第32話 初めての一人戦闘
―――ドカッドカッドカッ!!
「グハッ!」
「ガハッ!」
殴り合いが続いている。といっても、声を出しているのは俺だけだが。
こいつはさっきから殴っても殴ってもうずき声を一つもあげない。だが、俺の拳に対してこいつはちょっとだけ反応が遅れる瞬間もあるので、どうやら俺とこいつの肉弾戦の戦闘力は同じくらいのようだ。
「さっきまで強い奴みたいな雰囲気で話してた癖に大したこと無いな」
「……」
こいつ。表情を変えねぇ。
というか、俺は何度も喋りかけているのに何も答えないし、殴っても大して応えていないようだ。
「喋る余裕も無いってか?」
「……」
俺はこんな煽り言葉を使っているが正直余裕が無い。
俺の魔力はもう既にカツカツだ。だからこんな男の喧嘩のようなむごい戦いをしている。
「……哀れだな」
「ん……?」
やっと喋りやがった。何回話しかけたら反応するんだよ。
「この程度の環境で魔力が枯渇するなんて随分と貧弱だな」
「……貧弱だと?」
「あぁ。貧弱だとも」
今度はこいつが煽り返してきた。
「お前だって魔法を使っていないじゃないか」
「……俺は使う理由が無い。使わずともお前に勝てるからな」
「ほーん……」
こいつ。やっぱり俺の事を全力で舐めてやがる。
―――だが、その慢心が身を滅ぼすぜ。
「そうか。使わなくても勝てるか……」
「あぁ。その通りだ。いっそのこと魔法で一瞬で殺してやってもいいが、お前はもう魔法を使えないようだから、ハンデとして肉弾戦にしてやってるんだ」
「……仲間なのに殺すとか。悪魔軍って物騒なんだな」
「……そう見えるか? これが悪魔軍のおもてなしだ」
……おもてなし。
せっかくなら女の子からサービスを受けたかったぜ。
「おもてなしなんて随分と几帳面な方たちですな。……それならば、俺も同じ悪魔軍としてもてなし返してやるよ」
俺は殴り合いを止め、距離を取る。そして―――、
「ミラージュ・クローン!」
すると、俺の周りに俺が出現した。
この魔法は、周りに俺の分身が現れる。今はまだ俺本体を含めて五人程度が限度だが、これでも結構有効な魔法だろう。
「ほほん」
あいつはどうも余裕そうだ。俺の分身を見てもなんとも思わないらしい。
「「「「「余裕そうだけど大丈夫か?」」」」」
俺は分身と共に同時に話す。
「それくらいの魔力は残っていたようだな。だが、その程度で俺に勝てると思っているなんて、俺も舐められたものだな」
「「「「「……」」」」」
舐めてんのはどっちの方だよ。こいつ、俺の分身を見るとニヤリと笑いやがった。
「「「「「別に舐めていないさ。それよりもお前は自分の心配でもしてろ」」」」」
俺は分身と共に四方八方からエルグランドを狙うように注意をはらいながら距離を詰める。
そして、その本体を除く四体の分身はエルグランドの前、後ろ、右、左から攻める。その攻めに対して、エルグランドは―――、
「甘い!」
エルグランドはそれぞれの分身をそれぞれ一瞬で殴り、俺の分身を全て消す。
―――しかし、その分身はただのおとりだ。本命は俺本体。俺はエルグランドの上から天の裁きが下るような雷の如く、エルグランドの頭のてっぺんを叩き潰す。
「うおりゃ!」
「グッ!!」
さすがに今の一撃は効いたようだ。さっきまで余裕そうだったこいつの顔は、崩れて、まるで岩でも落ちて来たかのような顔になる。
「……やるねぇ、さすがは魔王様のおすすめ戦士ということだけはある」
「それはどうも。でも、その顔は本心か?」
しかし、こいつの体は無事そうだ。殴ってもあまり手ごたえがない。もしかするとこのやられたみたいな顔も演技かもしれない。
「……本心だ。この、状況下で。その、体力でそこまでまだ魔法が使えるなんて驚いたもんだ」
「驚いたんならもっと動揺した声を出してもいいんじゃないのか?」
「あいにく、これも俺のスキルのうちでな。感情を表に出しすぎると不利に働くこともあるのだよ」
―――やっぱりこいつは相当な手練れだ。普通の奴なら例え痛くても痛くなくてもそれなりの顔を出すはずだ。しかし、こいつは未だに本性を出さない。
「さすがっすね、先輩」
「……先輩か。なら、色々とレクチャーしてやろう」
そう言うと、エルグランドは地面に再度足を着けかける俺にすかさず足をかけて、攻撃を仕掛けてきた。たぶん俺を転ばせて、体勢を崩した瞬間に畳みかけるつもりだろう。
―――しかし、これは狙い通り。
「ここだ!」
「な……!!」
俺はこの時を待っていた。この、唯一のこいつの隙を!
「やっとちゃんと動き始めたな」
こいつはさっきまで、ろくに本気を出さず俺の攻撃を受け流しながらたまに軽い打撃を出す程度だった。しかし、今はこいつはちゃんと戦闘者として、俺を本気で殺すための動きをしてきた。
「……だったらなんだ?!」
こいつはやっぱり人間だ。いくら魔王軍に入ろうと、その人間らしい動揺の顔は俺がよく知っている。
「俺は、この動きはもう二度目は使えない。これは、最後のおれのとっておきだ!」
俺は仕掛けてくるエルグランドに対してこう唱える。
「ドレイン・ナイトメア!!」
「な?! その魔法は?!」
この魔法は、俺とこいつ二人とも眠らせる。そしてこいつはこの眠りの中では俺の支配下にある。
―――夢の中にて。
「……くそ! どこ行きやがった?!」
エルグランドは周囲を見渡しながら囚われた真っ暗な夢の中でどこにも届かない叫びをうつ。エルグランドは恐らく強い鍛え上げられた意思の強さがあるので、これが魔法によってつくられた夢の中だとすぐ分かる。そんな奴に俺が普通にやりあっても敵わない。だから―――、
「―――ここだよ!!」
俺はきょろきょろしているエルグランドの横でもなく、背後でもなく、ただ真正面にバッ!と現れる。
「終わりだ」
俺は手でエルグランドの首を軽くたたく。しかもただ叩くだけではなく。狙いを澄まして、あの教官のように首の根っこの部分のさらに奥まで届くように、一点集中で。
「……ガハッ」
俺の手刀はエルグランドの核を叩いたようだ。
エルグランドは力が吸い取られたように膝から崩れ落ちてその場に倒れこんだ。そして俺はこいつの顔の横に立ち―――、
「―――初勝利」
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