第8話 斧士イルミ

結局、女装形態は封印することにした。自分で言うのもなんだが、普段よりカッコ良すぎて逆に目立つし、下手すると百合展開寧ろ歓迎みたいなことになりかねないと思わなくもないと思ったから。

そして、エクセラはカッコいいお姉さんから甘えん坊の「紫」へ移行済みだ。


「カーナーター、もう一回女の子になってよー。」


あー、はいはい、気が向いたらね。それよりもこの表示は何だろう。今回の力の流入で発生したものだと思われる「115/10980」なる表示の意味するもの。思い切りよく推測するならば115はつい最近も思ったがこれまで出会った「青」の総数に等しいぐらいの数字だ。そうだと仮定するなら10980の意味するのは、まさか「青」の総数なのか。だとすると、力を貰える機会がまだまだ山ほどあることになるが、逆にのんびり探してたら到底会いきれない数でもある。ご利用は計画的にしないと、だな。仮に一日に五人に会えたとしても6年近くかかってしまう。何とかして効率良く出会える方法を構築したいものだ。しかも全世界に散らばっているとするなら移動するだけでも気が遠くなりそうだ。とりあえずは地道に探知レベルを上げるところからだな。


「カーナーター、もう少し力あげられそうだからもう一回しようよー。」


あー、はいはい、気が向いたらねって、おい。今とんでもないことを言わなかったか。聞き間違いじゃなければもう少し力を上げられると言ったのか。


「そーだよー、さっきはちょっとびっくりしたから途中で止めるみたいになったけど、今度は根こそぎ持ってっていいからさー。だから女の子になってもう一回しよー。」


「青」は力を譲渡している自覚はあったということか。しかもお代わり可能…だと…。まあ、そりゃそうか。僕だけ力の移動を感じてる方が不自然だ。マイとの連戦の時は明らかに力の流入を感じることがなかったのは一回目で上限いっぱいまで譲渡しきったということだろう。もしかしてしばらくして力を蓄えてからなら再度の力の譲渡が発生するかもしれない。ということで、検証のためエクセラとの二回目に挑むことになった。しかもエクセラの強い要望で別の衣装を着させられて。あくまでも検証の為なんだからね、勘違いしないでよね。


◇◆◇


力の指向性についてはどうやらある程度は制御可能みたいだ。エクセラとの二度目の流入で探知がレベル3に達したのだ。これで更に「青」探索が捗ることだろう。ところで、「青」は僕に力を譲渡するのが嫌じゃないんだろうか。


「なんでだ。寧ろ喜びすら感じるぞ。不思議ではあるがな。」


みんなそう思ってくれているということで良いのだろうか。であるならば、力を貰いに行くのに罪悪感を感じなくてもいいのだが。


「そうだな、力が抜けるってよりは使ってなかった上澄みが移っていくような感じだしな。全く気にしなくていいぞ。」


実際にステータスやスキルレベルは下がっていないとのこと。


「それにだな、わかりやすく例えるなら勇者のために貢献しているのに近いだろうか。」


え、そんななの。


「カナタに力を与えることが世界の安寧に繋がると何故か信じられるんだ。回りまわって勇者のためになるのかもしれないし、カナタ自身が魔王を倒してくれるのかもな。とにかくカナタとの間に絆はできた。絆があるなら勇者同様、いやそれ以上に支援するだけだ。」


「青」の存在する理由等は判らないが、「青」との関係性をなんとなく理解することはできた。であれば、僕も精一杯世界のために貢献するだけだ。勇者と比較されると肩の荷が重いけど、特別な力を与えられていることは疑いもない事実のようだから。


「だから、いつでもまた来いよ。別の衣装を用意して待ってるからな。カーナーターちゃん。」


言いつつ、まだ化粧を落としていない顔を矯めつ眇めつ眺めてくるエクセラにジト目を返すぐらいしか抵抗できない僕であった。若さゆえの過ちだったと認めれば楽になれるのだろうか。


装いを元通りにしてエクセラの店を出た僕は、夕飯時に賑わう酒場などの集まるエリアに向かいながら再びローラー作戦を展開したが、酒場エリアに到着する前に新たな「青」に出会うことはなかった。だんだん日も暮れて人出も増えてきた街の様子を眺めながら「青」探知ウィンドウにも注意しているとようやく反応があった。マイエミ情報によるとどうやら立ち飲みの店に入ったようなので、その店に向かうことにした。


店に着くと、店内は既に混み合っていて、一仕事終えてきた探索者を中心に盛り上がっているようだ。目当ての「青」を探すとどうやら女性四人組の内の一人がそれのようだ。念のため、しばらく観察してみると今日の成果について話してるようで至って普通なのだが、そこはかとなく違和感があるのは何故だろう。更に注意深く見ていてもあちらに気付かれないように距離を取っていては20代前半の同年代同士ということ以上は判りそうもないので、意を決して近づいてみる。飲み物と軽くつまめるものを受け取ると、「青」と視線を合わさないように背後を確保して聞き耳を立てる。


「でもイルミの斧が折れたときはちょっと焦ったよね。」


「あれはないわー、まだ買って五日も経ってないんだよ。」


「安物で済ませようとするからだ。自業自得だ。」


「そうそう、装備をケチるのはイルミの悪い癖。」


「ひどいな、節約してると言ってほしいな。」


「それで買い替えたり、修理費がかかってれば意味ないんじゃないのか。」


「うー、言い返せないのが辛い。」


会話の内容は至って普通。で、「青」はイルミと呼ばれてる斧士なのだが、やはり気のせいではなく違和感がある。だが、その正体は判らない。つい最近感じたような、もしくは見たような気がするのだけど。まあ仲間もいることだし、いきなりとんでもないことにはならないだろうと接触を試みることにした。

飲み物のカップを倒して注意をひくありがちな手法だがまあ十分だろう。


「おっと、すまない。飲み物がかからなかったか。」


「っ!?、大丈夫、かかってないみたい…。」


至近距離でイルミと目が合うことほんの刹那の時間。次の瞬間、…僕の唇がイルミの唇で塞がれた。


「おおっ。いいぞっ。」


「わおっ。やるねえ。」


「きゃっ。」


他の三人がそれぞれ反応しているが止めてくる様子がない。公衆の面前ということもあり油断していたので、完全に頭を抱え込まれ抱きすくめられてしまい、そう簡単には引き剥がせそうにない。


「ーーーーーー」


激しく舌を絡ませてくるので言葉も出せない。今日はいったい何回凌辱されればいいのだろうと半ば諦めかけたところで違和感に気付く。その違和感とは、強く押し付けられるイルミの躰にあった。興奮しているせいか硬いのだ。股間が。


「あ、気づいちゃったあ?」


イルミの攻めが落ち着くと同時に力の流入を感じる。


「イルミ、心は女の子なのにちゃってるの。ごめんね。でも可愛いから許してね。」


キスはやめたものの僕を離す気はないらしく抱きすくめられたままの至近距離で見ても、確かに見た目は可愛い部類に入ると思います。黒髪ツインテールにゴスロリ系の服もピッタリ似合っていると思います。最初に引っかかった違和感は、つい何時間か前に鏡の中の自分に感じたものを汲み取っていたのだろうと思い至り納得する僕なのであった。


「でも君も悪いんだよ。いきなり目の前に人参ぶら下げられたら喰いつきたくなるのが性だよね。」


野生の動物とは違って、人間なら自制できると思ったんですけどね。その思い込みは命とりだと何分か前の僕に言ってあげたいです。


「もう終わっちゃったかあ。つまんねえな。始めたら最後までやらないとダメだろう。」


はい、そこ。そういう問題じゃないですよ。


「終わったと見せかけての、後頭部強打による失神、拘束監禁して薬漬けで追い込んでからの快楽奴隷調教?」


なにそれ、絶対嫌ですけど。


「みんな、人としての優しさを忘れちゃだめよ。ここは仲良く朝まで5Pということで手を打ちましょう。」


それのどこが優しいのだろうか。


「馬鹿なことばかり言ってると人格疑われるわよ。キスしちゃったお詫びに奢るから機嫌直して一緒に飲みましょ。」


話して分かったことだが、イルミたちは素材集めをメインに活動している幼馴染の集まりらしい。イルミの性的なところは子供のころから一緒に過ごしていたので周りは受け入れてあげられたらしい。というか見た目では全然気づかずに15歳ぐらいまで女の子としか思ってなかったからまあいいかとなったらしい。ちなみにイルミの恋愛対象は全方位らしく、専門用語はよく判らないがネコもタチもいけるらしい。ってそういう情報はどうでもよくて、明日行く予定の地下迷宮の情報も聞けたのでまあ良しとするか。

小一時間ほどイルミたちと話してから店を出て次の標的に向かう。会話中もずっと探知は発動させていて外の様子も伺っていたのだ。途中、新たな「青」が現れたので近くの店に入ったのを確認済みだ。そういえば、あの表示は「116/10980」になっていて、どうやら最初の数字は「紫」の数に間違いないようだ。さて117人目の「青」に会いに行くとしよう。

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