第41話 潜入作戦 五
―――お前は私の仲間だからだ。
彼女は確かにこう言った。お前とは誰か? いや、それは聞くまでもなく明らかだ。
「俺が……、お前の仲間?」
エルグランドはあっけをとられていた。
急にこの庶民みたいな服を着た女がおかしなことを言うから、戸惑っていた。
「あぁ、そうだ。だがお前は覚えていないだろうな。お前がまだ物心ついた時に私が剣を教えていたくらいだからな」
「……何を言っている。俺は、サーベラスの基地と悪魔軍でしか剣を教えてもらっていない」
「そうか、まったく覚えてもらえていないのも結構くるものがあるな」
「冗談にしてはまったく面白く無いぞ」
エルグランドは自分が仲間だと言われても剣を降ろさない。
それはそうだ。なぜならエルグランドの記憶にはサーベラスと悪魔軍で物事を学んだ記憶しかない。剣も魔法もそれぞれで訓練係に教えてもらったし、何より自分はサーベラス出身だと確信しているので、万が一にもここの地を幼少期に踏むはずがない。
だから、エルグランドは女が適当な嘘を言って自分の集中力をぶらそうとしているのだと思った。
「もっとマシな嘘をつくべきだったな」
「……そうか、本当にお前はそっち側になったのか」
女は初めて人間らしい顔をした。その顔は少しだけ悲しみが入っており、どうやら本気で落ち込んでいるようだ。
「一か八か、この一発で終わらせる」
悲しげな女に対しエルグランドは容赦しない。
エルグランドは、手に持っている剣を天に向かって投げ、空いた両手の平を合わせる。
「―――パンタ・レイ」
すると、エルグランドの周りに風が巻き起こる。
「……ほう」
女はエルグランドの魔法に感心しているようだ。手を顎に付けて、まるで弟子が己の力を発表しているのを見守るような目をしていた。
「その余裕の顔がどこまで続くかな?」
エルグランドを囲む風は徐々に強くなっていき、最終的には近くの家屋を巻き込むほど強くなっていた。
幸いにもここは空き家ばかりの裏道のために、人もおらず、特に騒ぎにはならない。
だが、それも時間の問題。とっくに遠くの方にいる人は急な竜巻の如く激しい風が吹いていることに気づいている。
「 逆だ。むしろお前が私にどれだけダメージを与え続けることができるのか楽しみだ」
「……俺を止めないとこの街ごと吹き飛ぶぞ」
「だろうな。だからこちらも全力で止めさせてもらう」
女はついに剣をしっかりと構える。
そして、エルグランドは溜めに溜めた風の力を自分を中心にして、一気に解き放つ―――。
「お前の負けだ」
その風の威力は一瞬にして周囲の建物や道路を巻き込んでエルグランドを中心に外側に吹き飛んだ。もうエルグランドの近くにはえぐられた地面しか残っておらず、少し離れた所に土砂崩れにあったかのように色々な物が押し寄せられていた。
「……ふぅ」
さすがのエルグランドも、これほどの魔法を使うとなると結構きついらしい。
そして、その暴風で吹き上がる砂煙が少しづつ晴れていき、視界が開けていった。
―――しかし、その中でエルグランドは信じられない物を見た。それは、
「……なんということだ」
「風系魔法の最上位クラスでも、使うやつがショボければなんの意味もない」
なんと、そこには吹き飛ばしたはず、いやなんなら殺したはずの女が普通に立っていた。
「これがお前の全力か。確かに少しは小さい頃より成長しているが、まだまだ足りないな」
「……くそっ!」
エルグランドは確かに全力で魔法を放った。しかし、それ以上に女の魔力の方が高くて、暴風を自分のところだけかき消した。
「次はこっちの番だ。もし生き残れたらいい見本を見ることができる。だから死ぬなよ」
女は腰にあるレイピアほど細い剣を抜き、剣先をエルグランドの心臓に向ける。
そして腰を低くして、足のバネをぐーっと地縮めている。
「もう、追いつけないぞ」
「……」
エルグランドは死期を悟った。
彼はまだ魔力を消費して魔法を使うことができるが、それをしても無駄だと思った。
先程放ったパンタ・レイはエルグランドが使える魔法において最強の魔法だった。しかし、それが呆気なく止められた故にもうどうやっても抗えない。
「最後に言い残すことはあるか?」
女はせめてもの救いとして、エルグランドに最後の発言を許した。
「……お前の名前を教えてくれないか?」
「私は、クロエル。クロエル・イーサンだ」
女はようやく名前を名乗った。
しかしどうやらエルグランドはその名前にピンとこないようだ。
「……そうか。ならもう悔いはない。俺を殺した奴の名前も知らないなんて、くそったれだからな」
エルグランドは最後にこう話した。まるで、自分の人生に悔いはないかのように。
そしてその思いを成仏させる女は、何の躊躇もなく、突き立てた剣を光速でエルグランドの胸に突き刺す。
「後は頼むぞ。アラン。ラリア」
致命傷をやられたエルグランドは刺された剣に特に抗うこともなく、クロエルが剣を抜くまで待った。
しばらくして、クロエルは刺した剣をエルグランドから抜く。すると、エルグランドは口から大量の血を吐きながら、後ろに倒れた。
「 もろいものだな。こいつがかつて私の弟子だったなんて、私にも消したい過去があるということか」
クロエルは男の死体を特に何かする訳でもなく、その場から立ち去り、再び街の雰囲気に溶け込んだ。
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