起こしてませんか。


「最後はご存じディスマルクなのー。錬金王なのももう知ってるはずなのー。だけどカナタは何も覚えてないあほだから改めて言っておくのー。」


ディスマルクさんの言葉の棘が必要以上に僕を抉る。これはあっという間にイカされた不満も込められているのだろう。はいはい、僕が悪うございました。堪忍してください。


「その何も覚えていないというのは本当なのか。これからどうすればいいのだ。」


ですよね。十英傑の皆さんはやることやって待ってて、僕に力を渡してこれで何とかなるはずだったのに、梯子を外されたようなものだものね。それについては言い訳のしようもございません。大変申し訳ないと思っています。

取り敢えず皆さんの知っていることを教えてくれませんか。ということで教えてもらったことをまとめるとこんな感じだ。

「大いなる存在」がちょっと目を離した隙に魔王に世界を乗っ取られたのが千年ほど前のこと。それから世界に干渉しようにも「神意排他能力増幅機関システム」を魔王に少々改変されたようで「大いなる存在」が直接手を下すことはできなくなっていた。仕方なく誕生時の魂にどうにかこうにかできるだけの力を与えて魔王を倒そうとするものの望んだ結果は一向に得られず。次善の策として異世界の魂を転生させて力を与えてみたけどそれもうまくいかなかったようだ。このままでは魔王を排除して世界を取り戻せないと悟った「大いなる存在」は「神意排他能力増幅機関システム」にどうにかして裏口を作ることに成功したのが三十年ほど前。そこから「大いなる存在」は自らの分け身を「捧げる者」として送り込み始める。「始めの十人」には最後に送り込む「統べる者」に力を託すべくスキルを収集するように言い渡されていたが、「統べる者」に関しては詳しくは何も聞いていない。それでも鍵を握るのは「統べる者」に違いないと思っているので、「神意排他能力増幅機関システム」も魔王もどうにかしてくれ、と。

ここまでは前にディスマルクさんに聞いた内容と大差ない。新たに得られた情報としては次のようなものがあった。


「魔王を排除することができない理由については「大いなる存在」でさえ明確には判っていないようだったのだ。自分もこの世界に送り込まれて以来、魔王に関して調べてみたが何の情報も得られていないのが現状なのだ。魔王に接触しようにもどこに居るのかさえ皆目見当がついていないのだ。」


そう、魔王はこの世界のどこに居るのかも知られていない。まことしやかに小大陸の何処かに居城があるとは言われているが誰も確認した者はいない。ちなみに小大陸にも転移門ゲートで行ける都市が一つだけあって、一応ダンジョンもあってそれなりに人は住んでいる。その外は人の済まない空白地帯しかなく魔王が隠れ住むには都合がいいのではということで調査もされたようだが何も成果は得られていない。魔王がこちらが思うような強さなら隠れる必要なんて一切ないと思うんだけどね。本当にいったい何処で何して過ごしているんだか。

魔王が何処にいるにせよ勇者は人知れず挑み、帰って来た者が誰一人いないという不可解な事実。挑んでみて敵わないと分かれば一旦撤退するということも考えなかったのだろうか。もしかしたら撤退すらさせてもらえなかったのか。それほどの圧倒的な実力差があるということだろうか。勇者一人で挑んでいるわけでもないのに誰一人逃げて情報を持ち帰ることのできていないところに何か鍵が隠されているのかもしれない。


そもそも魔王ってどんな姿形をしているんだろう。とんでもない大きさだったり、見た目気持ち悪い魔物だったら嫌だなとなんとなく思った。

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