第49話 出発の前に

 ―――翌朝。

 俺は魔王の座にやってきた。


「―――では、これよりサーベラスの本拠地に向かう」


「はい―――」


 俺は金ぴかの魔王軍の重い鎧を着て、腰に剣を携え、背中に弓矢を装備する。弓矢はまったく使ったことは無いが、無いよりましなので持っていくことにした。

 もしかすると、戦闘になるかもしれないので、持っていける物は持って行った方がいいだろう。


「今回は僕と君の二人で向かう。あくまでただの交渉だが、一番最初は警戒されるだろうから戦闘になることも視野に入れておこう」


「そうですね。そのときはよろしくお願いいたします」


「―――ん? 君も戦うんだよ」


 魔王は疑問の顔でこちらを見る。


「―――まぁ、そうですね。でも俺はたぶん役に立たないと思いますよ」


「なぜだ?」


「だって、俺は……」


 俺はここまで何度も負けている。

 ロイドの時も、ラリアの時も、銀髪の女の時も。全部負けている。唯一勝ったのは孤児院のおじさんとエルグランドの分身程度だ。

 だからロイドや団長や教官に出くわして、もし戦うことになれば俺は足手まといになる。


「俺は弱いからです」


「―――まぁ、そうだね。君は弱い。この悪魔達の中でも格別弱い」


 魔王は俺に励ましの言葉をかけてくれる訳でもなく、むしろ俺の気合を削ぐようなことを言う。


「やっぱり、俺行かないほうがいい気がします」


 俺はこれから出発という時に、諦める言葉を口から出す。


「―――そうか、分かった。別に強制はしないよ。だけど、こういうとこを乗り越えないと君はいつまで経っても軟弱者のままだよ。それだけは理解しておいてね」


「―――はい」


 魔王はしょぼくれる俺を引き止めることも無く俺のそばから離れて、魔王の座の入口に進み、立ち止まる。


「でもそれは君が一番よく分かっているはずだと思うよ。君は一度こういう壁を乗り越えたはずだと思うんだけどね」


「え?」


 どういうことだ? 一度俺が乗り越えた? 俺にそんな記憶は存在しないぞ。

 しかし、魔王はその言葉を残して魔王の座から出たので、追って話すことができなかった。


 ―――何だよ。俺が乗り越えたって。

 俺は確かに精神的には強くなったと思う。孤児院の時もエルグランドの分身のときも。でもそれは、あくまで俺の悪い人格の部分が修正されただけであって、決して本当に強くなったわけじゃない。

 だから、今の俺は思いとか口だけいっちょ前で、行動は何も伴っていないだけ。勝手に成長した気になっていただけだ。


 俺は、その後魔王を追いかけることもなく、再び自室に戻り、自暴自棄な感じでまた眠りに入った。




 ―――そして、それから数時間後。

 俺は起きたばかりだったので眠れなかった。というよりも俺はそもそも亜人だから簡単には眠れない。本気で泥のように疲れた時だけ、頑張って眠れることが出来る。


「……ねむれねぇ」


 ベッドから立ち上がり、窓の外を見るとそこにはなんと魔王が城の前に立っていた。


「まだ出発してないのか……」


 俺はその魔王が気になるが、それを無視して、キューラの下へ向かった。


 そして、キューラがいる訓練場に着き、俺は話しかける。


「キューラ。ちょっといいか?」


「これはアラン様。確か先程魔王様と出発されたのでは?」


 キューラはいつも通りの顔でこちらを見る。

 しかし、俺は何かから逃げてしまって後ろめたい顔でキューラを見る。


「―――俺、やっぱり行かないことにした。―――すまない」


「―――そうですか。行くか行かないかはアラン様が決めることですので、私は何も言えません。こちらこそ重荷になるような態度を取ってしまってすいませんでした」


 キューラは大人だった。

 きっと本心では俺のことを期待外れという感じで思っているだろう。しかし、彼女はそんな態度を全く持って出さない。


「いや、こちらこそ本当に申し訳ない。でもきっと魔王様だけでも何とかできると思うから、期待して待ってようぜ」


「―――そうですね」


「じゃあ、また何かあったら頼む」


「はい。いつでもよろしくお願いします」


 俺は気まずいので、キューラから足早に去っていった。


 ―――そして俺は魔王に交渉を任せて、そこから二日ほどいつも通りの生活をした。


 



 

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