第4話 「青」は藍より出でて「紫」に至る

探知ウィンドウに表示された「青」に近づいていくと、どうやら食材を扱っている店員がその人物のようだ。年齢は25ぐらい、長身で細身のイケメン店員さんが次から次へと訪れる客を相手にしている。中には彼を目当てに来ていると思われる女性客がちらほら見受けられる。そんな様子を遠目に見ているとイケメンと目が合った気がした。イケメンは一瞬戸惑っているように見えたが、次の瞬間には僕の方に向かって手招きをする。周りを見回して「僕か?」と確認するように自分を指さしてみると、「そうだ」と言わんばかりに更に強く手招きするので仕方なく近づいていくが、何が起きているのか不審に思って僕を見るイケメン目当ての客の視線が痛い。


「よく来てくれた。会えて嬉しいよ。」


手を差し伸べてくるので、握り返すと次の瞬間には抱きすくめられていた。それも数瞬のことだったが黄色い悲鳴が周りから沸き起こる。


「お近づきのしるしだ。持って行ってくれ。」


大きなカボチャをほぼ無理矢理持たされるので倉庫ストレージに放り込む。軽々と持ってるように見えたが、とてもじゃないがそんな重さじゃないぞ。渡された瞬間、変な声出そうになったぞ。


「今はこんな状況だから何も構えないが、またいつでも来てくれ。」


僕は頭をガシガシされるがそんなに嫌じゃない。その様子を見て女性陣がまた黄色い悲鳴を上げるが、僕にはそれよりも気になることがあった。イケメンから力の流入を感じ、「青」が「紫」に変わったのだ。

もう一度握手を交わし、礼を言って店を出てから改めて考える。恐らく「青」が僕に力を与えてくれる可能性のある人、「紫」が僕に力を与えてくれた人ということだろう。そうだとして、単に「探知」ウィンドウでの表示の仕方が判っただけで、どうして「青」や「紫」が存在するかについては何一つ解明されていないんだけどね。さらに、副次的に「青」からの好意――行為?――を受け取ることになるということも。どっちが副次的なのかも不明だけどね。

そして、そうと判れば考えるべきことがある。積極的に「青」に接触しに行くべきか、回避するべきかを。こんな世界なので力があるに越したことはない。だがしかし、これまで出会ったであろう「青」は特に身の危険を感じたことはないが、今後もそうだとは言い切れない。軟禁されてあんなことされたりこんなことされたりするかもしれない。いやんバンカー。

まあ、基本方針としては「青」の様子を確認してから近づくようにする、ということでいいだろう。そうと決めたら、明日は街にどれくらいの「青」がいるか調べてみようと思う。とは言え、ここミースは約1500万人もいる大都市なので虱潰しに調べていては一ヶ月掛かっても終わりはしないだろう。取り敢えずは今いる東地区を調べてみることにしよう。

この後、ギルドで買い取りをしてもらい消耗品を補充し、約束の店に辿り着き二人を待つ。


「お、ちゃんと来てるな。えらいえらい。」


一足先に一杯飲んでいると、ほどなくして二人が現れる。

この辺りは既に通っていたので把握していることは伝えたはずだが。いや、僕が来ないことを懸念していたのか。店を教えてもらうついでに、さっきのことで二人にもう一つお願いしたいことが出来たので逃げるつもりなど全くなかったけどね。

主に二人の注文した沢山の食べ物が並び、二人の味覚感覚の良さを知ることができたのは僥倖だ。


「カ~ナ~タ~、飲んれるかぁ~。」


「ああ、美味しくいただいてるよ。特に料理は僕の好みにも合ってて最高だよ。いい店紹介してもらえて感謝感激だ。」


ちなみにこの世界では15歳から飲酒可能だ。

割と早い段階でマイがこんな調子になったが、そのまま安定して暴れたりはしていない。

それで、二人にお願いしようと思っていたのは地図マップ情報の提供だ。ギルドでも取り扱っているが都市の場合は全図になっていて、大都市であるが故にお値段もそれなりにしてしまう。

そもそも地図マップについて説明していなかったのでしておくと、倉庫ストレージ同様に基本的に誰もが使用でき、自分が訪れたことのある場所を記録し、いつでも表示できるものだ。拡大・縮小表示はもちろん、2D/3Dの切り替えも可能で、特定の場所に目印を打ったり、覚書を追加保存出来たりする優れものだ。クローズ型ダンジョンでは階層を移動する場所の特定とかに便利で、そういう情報込みでダンジョンの情報がギルドの監修のもとで売られている。もちろん個人間の情報のやり取りも可能だが、個人情報的なものが含まれている場合もあるので、白地図的な情報の譲渡に限ることがある。それと表示もだが譲渡される情報は現状ではなく、取得時のものであることに注意する必要がある。具体的な例を示すなら、表示上は橋が掛かっているが、現状は洪水の発生によって壊れてしまっている、みたいなことだ。情報取得時は橋が掛かっていないが、新設されているといった逆もまたあり得る。実際に訪れたり、新しい情報を入手すれば更新されるし、更新後も過去の情報を呼び出して確認することが出来る。他にもいろいろ機能がついているが今はこれぐらいにしておこう。なんにせよ、現代人に必須の機能であることは間違いない。

で、話を戻すと半年ほどこの地の先輩である二人から地図マップ情報を貰えれば、都市内の探索が捗るだろうということだ。なのでお願いしてみる。


「明日、あちこち都市の中を見て回ってみようかと思ってるんだが、礼はするので白地図情報でもいいので譲ってもらえないだろうか。」


「みずくさいにゃあ、私とカナタは肉体関係にゃんだかりゃ、まるごとやるにゃあ。」


「こ、こらぁ、ちょっとは遠回しに言いなさいっての。」


明け透けな言い方をするマイに、エミが頭を叩いてつっこむ。

いたいけな僕は、隣の卓からの視線が痛いよ。


「どうしても礼がしたいって言うにゃら、カナタのカラダで払うにゃあ。カナタはいいモノ持ってるかりゃにゃ、にゃはははは~。」


「しゅこしは声をおさえりゅにゃっ。」


更なるつっこみが入り、体での支払いは丁重にお断りしておく。あぁ頭痛が痛い。

エミも満更でもなさそうだったが、最終的にいっそのことお互いの全情報を渡そうってことで合意した。情報の交換後、ミースの地図マップを見ながら追加で人の多い場所などの情報も貰えたので、明日の大体の道順を決めることができて良かった。まだ半年ぐらいしかいないのに虫食いはあるがミースの80%ぐらいを網羅していたのは驚いた。僕だと多分30%にも達してないぐらいだろう。二人の常宿もメモしたので、また改めてお礼をすることにしよう。

マイは僕の情報を眺めながらニヤニヤしていたが、何を思っていたのかは考えないようにした。

その後も結構話し込み、夜も随分と更けたところでお開きになった。店を出て二人と別れようとしたが、マイはまだ諦めていなかったのか僕を自分の宿に連れて行こうとしてエミに一発いいのをもらって引きずられていった。さて、明日に備えて帰って寝るか。


翌日、早速朝から調査を始める。東地区の外縁に近い方は僕たちが昨日行った森のダンジョンに関連した施設が多い。その代表例がギルドだ。ミースぐらい大都市のギルドになると、街の数ブロックに跨っていくつもの業務を有機的に統合して運営している。その業務は多岐にわたり、ダンジョンに出入りする人達の滞在する宿泊・休憩施設に始まり、酒場等の飲食店、持ち帰られるアイテムの売買を行う店舗、各種加工を請け負う工房、武器防具の製作・修理・売買を行う店舗、訓練所、治療所、各種情報取引所、特殊依頼受付及び斡旋所などがある。ギルドとは無関係の経営の各種店舗も多くあり、提供されるものを選ぶ側の選択肢は多い。他にも普段の生活を支える洋品店や食品店、大きな家財から食器のような小さなものまでそれぞれ扱う工房や店舗、各種娯楽を提供する店舗などおよそ人が考えつくあらゆる業務が提供されている。都市の周辺には住人の胃袋を支えるための農産業も充実していて、農作業に従事する者も多い。ミースの場合は海に面しているので水産業も盛んだ。

そうだ、ミースの東に森があることは言ったが、ミース近辺にはあと3つダンジョンがある。他の大都市も似たようなもので、鶏が先か卵が先かみたいだが、大きな都市の近くにダンジョンがあるのか、ダンジョンの近くに人が集まり都市を形成したのかどっちだろう。有史以来、都市はダンジョンと共にあるのでぶっちゃけどっちが先かなんてどうでもいいが、ダンジョンのおかげで苦も無く世界が回っているのは間違いない。ダンジョンさまさまだね。ん?また何か引っかかった気がするが、今は「青」の調査に話を戻そう。

ということで、大体朝の早い時間からダンジョンを目指す人が多いので、先ずはダンジョンに向かう目抜き通りの1本脇道をゆっくり歩いている。探知スキルはLV1で半径50mを把握できるので、脇道からでも目抜き通りをギリギリその範囲内に収められている。なんで1本脇道にしているのかというと、一応いきなりばったり会わないようにという作戦である。こっちの道を歩いていたら作戦台無しなんだけどね。探知スキルがLV2になってくれるともう少し余裕ができるんだけどな、とは思いつつもないものねだりをしてもしょうがないので現状を受け入れる。使い続けていれば今日のどこかで上がってくれないかなと淡い期待を抱く。と思った矢先に「青」の反応有りだ。

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