第11話 地下迷宮の番人

スカーレットの部屋を出て自動二輪車に乗ってライラの店に向かう。もちろん、最初から探知ウィンドウを使用することも忘れない。運が良いのか悪いのかライラの店に着くまでに新しい「青」には出会わなかった。店に着いて扉に手をかけると開いたので、中に入り声をかける。


「ライラー、いるかー。」


反応がないので奥まで行ってみると、布団に包まっているライラがいた。ちょっと様子を見ているとどうやら起きているようだが、起き上がる様子がない。まさか狸寝入りがばれていないと思っているのか。


「起きないなら帰るぞ。」


部屋を出ようとすると脱兎の如く追いかけてきて僕に縋るライラ。


「何で寝込み襲ってくれないの~。カナタの意地悪~。」


襲ってたまるか。いつ夜這いされてもいいように鍵かけてなかったらしい。おい、不用心だな。


「さて、じゃあ行くか。」


立ち直るのも着替えるのも早いな、おい。まぁ、話が早いのは助かるのでそのまま乗っかる。自動二輪車に跨るとライラに後ろに乗るように促す。振り落とされないよう僕に掴まれとは言ったが、変に弄ったら蹴落とすぞと脅すことも忘れない。なんか必要以上にきつく抱きしめられている気がするが、それ以上は何もしてこないので容認してやる。


「これ、最近巷に出始めた自動二輪車だろ。すごいな、買ったのか?」


実際に買おうとすると、一人がそんなに贅沢しない生活費一年分ぐらいの金額が必要らしい。もちろん、そんな余剰資金はございません。とある経緯で借りられたことを教える。


「へー、貢がせたのか、やるなぁ。」


人聞きの悪いことを言うんじゃありません。どちらかと言えば迷惑料の代わりだろ。


「じゃあ、地下迷宮に入ってる間は管理棟に預かってもらうのか。」


先ず、倉庫ストレージには前にも言った通り活動中の生物は入れられない。馬車などで地下迷宮まで来る者もいたりするので、クローズ型のダンジョンの場合には入り口付近に管理棟が設置されていて倉庫ストレージに入れられない馬などを預かってくれる。オープン型の場合は入り口を絞れないので対応している所は少ない。まあ、オープン型の場合は階層の移動というものが基本的にないので、そのまま乗り入れてもあまり問題ないと考えられているせいもある。対してクローズ型は、階段や梯子、竪穴などの移動を強要されることが多いので、馬などは預かってもらえないと二進も三進も行かなくなる。にっちもさっちもどうにもブルドッグなのだ。は?

そして、他人の所有物も倉庫ストレージには入れられない。そりゃそうだ。入れたい放題なら所有権なんて無いも同じで無法地帯まっしぐらだ。倉庫ストレージがどうやって判断しているかは謎だが、他人から『借りている』物は入れられない。公共物もダメだ。ただし、人工物ではない公共物、例えば川を流れる水等は入る。倉庫ストレージは人間の作物と自然界に自生するものもちゃんと区別する。自生するものでも所有する土地で採れたものとそうでないものも区別する。なんとも不思議だ。なので、倉庫ストレージを利用して他人の物を盗ったりすることはできない。逆に、他人の物を盗ったかどうかは倉庫ストレージに入るか入らないかで明確に証明できるので、言い逃れなど絶対に出来ない。世の中が混乱しないように出来ている倉庫ストレージの仕組みに今更ながら驚きだ。誰が…。あ、もしかして今の僕なら「あの」戦法が有効なんじゃないだろうか。試してみる価値はありそうだと考え、地下迷宮に着く前に適当な大きさのものを見つけて準備をする。


「そんなモノを倉庫ストレージに入れてどうするつもりだ?何かの役に立つのか?」


僕がしたことを見てライラは不思議そうだ。他の人でも同じことはできるが、多分やらない。というか、自分のためにならないからやらないように教わるのだ。実際に何をやるかは見てのお楽しみだ。

地下迷宮に着いたので、管理棟に寄って自動二輪を預かってもらう。


「よし、それじゃあ私を突いてこい。違う、私に付いてこい。」


なんか、残念な人になってないか。それでいいのか、ライラ。


「そんな目で見ないでくれ。興奮しちゃうじゃないか。いや、ちゃんとするから見捨てないでくれ。」


察してくれて何よりだ。とっとと先に行ってくれ。

一層は天井、壁に閉ざされているにもかかわらず、十分な明るさのある不思議な空間が続く。探知で認識していた通り、しばらく進むとブラックベアに遭遇した。攻撃力は高いがそんなに素早く動くことはできない僕にとっては恰好の餌食だ。だが、敢えて僕は武器を構えず間合いを計る。


「カナタ、武器はどうした。不用意に近づくとさすがに危険だぞ。」


ライラが忠告してくれるが、まあ見ていろと制する。ブラックベアがそれなりの動きで近づいてきて攻撃のために後ろ足で立ち上がろうかとするその前に、来る途中で倉庫ストレージに入れたを取り出す。ブラックベアを中心に5m四方の範囲を覆いつくす程の大きな岩山が僕の身長よりちょっと高い位置に現れ、ブラックベアの上に落ちた。


「カナター、何やってんだ。それ駄目だろう。」


哀れなブラックベアは岩山の重量に耐えられず、あっという間に一巻の終わりである。二巻は始まらない。なんとも楽な戦いだ。だがしかし、ライラも呆れた通り、この方法は推奨されていない。何故ならば、レベルは上がっても新たにスキルを覚えたり、取得済みのスキルレベルが上がることがまず無いからだ。前にも言ったように、スキルを覚えたりレベルを上げるにはその動作を繰り返すことが基本なのだ。つまり、こんな戦い方だけだとレベルだけ上がって、何のスキルも生えないし伸びない効率良く戦えないステータスになってしまうのだ。僕以外は。そう、正にたった今、「刺突」のレベルが5に上がったことでこの戦法の有効性が証明されたのだ。何をしたかというと、「青」から力を貰う時のように指向性を試してみたのだ。今の場合、しばらく上がってなかった刺突がそろそろ上がってくれるんじゃないかと期待を込めて意識してみれば見事に上がったわけだ。「岩を落とす」なんて「刺突」とは全く無関係な動作にもかかわらず、だ。

出した岩山を倉庫ストレージに戻すとブラックベアからドロップしたのであろう魔石がそこに残されていた。武器も損耗しないし、僕にとっては良いことだらけだ。覚えたり上がったスキルは魔物に対してではなくても使用できるので、その感覚を磨くことを怠らなければ何の問題もない。


「へー、カナタはそんなこともできるのか。大したやつだな。ダメもとで私もやってみようかな。」


やってみたいというので岩山を譲渡してやるが、やはりというか何回か試してみたが望む結果は得られなかった。そりゃそうだな、検証された結果として推奨されてないんだろうしね。武器がなくなってしまった時の最終手段ぐらいにしておくのがいいだろう。それにしたって、それだけの容量を他に使えばやりようはいくらでもありそうだけどね。


「残念無念。カナタ探知スキルがあればどこに居ても逃がさないのに。」


おい、そんな馬鹿っぽいことを何度も試してたのか。


「いやいや、カナタ探知を望んだのは最後だけ。他はちゃんとやってたぞ。ほんとだぞ。だから興奮するからそんな目で見るな。」


あれ?そう言えばマイ以外の探知使いの「青」と「紫」も僕のことは「藍」に見えるんだろうか。ライラは持っていないようだから、今度持っている人がいたら確認してみよう。それにしても、魔物の赤、人を襲う獣が橙、普通の人や動物が緑、僕に力を与えてくれそうな人が青、僕に力を与えてくれた人が紫で僕が藍、これで黄色が揃えばまるで虹だな。虹?赤橙黄緑青藍紫の真ん中が緑だから中立を示していて、赤に偏るほど敵意があり、紫に偏るほど好意があると考えると辻褄が合いそうじゃないか。なるほど、恐らく探知は敵意とか好意――好意に関しては「青」絡みの人だけかもだけど――を感知しているんだな。ちょっとすっきりして良かった良かった。

そんなことを考えつつも順調に岩山で魔物を圧し潰し続けると探知のレベルがまた一つ上がり6になった。「青」の探索効率を上げるため今は優先的に探知のレベルを10まで上げようと思っている。そこまで上がれば自動二輪もあるしミースの全域を「青」探索するだけなら十日もあれば余裕だろうと思う。


「そろそろ二層への入り口だな。」


昨日イルミたちに最近この近くにいろんな素材が取得できる場所があるって教えてもらったから、ちょっと寄っていこうとライラを促す。手前にちょっと面倒くさい魔物が出るらしいが、必殺「岩山落とし」を使えばどうってことないだろう。ダンジョンにはたまに番人みたいに存在する魔物がいて、倒せばその先には有用なものがあることがままある。ちなみに倒さないで先に行っても何も得られない。倒すことによっておまけのご褒美が貰えるって感じだ。


「ゴーレムか、本来ならちょっと相性悪いけど、どうせアレやるんだろ。まかせたぞ。」


突進してくる体長2mほどのゴーレムの前に僕が出て絶好の瞬間で岩山を落とす。いくら物理攻撃に強い耐性を持つゴーレムとは言っても、やはりこの重量には耐えられなかったようで呆気なく潰され砕けたようだ。探知がLV7になった。すごいよまさるさん、誰それ。でも本当にスキルレベルの上がり方が尋常じゃないよ。こんなの初めて。あぁ、ちょっと舞い上がってるね、冷静になろう。

さてさて、この先には何があるのやら。


「カナタ、すごいぞ。こんなの初めてだ。」


一足先に踏み入ったライラが興奮している。やれやれだぜ、人生で驚くべきことはそんなには起こらないんだぜ。

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