第19話 ミース中央広場の悪夢
「係の者が確認したところ、一部熱烈なカナタさんだけの希望者はいらっしゃいますが基本的にはお二方との握手を求めているようです。」
なんでそうなる。今も並び続けてるなら夜までかけても終わらないんじゃないか。周辺にも迷惑がかかって大変だよね。
「それが、元々中央広場の周辺は飲食店も多く、これ幸いとばかりに出店や持ち帰り販売をしているお店も多く、注文を取って列に届けている所まであるようです。このまま列が伸びると夜中までかかりそうですけど頑張れます?」
「ワタシは良いわよ。日頃支援してくれてるみんなに喜んでもらえるならこれぐらいお返ししないとね。」
勇者にこう言われては僕も嫌とは言えないよね。精々いい笑顔を見せられるように頑張らせていただきます。
「勇者もですが、皆さん十代のカナタさんに期待と同時に、申し訳なさを感じているんでしょうね。だから…。」
大丈夫ですよ。皆さんだって世界のために貢献しているんですから。僕だって、つい最近まで直接的には素材の提供ぐらいしかできてなかったんですから。逆に、支援してもらっている方が多いぐらいかも。だから後ろめたいとか引け目に感じなくてもいいと思います。
「そう言ってもらえると少しは気が楽になります。あっちの事情も知っている私としてはこれからもっとカナタさんの力にならないとですね。よろしくお願いいたします。」
こちらこそよろしくお願いします。
そう言えば、勇者機構の担当さんって言い方にしちゃってますが、当然お名前はあってフィオレンティーナさんと言います。名前が長いので担当さん、広報さんとかで誤魔化してました。ごめんなさい。そして勇者機構にはフィオレンティーナさん以外にも何人か「青」がいらっしゃって力をいただき、力になっていただいてます。ありがたき幸せ。
そうこうしている内に中央広場が見えてきた。こちら側は車が入ってくる方なので、列は反対側に伸ばしているそうだ。それでも歓迎する人たちが多く集まってごった返している。その人たちに向かって手を振る勇者と僕にさらに声援が飛んでくる。うん、悪くない気分だ。
中央広場に車を乗り入れるとそのまま上からフィオレンティーナさんがこの後の予定を話し始める。
「この後、勇者と武豪は少し休憩をさせていただきますのでご了承ください。落ち着きましたらお二人からお言葉をいただき、そのまま握手会を執り行わさせていただきますので楽しみにお待ちください。」
勇者機構の人が飲み物と食べ物を持って来てくれたのでそのまま車上で勇者と手をつける。
「ワタシを食べてくれていいんだぞ。ほれほれ、遠慮するな。」
品を作る残念勇者に冷たい視線を向ける。
なんでだろう。「青」に対するのとは違い、勇者に手を出す気には更々なれない。この勇者の言い方にイラッとするせいも半分以上はあるんだろうけど、大事にしたい…のもあったりするんだろうか。自分でもよく判らない。手を出さなければ延々と誘いをかけてくるんだろうけど、手を出したら出したで調子に乗りそうなのもいやだ。今の関係が丁度良いことにしておこう。躾はしっかりするけどね。お座り。
一息ついたところでみんなも待ち遠しいだろうから先に進めることになった。ほれ、残念勇者、行け。
「もう、カナタのいけず。…みんな、お待たせ。現在の勇者、ハルカです。日々精進してます。みんなが支援してくれるのでワタシは自分を鍛えることに何の不自由も感じていません。本当にありがとう。」
勇者が集まった人たちに向けて語り始めると、中央広場の上空に大きく勇者の姿が四方に投影され、拡声の道具も使われているのか広く勇者の声が都市に響き渡る。へー、こんなの初めて見たよ。勇者の話が始まるとそれまで騒がしかったのが水を打ったように静まり返ってみんなが聞き入っている。勇者が礼を言ったところでは盛大な声援と拍手が沸き起こる。
「今まで随行者が決まっていなかったワタシですが、今回縁あって史上最年少武豪が協力してくれることになりました。カナタにも盛大な拍手をお願いするわ。」
紹介されてしまったので勇者の隣に立つと先ほどと同様に盛大な拍手が起こる。ありがたい。
「ワタシ達は多分二年後の夏に宿願を果たすべく旅立つことになると思う。それまでに更に力を蓄え、仲間を集め、より強くなっていると誓うわ。その頃はもしかしたらカナタは武王どころか武聖にクラスアップしてたりしてね。」
武聖の単語に観衆がどよめく。いやいや、さすがにそれは持ち上げすぎだろうと思ったが、観衆からは意外にも肯定的な声援が多いようだ。マジかよ。でも一万人の「青」から力を貰えれば或いは…よし、一丁やってやりますか。
「だから、みんなも少しずつ力を貸してね。そして、ワタシ達が成し遂げられるように祈ってて。」
今一度、暖かい拍手で中央広場一帯が埋め尽くされる。
「じゃあ、カナタからもみんなに声を届けて。」
ちゃんとできるじゃないか、下ネタ勇者。だが、面と向かって褒めてなどやらんぞ。絶対調子に乗るし、寧ろこれが普通なんだからな。
「僕はたまたま分不相応な力を得て史上最年少武豪なんてものになってしまったカナタです。」
あちこちから「紫」のものと思しき愛ある声援が飛んできて小っ恥ずかしい。
「なので、その力を以て精一杯勇者のために尽くそうと思います。」
馬鹿勇者、幻の尻尾がぶんぶん音がしそうなくらい嬉しそうなだらしない顔をするんじゃない。決してお前が思っているような意味ではないから安心しろ。
「だから僕も貪欲に強さを求め、叶わないかもしれないけれど武聖を目指して頑張りますので、どうか皆さんの力を分けてください。」
再度「紫」から力なんかいくらでも持っていけるだけもってけ等と囃し立てられたのがいけなかった。この後の握手会での行為と併せてとんでもない結末を引き起こすことになるとはこの時の僕には想像もできなかった。
フィオレンティーナさんが引き続いて握手会を始めることを宣言したので、勇者と僕は車から降りて所定の位置に着く。
一人目は見間違えようもないエクセラで笑うしかなかった。
「カナタ~、約束通り来たぞ~。店の若いのに並ばせて何とか一番を確保できたよ。」
そういうことか。公私混同も甚だしいな。と油断したのがいけなかった。エクセラに思いっきり抱き着かれキスされてしまったのだ。この人は公衆の面前で何てことをするんだ、と思った矢先に力が流れ込んでくる。
「さっき、力を分けてくれって言ってたからな。どうだ、少しは足しになったか。勇者も頑張れよ。」
エクセラは僕にキスして満足したのか勇者には肩を軽く叩いて去っていく。
「今の女、今朝カナタからした匂いとおんなじね。」
冷ややかな目でエクセラを見送る勇者。
それにしても匂いを覚えてるって、いろんな意味で怖いぞ。
「うふふ、私も力を分けてあげられるかしら。」
言いつつ、二人目の二十歳ぐらいのおっとりした女性がキスしようと顔を近づけてくるが、この人は「青」でも「紫」でもないのにどういうことだ。
「さっきの人は良くて、私はダメなの?そんなのズルいわ。私だって君のこと心から応援したいのに。」
エクセラ、なんてことをしてくれたんだ。こうしてエクセラのキスをきっかけに女性からの僕へのキスはやりたい放題になり、「青」は当然のように唇に、そうでない女性は唇だったり頬だったりあらゆる所にキスされ続けることになる。さすがに男性は丁重にお断りをさせていただいたが、ちゃっかり並んでいた相変わらず見た目完璧に女性のイルミにはキスされた。無謀にも勇者にキスをしようとした何人かの愚か者は腹に一発良いのをもらって担架で運び出されていた。いい夢見ろよ。
途中休憩しながら続けること六時間、ようやく列の終わりが見えた。なんとか30人の「青」を「紫」にすることができ、当初の目的をほぼ達成することができたが、無関係の少女、お姉さま、おばさまからの数千のキスを受け入れた結果として僕はキスの有難みを見失ってしまった。そして勇者は念仏のように僕のキスの数を数えていたみたいだが大丈夫だろうか。僕にはとてもひとつひとつは想い出せないけど、まさか匂い同様全員覚えてたりしないよね。
そして列の最後に待っていたのはニールだった。
「よっ、カナタ。頑張ってるみたいだな。今度、お祝いにステキな兎のお姉さんが出てくるお店に連れて行ってやろう。勇者も頑張…。」
ついに勇者の堪忍袋の緒が切れたのか、ニールは腹に一発もらって担架で運ばれていった。ご愁傷様です。
こうして「ミース中央広場の悪夢」は幕を閉じた。
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