第7話 料理人エクセラ

さてさて、改めて「青」探知ウィンドウを操作して最適化してみる。街中では緑が多すぎて画面全体が緑一色気味になるので基本は非表示で、状況確認用には表示を弱く鋭く、こんなもんかな。これでも二階建て以上だと重なる場合もあるけど、そんなこと言ったってしょうがないじゃないかと諦めよう。そもそも探知スキルってどうやって目標を認識するんだろう。それが判ればもう一段階変更できるかも。気に留めておこう。


お、ミースでの第6青人はっけ~~ん。さっきまでは気付けなかったが、やっぱり緑に埋もれて見えていなかったのだろう「青」を見つけた。その場所はマイとエミのお気に入り一覧にあるイチオシ店のようだ。ちょうど食べ終わったことだし、見に行ってみますか。この魔物肉専門店は僕好みだったのでメモっておく。


店に着くと大した賑わいだ。三階建ての食堂にこれでもかと並ぶ角卓全てに客が座っていて、それでも店の外に列ができていて、次から次へと客を吐き出しては吸い込んでいく。僕の目的の「青」はどうやらここの厨房にいるようだ。忙しい時間に邪魔しても悪いので、少し近所を歩いて時間を潰すことにしよう。この店で待ってて、うっかりいつもの調子で始まると大変だからね。


小一時間ほどで昼飯の繁盛時も終わるだろうと見込んで、マイエミ情報も参考に街を歩いてみる。途中何度か馬車や乗合車両とすれ違う。ミース程の大都市になると馬などが牽くものだけでなく、動力機関による輸送手段が提供されている。魔石をああだこうだして動力を取り出して車両を動かすらしい。詳しくは知らんけど。数十人が一緒に乗れる大型車両が定期的に都市内を循環していて、乗車料を払えば誰でも乗れるみたいだ。でも、魔石で動かす車両が活躍するのは大都市の中だけだ。地方都市との間では魔石の消費量を鑑みると馬車の方が優位らしい。大都市間になるとまた別の移動手段があるが、誰でもが簡単に利用できるものでもない。その話はもし使うことがある時が来ればその時にしよう。

それで、乗合車両に目を付けたのは「青」探知が便利になったからだ。自分で歩き回らなくても乗っているだけで都市内を回ってくれるのだから、「青」に目印を付けることだけなら簡単にできるだろう。ちょっと奮発すれば少人数用の車両もあるらしいので、自分で好きなところに行くことも出来る。それこそ周辺の都市までだって足を伸ばせるだろう。だけど少人数用の車両はもう2つ3つ探知レベルが上がってから検討かな。そんなに懐に余裕がある身分ではないのでね。


その後、思いつきで立ち寄った店で買い物を済ませ、先程の厨房の「青」のところへ戻ってきて先ずは観察だ。昼飯時の一番忙しい時間帯を過ぎたことで交代で休憩しているようで、ちょうど「青」が厨房から出てくるところだった。視線を合わせないように気を付け、物陰から様子を伺う。銀髪に紫の瞳が力強く映える、文字通りのキリっとさんって感じの佇まいに、こちらの背筋も自然と伸びる。店の中心的人物のようで皆と和気あいあいと話している。この人なら人前ということもあり淡々と話ができるだろうと思い、物陰から身を乗り出して近づいていくが、何故か警戒心が雪だるま式に増え上がっていく。なんだか店全体が緊張感に支配されている。交わされる謎の符牒に手に汗握る緊迫感。いかん、と思った時は遅きに失していた。


「観念しろ。」


「は?」


あ、既視感。満面の笑みと怜悧な眼差しが僕を迎えた次の瞬間に店の出入口は締め切られ、哀れな僕は今度こそ囚われの身に。他の店員さん達も僕を逃がさないように、包囲を厚くする。


「姐さん、どうしやすか。」


一番体格のいい男が、恐る恐る「青」に訊く。


「黙って見ていな。」


「へい。」


一喝された男を含め、全員が物音一つ立てないようにする緊張感が伝わる。


「私はエクセラ。ここの支配人で料理長もしている。さて、何から聞けばいいかな。」


名乗ってくれはしたが、この状況の説明にはなっていない。

とりあえず、後でいちゃもんつけられないようにこちらもちゃんと名乗っておく。


「僕はカナタ。探索者をやってる。その…今のこの状況の説明が欲しいんだが…。」


「そうか、カナタは探索者なのか。ちなみにジョブを聞いてもいいか。」


ひとつ相好が崩れたようだ。安心し過ぎて余計な警戒心を抱かせないよう改めて慎重に言葉を選ぶ。


「14歳になる前に「戦士」にクラスアップした。」


「おぉ、その歳で既にクラスアップしているのか。16歳ぐらいと見受けるが、カナタは凄いな。」


おや?なんか空気が…。

前にも少し話したが、大体最初のクラスアップをするには5~6年は必要とされている。それを4年かからずなのだから僕は早熟と言えるのかもしれない。恐らく「青」の恩恵があったからだろうと今更ながら思える。

その後も、聞かれたことに素直に答えると最初の緊迫感はどこへやら。


「そーかそーか、ノーマンの向こう、アムラダから来たのか。」


「…姐さん。あっし等どうすればいいんすか。」


一番体格のいい男が、再度恐る恐る「青」に訊く。


「あー、宴の準備だ!カナタを精一杯もてなせ!!」


あっという間に歓待状態になってしまっていた。

宴会中に確認したところ、実はエクセラとマイエミは既に顔馴染みで今朝方会いに来て一報くれてたらしい。と言っても、マイがエクセラを「青」と知っていたわけでもなく、単純に旨い店として紹介しといたから寄るんじゃないかぐらいの話だったそうだ。カナタの風体も伝わっていたので、たっぷり食わせてやるかと待っていれば、昼飯時真っ盛りを超えても来ないし、野生の感でなんとなく近くまで来たかと思えば離れていくし、店の連中にも風体を教えて現れたら捕まえておきなと念を押したところへ僕がノコノコ現れたから、さあ大変。店の連中も聞いたばかりの男が店に向かって歩いてきて、エクセラが絶対逃がすなみたいな圧を発しているので戦々恐々となったわけだ。


歓待してもらって悪い気はしないが、理由もなく持て成されるばかりでは不安にもなる。


「ところで、僕はなんでおもてなしされているんでしょう。」


「カナタは細かいことを気にするんだな。理由をつけるなら頑張っている弟を労いたい姉心だな。このまま帰しては沽券に係わる。逆にしてほしいことがあれば出来る範囲で叶えてやるぞ。」


気になっていることがある。エクセラが、まだ「青」のままなのだ。実際に力の流入をまだ感じていないので、この状態に間違いはないのだろうが、それなら「青」から「紫」への移行条件って何だろうというのが気になる。この木なんの木気になる木なみに気になる。

何となく気づいてはいる。十中八九僕への親愛の情を発露することだ。「青」の存在そのものを説明できないが、「青」の行動原理はそれで間違いないだろう。同性の場合、その発露の方法がかなり限定されているので助かっている節があるが、異性の場合は性行為に発展することが多く由々しき懸念事項となっている。

エクセラの場合、恐らく自制出来ているが故に「紫」への閾値を超えられず悶々としているといったところではないだろうか。先ほどから頭を撫でてくるといった肌の触れ合いは発生しているが力の流入が起こる気配はない。さて。どうしたものか。あ、「紫」への移行は取り敢えず置いといて、さっきの思い付きの買い物を試すのを相談してみようか。というわけでかくかくしかじか説明すると、あっという間にエクセラの私室に連れ込まれてしまった。


それから数十分経った仕上がりがこれである。なんということでしょう。肩まである明るい茶系の毛先が程好く外はねし可愛らしさ増し増し、顔周りの内巻き髪が気になる骨格を上手く隠し、今どきのウルフカットで流行も外さない。

化粧はちょっと強めでカッコよさを強調。目力強めの真っ赤な唇が大人強め黒ワンピとどんぴしゃ。首元が開き、ウルフとの相性も抜群。足元の大きな切れ込みから覗く膝上丈長靴がさらに強い女を思わせる。


「うんうん、なかなかいいじゃないか。カナタの持っていた無難に可愛い路線のものよりこっちの方がしっくりしていると思うぞ。」


そう、僕が相談したのは「女装」が似合うかということだ。同性の場合、親愛の情を表す方法が限定されるなら女性に対しては女装して近づけばと単純に考えてみて先ほど街をうろついた時に女性ものの服などを少し購入してみたわけだが、エクセラ的には僕の買ったものはお気に召さず、自分のものを引っ張り出してきてあてがわれて今に至る。

実際、鏡に映る僕は普段の僕とは全然別物だ。半ば自分自身に見惚れているとエクセラが耳元で囁く。


「可愛くなったカナタを見てたらイジメたくなった。」


後ろから抱きすくめられ、首筋をエクセラの舌が這う。鏡の中の女の子の僕がされるがままに身悶えている。僕の口から洩れる吐息が何故か女の子のように高くなる。


「可愛い声も出せるんだな。もっといい声を聴かせてくれないか。」


エクセラの舌が付かず離れず僕の耳を攻めると同時に、両手がいやらしく僕の躰をまさぐる。右手は胸元に滑り込み、左手は脚の切れ込みの奥に潜り込もうとする。その様子を鏡越しに見せつけられるのはすごく卑猥だ。やばい、いつもとは異なる感覚に思考がついていけなくなってるみたいだ。


「さて、ついている女の子とするのはどんな感じかな。楽しませてくれよ。」


新しい扉を開いてしまいそう。もうどうにでもして。

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