第9話 踊り子ミリンダ
「青」のいる店の前に来たが、少し困ってしまった。肌を多く露出したお姉さんが接客するちょっと大人のお店なのだ。僕の年齢でも入れなくはないが、個人的には困っていないので需要を感じないお店だ。うん、「青」が出てくるまで待つことにしよう。こういうお店はちょっと高くつくようなので、無駄な出費を控えるためにも我慢我慢。と思ったのも束の間、肩をたたかれて声を掛けられる。
「カナタじゃないか。この店に入るのか?」
今朝会ったニール達三人がそこにいた。探知ウィンドウは「紫」のことを考慮しておらず非表示になっていて接近に全く気付かなかった。慌ててどんな店かちょっと気になって様子を見ていただけだと言い訳して立ち去ろうとするが引き止められる。
「カナタも男だもんな。興味はあるよな。よし、ここは男の先輩として社会見学させてやろう。」
「いいねぇ、たまにはこういう店も悪くない。」
「兄貴、いいかっこしいだからな。しょうがない、付き合うよ。」
ここまで言われてはニールを立てないわけにもいかず、勉強させてもらうことにする。
薄暗い店内に案内されると男たちは席に座らせられていて、次から次へときれいなお姉さんが現れて男たちの目の前で蠱惑的に踊ってはおひねりを要求していく感じらしい。
で、探知ウィンドウと店内の様子を比べて気付いたのだが、どうやら「青」は客側ではなく、店側の人間のようだ。これはまずいかもしれない。「青」が裏方の人間ならまだしも踊り子のお姉さんだった場合のことを想像して怖くなってしまった。ただでさえ扇情的な格好で踊るお姉さんが僕を見て我を忘れてしまったとしたらとんでもないことになるのは火を見るよりも明らかではないだろうか。かくして裏方さんであってくれという僕の願いも空しく、今新しく登場した金髪長髪で褐色肌の豊満な肢体をこれでもかと隠す面積を小さくしている美女が「青」と確定した。
「ほら、カナタ、これをお姉さんに。」
別のお姉さんがもう目の前で踊っていたのでニールがおひねり用のお札を僕に渡してくる。この世界に紙幣はないが、硬貨だとお姉さんたちの衣装に引っ掛けられないので入店時に店内用のお札を購入してそれを飲食やおひねりに使うらしい。踊り子さんは貰ったお札の量によってお給料が決まるらしい。なんだ、この説明必要なのか。
目の前のお姉さんは「此処よ」とばかりに股間を隠す衣装のひもを引っ張って主張するので仕方なくそこにお札を引っ掛ける。
「ありがと。」
お姉さんが目配せしてくれるとニール達が囃したてるが、それどころではない。もうすぐ「青」が来てしまう。
基本的にこういうお店では踊り子さんへの性的なお触りは厳禁となっており、守れない愚か者は強面の方たちにこてんぱんにされて然るべきところに突き出される。ほんとこの説明必要なのか。
自分で自分を縛って僕からは何もしてませんよと主張すべきだろうか、将又この場から一目散に逃げ出すべきだろうかなどと余計な事を考えているうちに「青」は手前の集団まで来ている。そして「青」と目が合ってしまった。万事休す、将又バンジー急須。どっちにしろヤバいです。
例によって「青」に一瞬の戸惑いの時間が訪れ、次の瞬間、目の前が真っ暗になった。はい、ご想像の通りです。「青」のたわわなおっぱいが押し付けられ何も見えてないです。
「どうしたの、ボク。好きにしてくれていいのよ。」
「青」は既に取り乱されてるようで僕の手を自分の胸にあてがうんですけど、これって収拾つくのでしょうか。周りも既にざわついているようなんですけど僕からは何も見えてないです。
「カナタ~、なんて羨ましいことを。」
「すげぇ、指の間から乳肉がこれでもかとはみ出てきているぜ。」
「そこだ!先端を摘まんでしまえっ。」
三兄弟はそれぞれ楽しそうだ。そんなんでこの後大丈夫なのだろうか。って、そろそろ胸を押し付けられすぎて息ができなくて苦しいんですけど。
「欲望のままにしていいのよ~~~。イクわ、イクの、イッちゃう~~~~~。」
あ、いかん。この人痙攣しちゃってるんですけど。そして、僕を道連れにしないで。強く抱きしめられたままだと息が…。遠のく意識の横で力の流入を感じつつ、目覚めても五体満足でいられますようにと願う僕なのでした。
◇◆◇
気が付くとそこはお約束通りの知らない天井だった。
「あ、大丈夫?」
僕を窒息死寸前まで追い込んだ容疑者が僕の顔を覗き込んでくる。ニール達もいるようだ。どうやらお店の裏で寝かされてたらしい。
「お、気が付いたか。よかったな、無事みたいだな。」
「うらやまっすよ。乳に埋もれて死ねるなら本望っす。」
「俺は尻の方が好みだな。」
後の二人はちょっと何言ってるか判らない。
「ごめんねぇ、君を見たらもうどうにも止まらなくなっちゃって、ミリンダ困っちゃう。」
「!?」
ニールが何かに気付いたようだ。だがしかし、山本な人を想起したわけではないだろう。
「お姉さんもでしたか。やっぱりカナタには特別な何かがあるんだな。」
「も?君も…カナタ君って言うのね、この子でイッちゃったの?」
「イ、イッてませんから!」
「あら、そう。残念ね。私は何回でもカナタでイキたいのに。」
あのぉ、恥ずかしいのでそういう話は僕のいない所でお願いします。
「あぁ、ごめんなさいね。私だけ勝手にイッちゃって。お詫びに君もちゃんとイカせてあげるから安心してね。」
いやいや、悩殺系目配せされても困るし、それで安心はできないんですけど。
「じゃあ、一緒にイッてあげるからそれで許してね。」
「うらやまっすよ。」
「俺は一瞬で五回はイケるぜ。」
ニール、お前の兄弟だろ。何とかしてくれ。それでお姉さんもイク以外の話をお願いします。
「えぇ~、つれないのね。私はミリンダ、このお店を含めていくつかのお店を持ってるわ。」
おおっ、くりびつてんぎょうだ。ただの踊り子さんじゃなくてやり手の経営者さんだった。
「私をイカせてくれたお礼にしてあげられることはあるかしら?」
どんなお店を経営しているのか聞くと、エンタメ系のお店をいろいろとやっていて、短剣の投擲による的当てで遊べるお店や腕相撲で競うお店、街の郊外では射出した的を弓で射貫く腕を競ったり、遠当てを競える施設もあるらしい。それとは別に興味を惹いたのは、昼間に見た魔石の力で動く車両の小型二輪車があって、それを貸し出している事業もやっていることだった。ちょっと練習すれば大抵の人はすぐ乗れるらしい。なので、格安で借りられないか頼んでみる。
「あら、そんなことでいいの?それなら、この街にいる間はタダで貸しちゃうわよ。まだ普及してそんなに経ってないから街中を走ってくれるなら宣伝にもなるし好きなだけ使ってね。」
いやいや、何日いるかは判らないけど無料はダメでしょ。そこまでしてもらうわけにはいかないでしょ。
「そこまで言うなら、お店の近くに来たときに一緒にイッてちょうだい。」
また悩殺目配せが飛んできた。流れ弾を喰らってニール達が揃って股間を膨らませている。しょうがない股間三兄弟だな。
一緒にイクかは置いといて、好意は素直に受け取ることにして車両を貸し出している場所まで一緒に行くことになった。名残惜しそうにしてたが、ニール達とは店を出たところで別れた。
「小型の二輪車は総重量がそんなにないから魔石の燃料効率がかなりいい点が注目されてるの。」
そうだよね、荷物は基本的に
スキルと言えば、今回のミリンダからもらった力で「真呼吸」なる聞いたことのないスキルが生えていた。表示のされ方も他のとちょっと違う。説明によると、周囲の環境に依らずに呼吸を可能にするらしい。つまり、たとえ火の中水の中土の中、将又胸の谷間に埋もれようとも窒息しないで済むというありがたい(?)スキルだ。これってやっぱり胸に埋もれて息ができないことに切羽詰まった結果だよねぇ。力の方向性を制御どころか、新しいスキル作っちゃうなんてますます他人には言えなくなってきたなあと感じる今日子の心、ちがう今日この頃。
「ここがお店よ。いくつか種類があるから試乗して好きなのを選ぶといいわ。」
ざっくばらんに種類を分けると、最高速度を控えた娯楽型、最高速度重視のスポーツ型、間を取った汎用型みたいだ。スポーツ型のを真っ赤にするとなんとなく三倍のスピードが出そうな気がした。汎用型とは違うのだよ、汎用型とは。
街中で「青」探しに使うのが主目的なので汎用型でいいかな。「青」に見つかると追いつかれないように逃げて、ぞろぞろ引き連れ回してるのを想像して笑ってしまった。視界を確保しやすいように上半身が垂直に近い形で座れるタイプのものを選んで試乗してみると何の問題もなかったので、これを借りることにした。この車種なら、燃料の魔石は一番小さいものでも百時間は余裕で走れるらしく、なくなった時には手持ちの魔石でも何とかなりそうでその点も良かった。と言いつつ、はじめからそれなりの大きさの魔石が入れられていて交換するには及ばなかったことを後で知ることになる。できる大人は違うね、ありがたいことです。借りた二輪車に跨ると、礼を言ってミリンダと別れる。背中越しに彼女の声が届く。
「今度は私にも試乗するのよ~。乗り心地もちゃんと教えてね~。」
危うくずっこけそうになったよ。
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