第29話 ママ

 ―――訓練が終わって、飯を食うために俺は食堂に向かった。


「それにしても今日は訓練初日にしては、結構できたな」


 俺は今日、朝から訓練続きだったがとても充実していた。

 いつもの訓練と違い、俺の力が自分でも分かるように伸びていた。最初はラリアに手も足も出なかったが、最後の方は何度か木刀を当てられるようになってきた。これなら明日からはもっと充実した己の糧となる良い訓練が出来そうだ。


「……だがなんだこの気持ちは」


 今までに無いくらい最強の一日だったのに、なぜか胸に穴が空いた気持ちがある。


「……俺はここで一人前の戦士としてやっているのに、何故か心が満たせれない。なんでだよ。ここでは俺はなのに……」


 俺は満たされない気持ちを抱きながら食堂の入り口に着く。


「まぁいっか。とりあえず腹が減ったし、飯でも食って寝るかぁ」


 そんな考えても仕方ないことを置いて、普通の人間界のような食堂にあるゲテモノのようなご飯をもらう。どうやらここのご飯は勿論のことながら悪魔用に作られていて、とてもじゃないが俺みたいな人間の気持ちを持った生き物には難しそうだ。


「でも、ここのご飯を食べないと死んでしまうからな」


 しぶしぶ俺は食堂のおばちゃん的な悪魔から、「▲●■」という意味の分からない言葉で、訳の分からないご飯を頂き、空いている席につく。

 しかもその席は唯一空いていた席で、周りは酒場のように馬鹿騒ぎをしていた。


「うるせぇなぁ……」


 俺は周りの理解できない言語のお祭りを聞きながら、視界をご飯にだけ向けて淡々と青く濁った汁物を飲む。


「まっず!」


 あまりのまずさに俺は叫んでしまう。しかし、その叫びは周りの声にかき消されて誰にも届いていないようだ。


「こんなんが上手いなんて、悪魔は訳が分かんねぇなぁ」


 この青い汁物以外にも、黒ずんだパンのようなもの。そしてメインであろう大きな皿の上に乗っているのは黄色く発酵した肉のようなものがある。


「どいつもこいつもまずそうだなぁ」


 俺は出て来たご飯に文句を言ってしまう。俺は基本的には出されたご飯に文句は言わないようにしているが、こればっかりはそもそもご飯とは呼べない。


 すると、色々と渋っている俺に一人の馬のような悪魔が話しかけてきた。


「●▼▲■●★■▲」


「……?」


 せっかく話かけてきてくれたのに、言葉が理解できないので返事を返せない。

 俺は正直この空間が気まずかった。周囲は盛り上がっているのに、ポツンと人間の見た目をした奴が細々と一人でご飯を食べている。なので、そんな悲しい俺に話しかけてきてくれたのだから、何かは返したい。


「あ、いや、……へへへ」


 何と言えばいいか分からないので、とりあえす愛想笑いをしてみた。


「●▼■?!」


 どうやら怒っているようだ。

 今までは魔王なり、ラリアなり、賢そうな悪魔達は俺に人間の言葉で話してくれた。なので不便は無かったが、普通の悪魔は人間の言葉は分からない。明日からは悪魔語も勉強する必要がありそうだ。

 しかし、この場を切り抜けるにはとりあえず謝っておこう。それしかない。


「すいません!」


 俺はなんと言っても分からないが、とりあえず雰囲気を出すために声をだしながら謝る。しかし―――、


「▲▼▲▼▲!!!!!」


 なーんかもうこのお馬さんはぶちぎれだそうだ。

 この悪魔は、そのキレ声と共に俺のご飯を手で薙ぎ払い、テーブルに手を「バン!」と置き、俺を睨む。


「……」


「……」


 どうやら俺に喧嘩を売っているようだ。言葉は分からなくても俺に何か言いたいことがあるのは分かる。俺が睨み返してもまったく目をそらさない。


「……」


「……」


 このにらみ合いが数分続く。すると―――、


 ―――バン!


「このお方をどなたととらえるか! この方は魔王様直々で雇ったお客人だぞ! 敬意を示さぬか!」


 この気まずい空気に終止符を打ってくれたのは、ラリアだった。ラリアは風のように一瞬で俺の横に現れて、テーブルをお馬さんと同じように叩きつける。

 彼女はいつもの優しさがこもった真顔とは打って変わり、恐竜を狩るような目で周りの悪魔を見る。


「ラリア……」


「大丈夫ですよ。私が守ってあげますから」


 彼女は微笑みながらこちらを見る。


 悪魔なのにまるで聖母のようだ。その顔は俺の母親よりも優しくて、その母性から、俺はラリアのおっぱいに吸い付きそうになった。

 しかもただ優しいオーラだけでは無くて、わが子を守るように周りに警戒の目を向けている。その迫力に周りの悪魔達はさきほどのバカ騒ぎが嘘かのように静まり返る。


「……」


 誰も声を出せない。ラリアは本当にこの悪魔軍の中でもかなりの実力者のようだ。

 

 そして、このまま俺も含めて誰も何も言うことができず、俺はただそのままラリアの母性に甘えてなにもせず、そのままラリアに「こんなとこから早く帰りましょう」と言われて、手を引かれて自室に戻り、子守歌を聞かされながら睡眠にはいるのでした。




「ままぁ……」



 

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