第28話 淫魔と訓練

 ―――メアリー?


 俺はこの場で二度と呼ばないであろうだった名前を呼ぶ。


「え……?」


 現れた淫魔はキューラと同じように下着よりも薄くて面積が少ない布を着ていた。しかし、その顔はよく知っていて、メアリーそのものだった。


「……メアリーなのか? 何でここにいるんだ?」


「……私はアラン様のご奉仕をさせて頂くラリアと申します。申し訳ございませんが、メアリーという方とは恐らく別の者かと……」


「あ……、まぁそうだよな。ここにメアリーがいるはずが無いんだもんな。すまない。ただの人違いだ」


 そりゃそうか。メアリーがここに居るはずが無い。俺は動揺のあまり、あり得ない事を考えていた。


「いえ、……それよりも本日はどのようなご奉仕が良いでしょうか?」


「あぁ……」


 俺は色々なものを考える。なんせこんな特大チャンスは二度とやってこない。こんなにも俺の思う通りに動く女の子はこれから先、一生現れない。

 だから―――、


 今ここで捨てるんだ。男が男になるために不要な勲章を。

 俺は意を決して、その淫魔にこう告げる。


「―――いや、今日はやめとくよ。ごめんね、急に呼び出して」


「かしこまりました。また何かあれば、いつでもお申し付けください」



 ―――超えられなかった。男の一線を。



 さすがにメアリーの顔をした女の人はなんか罪悪感があるので、捨てるのをやめた。

 俺は自分自身でも情けない思いをしてしまった。変な正義感が俺の俺を旅立たせてくれなかった。

 クソが! だから俺はいつまで経っても童貞なんだ。非常に虚しい。


「 うん。じゃあまたよろしく」


 淫魔は静かにお淑やかに立ち、俺に背を向けて、部屋から出て行った。

 そして取り残された童貞は、遂行できなかった後悔を抱えて、またもやベッドに潜り込み、ムンムンとした気持ちを抱えながら眠りについた。




 ―――翌朝。

 俺はなんとか短い眠りにつき、恐らく朝であろう時間に起きる。どうやら悪魔軍に入っても人間としての習慣は抜けないらしい。というかそれは当たり前か。亜人になった時も人間らしさが抜けなかったのに、ただ悪魔の軍に加入しただけで俺の生態系が変わるはずが無いか。


「ふわぁ~」


 あくびが出る。まぁ昨日はロイドにぼこぼこにされて、その後悪魔の領域に連れてこられたんだ。それに変に体も重いし、体内の魔力が減っていることがわかる。


「そういえば、この城に近寄ったとたんに体内の魔力がビクビクと動いていて気持ち悪かったなぁ~」


「それは、アラン様の魔力と魔王様の魔力が共鳴したからです」


 ベッドの横から、昨日聞いた声と同じ声がする。


「うわ!」


 横を向くと、なんとそこには高級そうな召使いの服を着たラリアだった。


「アラン様、本日より私がアラン様の身の回りのお手伝いをさせていただきます。改めましてラリアと申します。よろしくお願いいたします」


「……よろしくお願いします」


「それでは、これからご主人様にはトレーニングをしていただきます。もう基礎体力に関しては問題ないかと思いますので、まずは魔法についての座学からです。御言葉ですが、アラン様はまだこの魔王軍の中でもずば抜けて弱いです。しかし、ポテンシャルは御座いますので、私の指導の下、しっかりとお勉強して頂きます」


「え? ラリアがするの?」


「はい。私はこう見えても第八軍の中で二番目に魔法と剣術を得意とさせて頂いております。勿論一番はキューラ様ですが」


 どうやらただの召使いと言うよりも、俺の指導役も兼ねているようだ。

 ―――何かワクワクしてきたな。遂に俺の人生が本当に始まるような感じがして気持ちが浮ついてしまう。


「じゃあ、今日から始まるのか。俺の戦士人生」


「そうですね。では、早速用意をして始めますか」



 俺はこうして、朝は魔法を学び、昼はそれを活かしてキューラと一体一の模擬戦。もちろん俺はまだまだキューラの足元にも及ばないが、実践をこなすたびに自分がどんどん強くなっているのが分かって楽しかった。



 ―――そして午後。お次はラリアが相手をしてくれるそうだ。

 ラリアは先ほど着ていた召使いの服から着替えて、またもや面積が小さい必要最低限の箇所だけ守れるような鎧を着ていた。

 そして、俺とラリアは距離を開けて、それぞれ木刀を構える。


「それじゃあ、いくぜ」


「はい。よろしくお願いいたします」


 俺は剣に魔法をかける。


「―――ヴァイパンナイトメア」


 剣が紫の光を出しながら、ばらばらに壊れて俺の右手にまとわりつく。すると、俺の右手は恐竜にも負けないほどの濃い紫色の鋭い爪が宿る。

 それを見たラリアはすかさず俺に注意する。


「……アラン様。これは剣術の訓練です」


「知ってるよ。でも、これは剣を使った魔法だ。だったらこれも剣術だろう?」


「……なるほど。かしこまりました。では―――、」


 ラリアは話の途中で、木刀を水平線を描くように地面と平行に振る。

 そしてその木刀から、大きな斬撃が出てきて一瞬で俺の体までたどり着く。


 ―――ズシャッ!


「いってぇ!」


 その斬撃は、俺の腹を斬り血が噴き出る。


「やりすぎじゃねぇのか……」


「訓練はやりすぎくらいがちょうどいいですよ。なにせ本番は命を懸けるのですから。ただ単に剣術だけの訓練でも良いですが、せっかくならもしましょう」


「くそったれい……」


 正直痛すぎるが、亜人の力でその傷はすぐに治る。でも、痛みは伝わるので、気持ち的には致命傷という感覚だ。

 ―――でも、このくらいバチバチの方が燃えるな。


「じゃあ、こっちも本気で行かせてもらう!」


「はい。アラン様」



 こうして俺とラリアは日が暮れるまで、―――勿論黒い雲が城にかかっているので時間は分からないが、とにかく死ぬほど時間を忘れるくらい夢中で本気で斬りあった。

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