第51話 素直

 ―――翌朝。俺は言われたとおりに魔王の座に入る。するとそこには、


「おはよう。待っていたよ」


 笑顔の魔王が椅子に座ることなく立っていた。しかもガラスの玉みたいなものを持っていた。


「―――まぁ、約束だったからな」


 俺は若干不貞腐れ言い方で話す。

 なぜなら、ここに来たからとて、俺が強くなる訳でもないし、ラリアが戻って来る訳でもないし、エルグランドが生き返ることもない。

 だが魔王との約束なので、すっぽかしたらどうなるか分からないので、守るしかない。


「でも何故俺を呼び出したんだ?」


「―――それはね、君に見て欲しい物があるからだ」


 魔王は右手にある水晶玉を俺の顔の前に出す。


「これはなんですか?」


「これは君の過去を振り返る玉だ。忘れたい過去も忘れたくない過去も全て見える」


「 ―――俺に過去を見せてどうするつもりですか?」


「 それは勿論決まっている。君を逃さないためだ―――――」


 魔王はそう言い放つと、一瞬で俺の首を鷲掴みにしてきた。


「―――なっ……」


「もうこれで逃げられないよ。見るんだ! 自分を! 自分の駄目なところも! 良い所も!」


 魔王は過去一感情がこもった声で俺に叫ぶ。

 そして、それと同時に水晶玉が眩く光り、俺の視界を奪う。


「―――これは」



 ―――数分後。

 俺は光が消えたと思い、恐る恐る目を開ける。目の前には夕方の風景の中に僅かに光る水晶玉があり、俺は後ろを振り返る。

 すると、そこには―――、


「お……れ……?」


 俺が居た。過去の俺が。

 そいつは夕陽を背に、ガムシャラに木刀を降っていた。そして、そいつの顔から出てくる汗は夕陽で照らされてとても美しかった。



 そしてまた世界が強く光り、俺は目を瞑る。


 ―――すると、今度は声が聞こえてきた。その声はとてもか弱いが、何処か力強さを感じた。


「ウッギャァァァァァ!!」


 その声の持ち主はどうやら俺だ。

 あの孤児院でゴリゴリの院長から頭を鷲掴みにされている時だ。そいつは頭を握りつぶされそうになりながら首を絞めるのを緩めない。つまり、勝つ気でいるらしい。


「こんな絶望的な体格差でよくも勝とうと思えるな……」




 ―――また変わる。

 今度は俺が金髪オールバックの青年にボコボコにされる時だ。


「……また、偉そうなことばかり言いやがって」


 負けた俺は大事な事を教えてくれているロイドに対して嫌悪感を出している。それどころかもはや恨みまである。

 きっとその時の俺は「その立場だからそんなことが言えるんだ。俺の環境と才能で生まれ育つときっと誰も何も言えなくなる。恵まれただけのくせに偉そうにしてんじゃねーよ」とでも思っているんだろう。



 ―――また変わる。

 今度はメアリーが何度も俺の家に来てくれていた時。


 ―――また変わる。

 次は俺とエルグランドの分身が戦っている時。



 俺はこんな感じで光景が何度も何度も変わり、そのたびに見てもいい過去や見たくない過去が見えた。なので、何個か目をつぶって過去から目を逸らした。



 ―――そして、こうやって移り変わる過去を見ていくと、とある光景に辿り着いた。

 それは俺がラリアと対峙したあの時だ。俺はすっ転んでおり、その前にラリアが立っている。


「殺す」


 見たくない。ラリアが俺を本気で殺しに来ている所を。あんな優しくて、まるでお母さんのように母性溢れていたラリアが嘘かのように目が殺意に満ちている。しかもその殺意は俺に向けられており、ラリアはとてもじゃないが見れたもんじゃない。


「……ラリア」


 ラリアは過去通りに、俺を切裂く。しかも無詠唱で、ただ手を軽く振っただけで俺の体は顔から体にかけて大きな一つの深い斬り傷ができた。

 そして抗う方法もなく、俺は血を吹き出しながら背中を地面に着けた。


「いつ見ても不様な最後だな……」


 俺は弱すぎてなんの抵抗もできなかった。しかし、己の変なプライドか分からないが笑みをこぼしていた。

 きっと心の底ではどうにかなるとでも思っていたのだろう。




 ―――そう。恐らく俺はあの時調子に乗っていたのだ。

 エルグランドの分身に勝ち、自分の考え方を改め、そして上手く作戦通りに脱出した。だから俺はきっと今回も上手くいくだろうとラリアのことを軽く考えていた。

 だからこんなことになってしまったのだ。もし、あの時俺が調子に乗らずに三人としっかり対策を考えていれば、あるいは、そもそも最初の時に、「俺達三人で動かないか?」と提案していればよかった。街に潜入するまでは、俺は一人前の戦士になるという思いから、この二人に合わせてさも手慣れた戦士かのように振る舞い、二手に別れるという意見にながされてしまった。

 これは少し考え過ぎかもしれないが、もし俺が素直に、二手に別れるのはきついと言っていれば結果的にはこんなことに繋がらなかった。


 ―――素直か……。

 どこかで聞いたな。いつか忘れたが誰かに言われた気がする。



 そして、水晶玉が光終わり俺は元の世界に帰ってきた。そこには魔王が少し笑顔で立っており、こちらを見ている。


「―――どうだい? 少しはが見えたかい?」


「―――はい。見えました」


「そうか。なら良いよ。」


「はい」


「―――ただ一つ君に聞きたいことがある」


「なんですか?」


 俺は何かを振り切ったような顔で、魔王を見る。


「僕と一緒にサーベラスに向かってくれるかい?」




「―――はい。行きます」


 


 





 

 

 


 

 

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