第5話 ニール三兄弟

目抜き通りを街の外に向かう流れの中に「青」がいるので、先回りして物陰から人物の特定を試みる。人が多くてちょっと迷ったが、なんとか確定できた。男三人組で真ん中を歩いているのが「青」だろう。20歳前後で銀髪に精悍な顔つき、見るからに腕っぷしが強そうな体つきだ。すぐに気付いたが、両脇も同じ顔で体つきもほぼ同じだ。まさか三つ子か。三人仲良く話しながら歩いていて、少し見ていた限りではあるが粗暴な感じもないし、人当たりも良さそうだ。同性だし、人目を憚られることにはならないだろうと接触を試みることにした。もう一度前に回り込んで正面から何気なく近づいてみたところ、あっさりと気付いたようだ。


「アニキ、どうした?」


「腹でも調子悪くしたのか?」


昨日の店員のように、僕を認識したことでちょっと戸惑ってしまい立ち止まってしまったことで、両脇を歩いていた二人から問いかけられている。そんな彼を尻目に敢えてすれ違おうとすると呼び止められる。


「突然すまない。ちょっと話せるだろうか。俺はニール。こっちは双子の兄貴のトールで、こっちは一つ下の弟のノルドだ。」


足を止めて三人に向き直る。どうやら三つ子ではなかったようだ。しかし、よく似ている。


「僕はカナタ。何か用だろうか。」


「話を聞いてくれてありがとう。ええと、俺自身も突然のことで戸惑ってはいるのだが…、なんと言えばいいのか…、ありのままに話すなら、君のことが気になってしょうがなくて、気に入ってしょうがなくて、このまま離れがたくてしょうがなくて…そうだな、君となんとかえにしを結びたい、そんな心情なのだが。理解してもらえるだろうか。」


「アニキ、そんなキャラだったっけ?」


「ニール、やっぱり具合悪いのか?朝食に変なもの入ってたか?」


散々な言われようだが、やはり彼も好意を寄せてくれる人だった。利用するようで申し訳ないが、これまでの人も僕に力を与えて不快になったり、調子を崩したことはないので有難く受け入れさせてもらおう。


「そういう感じのことを少し言われ慣れているので、僕としては全然構わないよ。」


言ってる内容を吟味されると変な人認定されること間違いなしだなと思いつつも右手を差し出すと、ちょっと不安気だったニールの顔が晴れやかになり、握られた手の温もりと共に力の流入を感じる。この時、なんとなく探知のレベル上がらないかなぁと思っていたらLV2になっていて嬉しいやら怖いやら複雑な心境だ。ニール以外の二人は僕に特別興味を示さなかったので、森へ出かけるのを邪魔しちゃ悪いと思い早々に泊っている宿の情報だけ交換して三人と別れた。

早々の力の譲渡に探知の効率が良すぎて怖いくらいだ、ちょっと休憩して冷静になろうか。


目抜き通りに面した店で香草茶を飲みながらさっきの結果について考える。探知スキルのレベルが上がったことだ。今回、たまたま上がっただけだろうと思いたいが、僕が少しでも願ったからだとすると面倒くさいことになる。僕が力の流入先を制御できるということにつながるからだ。ただでさえ、探知の意外な使いみちで力を与えてくれそうな人を見つけられるようになっていろんなことが変わりそうなのに、自分の好きなスキルの取り放題、伸ばし放題が本当に出来ちゃったら魔王にでも勝てちゃうんじゃないか?

あ、まだ魔王について説明してなかったか。

はい、この世界には魔王が君臨しています。以上。これじゃいくらなんでも端折りすぎか。でも、実際詳しいところは誰も知らないんだよね。なんてったって、誰も魔王と対峙して生きて戻ってきていないみたいだから。まあ、こうじゃないかと言われてることを説明すると、魔王が君臨するようになってもう千年以上経っているらしい。でも魔王は世界を暴力や恐怖で支配することはない。貢物や供物も要求せず、小大陸にあるとされる魔王の居城で永遠の時を過ごしている、と。これだけなら魔王って人間に何も関わってないし、本当にいるかどうかも怪しくね?ってことになるが、もう一つの特殊な存在が魔王の存在を裏付けているとされる。それが「勇者」である。ジョブの説明を覚えているだろうか。世界に生を受けたときに闘士か学士のジョブを授かるってアレね。極めて稀に闘士でも学士でもなく「勇者」のジョブを持つ子供が生まれる。勇者は成長するにつれ特殊な力を身につけ、魔王を討つ使命に目覚めるという。使命に目覚めた勇者は己を磨き、仲間を集める。そして、勇者一行が魔王の城を目指し旅立った数日後、「勇者」が生まれる。中には使命に目覚めながらも、命を惜しみ魔王に挑むことを引き延ばすものもいたが、ある日突然集っていた仲間ごと消息を絶ち、やはり数日後に「勇者」の誕生が確認される。勇者が消息を絶ったのは20歳を迎える日であった。これらのことから「勇者」は魔王と戦うことを宿命づけられた世界に唯一人の存在であるとされている。それも20歳を迎える日までに成し遂げるという過酷な条件付きで。世界はこの勇ましくも儚い存在を全面的にサポートするべく活動する。ある者は勇者と共に戦うために己を鍛え、ある者は勇者に最高の武器・防具を用意するために素材集めに奔走したり、鍛冶・製造の技術を研究し、ある者はまだ幼い勇者を育成する方法を検討したり、ある者は勇者に不自由させないよう身の回りの世話をする。これが、「魔王」、「勇者」を巡る現在の世界の姿だ。


現代人は多かれ少なかれダンジョンに挑むが、命を落とすことはほとんどない。先人の経験や智恵がしっかりと受け継がれ、万全と言っていい対策があるからだ。ダンジョンにより出現する魔物も固定で、ダンジョンの外に溢れ出てくることもなく、予想外の危険に晒されることがほぼない。さらに病気や事故で命が終わることも稀なので、ほぼすべての人が寿命を全うし、安らかな最期を迎えるのが普通だ。そんな世界において勇者って本当に不憫だと思う。強力なスキルを使えながら、魔王を倒せなければ20歳で若き命を散らすことになる。何か歪だ。何の話をしてたっけ。あぁ、僕が好きなようにスキルを取得、成長させられるかもって話だったね。次の「青」ではそこら辺を何か検証してみよう。


考えている間も「探知」を使っていたが、次の「青」に気付くことはなかった。

店を出て、ここまで来た時とは目抜き通りの反対側、探知LV2になったことで半径が倍の100mに伸びたことを有効活用し2本目の脇道を戻っていく。次に目指すのは昼飯を食べに多くの人が集まってきそうな飲食店が固まっている区域だ。昨日、マイ達に教えてもらった情報なんだけど直行するにはまだ早い時間なので、更に奥の方に回り道しながら進む。何度目か目抜き通りから離れた方に向きを変え進んだ先に「青」が現れた。この調子で出会えたらとんでもないことにならないか、と思いつつも「青」の方に向かう。


辿り着いたのはこじんまりとした鍛冶屋だ。目抜き通りから結構離れた場所にあり、周りはほぼ住宅で他に店は目の届く範囲にはなさそうだ。もしかして隠れた名店かと思い、外から窓越しに様子を伺ってみるが、なかなかの寂れ具合だ。ちょっと唖然としてたら店の奥から出てきた「青」と目が合ってしまった。ほっかむりの下から覗く赤い髪と同じく赤い瞳が印象的だ。職人気質が滲み出る年季の入った作業着姿も整った容姿と相まって美しくすら思えて見惚れていたら、例によって一瞬戸惑ったであろう彼女の方が先に我に返り、突っ走って出てきて腕を掴まれた。


「観念しろ。」


「は?」


間抜けな声が出てしまった。はじめましての会ったばかりの人に掛けられる言葉じゃないよね。しかも僕の腕を掴んでる力が異様に強い。


「逃がさんぞ。」


「へ?」


誰かと間違えられてる?ボク、悪いスライムじゃないよ。許してヒヤシンス。何の二連発だ。哀れ、店の中に引き摺り込まれてしまう僕。


「じゃ、とりあえず脱げ。」


「ひぃ。」


言うや否や、手が伸びてきて僕の服を脱がしにかかる。これは本格的に身の危険を案じた方がいいと考えたが、作業着の衣嚢から巻尺を出しながらの次の言葉で気が抜けた。


「ちゃんと手を上げろ、測れないだろうが。」


「ふぇ?」


最後にほっとできれば間抜けな反応の五段活用の成立だな。

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