第16話 猛犬注意

前にも言ったように、普通は他人のステータスは名前、生年月日、生地、レベル、ジョブしか見えない。

しかし、僕には勇者のステータスが自分と同じように見えてしまっている。


名前:ハルカ

生年月日:AS967.6.23(17)

生地:アメイン

レベル:96

ジョブ:勇者


活力:437/439

気力:321/344


攻撃力:244

防御力:244

魔効力:160

抵抗力:91

機動力:147


STR 150

INT 125

AGI 134

VIT 146

DEX 136

LUC 125


スキル:断空LV3、神撃LV4、千手LV2、全身全霊LV3、貫通LV3、剣閃LV4、堅守LV2、障壁LV2、爆裂LV7、雷撃LV6、龍咆哮LV5、反撃、覚醒、乾坤一擲、起死回生、勇猛果敢、大胆不敵、磊々落々、……


なんか凄すぎてどこから突っ込めばいいのかわからない。


「どんな体位でも突っ込んでくれていいのよ。っていうか全部試しましょ。え、何?ワタシのステータス全部見えてるの?」


全部どころかそれ以上見えてるんですけどね。

レベル96からして圧倒的だが、ステータス系がちょっと前の僕の二倍以上だよ。活力・気力は三倍以上とか随分差があるなあ。そりゃあキスも躱せないわ。スキルも見たことのないのが一杯並んでいるし、数も多い。ざっと見ても百どころじゃないね。


「そんなところまで見たのね。もうお嫁に行けないから責任取ってね。」


理不尽な。っていうか何が見えたかは言ってないはずですけど。


「『カナタに権限LV3で参照されました。』って変な通知が来たからさ、普通とは違う風に見えたんだろうなって。ねぇ、権限LVって何?」


それ、僕の方が知りたいんですけど。自分のステータスを確認するとスキルのところに権限LV3が確かにありました。説明を見ても意味が分からない。「神意排他能力増幅機関システムにおける権限レベル」ってどういうことだ。よく判らないけど、このスキルレベルをこれ以上に上げていいのか凄く躊躇われる。


「システムって聞かない言葉ね。勇者機構なら何か知ってるかしら。戻ったら聞いてみましょう。」


おぉ、たまにまともなことだけを言うと一応勇者っぽく感じるから不思議だ。


「全然惚れてくれていいんだよ~。今すぐここで押し倒してくれてもいいんだよ~。」


それさえなければカッコいい勇者様なのにな。それに僕のステータスじゃ勇者様を押し倒すことなんてできません。


「愛の力の前にはステータスの差なんてどうってことないわ。ほら、ワタシの胸に飛び込んできて~。」


この後、両手を広げて訴えてくる勇者様を全力で無視して街に戻り、一緒にご飯を食べたのだがそこでちょっとしたことがあったので話しておこう。

マイエミ情報から選んだ店で食べていたんだけど、「青」がたまたま入ってきたんだよね。年の頃は20代前半ぐらいの女性で、向こうは女性同士の二人連れだったんだ。で、いつものように目が合ってのいくらかの沈黙があってからのもどかしさ全開のどうにかしたい感じで近づいてきたんだ。


「あ、あの…、抱きしめていいですか、じゃなくて、何言ってんだろうあたし、あはは、おかしいですよね…。ヒッ。」


最後のひきつった声は勇者からの圧によるもののようだ。


「ちょっとアナタ、ワタシの旦那様に何言ってくれちゃってるわけ。」


情念の炎が渦巻いて見えるぐらいの圧と共に勇者が言い放つと「青」は血の気が引いて真っ青だ。「青」だけに。誰がうまいこと言えと。そして、誰が誰の旦那様だ。ほら、「青」が泣きそうだから威嚇するのをやめなさい。勇者に軽く手刀でつっこんでおく。


「カナタ、突っ込むならモノと場所が違うわよ。カナタの硬くて立派な、フゴッ。」


それ以上は頼むからこの場では言わないでくれ。全力で勇者の口を手で塞ぎ、「青」に謝っておく。


「ぐす…こちらこそ奥様の前で変なこと言ってすいませんでした。」


まだ動揺が残っていそうだ。断っておきますが奥様ではありませんからね。本当にうちの猛獣が大変失礼しました。


「どうせ塞がれるなら、カナタの唇でが良かったな。」


口を塞いでいた手を舐めようとしてくるので解放してやると出てくる言葉がそれだ。


「アナタ、仕方ないからワタシが果てるまで待ってられるなら、その後抱かれることを許してあげるわ。ワタシが果てるまで待ってられれば、だけどね。」


「えっ、いいんですか。」


はい、このやり取りの全てがおかしいからね。良い子はマネしちゃダメだぞ。まず、勇者。なんで抱くことが決定事項のようになってるの。で、なんで君が僕に「青」を抱かせさせるようなことを言ってるの。そんでもって、ワタシ絶対に果てませんから、みたいなその自信はなんだろう。次に、「青」の人。勇者の圧の余韻にビビって近づくことすらできていないご友人がドン引きするぐらいキラキラした瞳で真に受けない。


「あたし、全然待てますから頑張って果てさせてあげてください。」


「話の分かるいい人じゃない。カナタ、この人もこう言ってることだし、頑張ってワタシを果てさせてね。」


これでもかの笑顔で親指立てるんじゃない。

はぁ、今日一日しか勇者と付き合いがないはずなんだけど、この気疲れの多さってなんだろう。極力、最終決戦前まで一緒にいるのは避けようかな。


「カナタ、ワタシにとって良からぬことを考えてたでしょ~。」


何で判ったんだ。そんなスキルも持ってたとか勘弁してくれよ。取り敢えず、すっ呆けておく。


「処女の直感は鋭いんだからね。」


お願いだからそこはせめて「乙女の」って言おうよ。あー、突っ込むのも面倒臭くなってきた。もう放置でいいや。


「やだやだ、見捨てないで~。できるだけ我慢するから許して、お願い~。」


うるさい、黙れ。お手。ちゃんと勇者機構に躾をやり直してもらおう。なんだ、服従の姿勢に見せかけて腹を晒すんじゃない。言ってる傍からこれだから、このポンコツ勇者は手に負えない。


「じゃあ、私は繰り上がりで抱いてもらえるの?」


はい、「青」のあなたもこれで我慢しておきなさいとばかりに優しく抱きしめておく。一応は納得したのか、彼女の温もりと共に力の流入があった。


「あたし、アイリス。今日はこれで我慢しておくけど、今度はちゃんと抱いてね。」


そう言って、連れの元へ戻っていった。それを見ていた勇者のジト目が鬱陶しい。


「カナタの意地悪。ワタシにももうちょっと優しくしてよ。」


はいはい、躾が行き届いたらね。一応、一緒にいれば番犬みたいには使えるみたいだしな。


「また不届きなことを考えたでしょ。もう激おこプンプン丸なんだからね。」


やかましいわ、これ以上振り回されてたまるか。もうあらかた食べ終わっただろ、ほれ帰宅時間ハウスだ。


「え~、この後のめくるめく快感の波に…。」


僕の凍てつく波動を感じ取ったようで言葉に詰まる。よし、良い傾向だ。その調子ならたまになら一緒にいてやろう。ハウス!三度目はないぞ。


「カナタがいじめる~。せめて夢の中でいいことしてやるんだから~。」


捨て台詞を残して勇者が店を出て行くと、やっと僕の平穏が戻ってきた。明日も調子に乗らせないように躾けるとしよう。

ところで、この後はどうしようか。まだ夜は浅いし、今日は剣も使ったことだから手入れしてもらいに行こう。ということで、武器の手入れをしてくれる店を検索してみると、いくつかある中に「青」がいる店があったのでそこに行くことにした。勇者機構に行けば手入れもお願いできるんだろうけど、折角勇者と離れられたのにまた会っちゃう面倒臭さを考えたら今日のところは「青」の店に行くことにしよう。

自動二輪で向かえば十分と掛からない距離にあるので容易に辿り着くことができた。例によって、店の外から中の様子を伺うとどうやら店主の女性が「青」のようだ。20代後半ぐらいだろうか、落ち着いた雰囲気を醸し出している肩までの茶髪に淡褐色の瞳の眼鏡の似合うできるお姉さまだ。三人の客は店員と話していて、それぞれ武器を選んでいるようだ。店主もたまに話に加わって意見を言っている。この様子なら無難に仕事も頼めて「紫」になってくれるだろうと判断し、店内へと入っていく。


「いらっしゃ~い。ブリジット武器店へようこそ。ご用命があれば承り…。」


「店主のブリジットです。ようこそお越しくださいました。多少、店内が混み合っておりますのでお話は個室にて伺いますね。どうぞこちらへ。」


店員が応対している間に、戸惑いから復帰した店主が素早く有無を言わさず応対を引き取り進めようとする。その口調は丁寧なのだが、少し鬼気迫る雰囲気があり若干怖い。また出直してきますと回れ右しようとするも、いつの間にか握られている腕は簡単には外せそうにない。


「数ある武器店の中から当店をお選びいただき誠にありがとうございます。誠心誠意務めさせていただきますので何なりとお申し付けくださいませ。」


問答無用とばかりに個室へと案内され、僕を部屋に入れると扉を背にして絶対に出しませんよ感がこれでもかと伝わってくる。


「さあ、どうぞお座りください。どんな無理難題でも私共の高い技術力を以て対応いたしましょう。」


あくまでも言葉は丁寧だが眼鏡の奥の目力が強い。仕方なく促された長椅子に座るが、果たしてこの後の僕の運命や如何に、タコにアワビ。

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