第22話 少し難しい話
———少し難しい。
こんなに頭を使ったことがあるだろうか。いや、無い。
俺は今、人生の第二の悩みの波に襲われている。
「……なんで俺はここにいるんだろう」
俺は真夜中の部屋でベッドに寝ながら考える。
自分の目的は、ただ一人前の戦士になることだけだった。しかし、その先が無い。仮にどれだけ俺が強くなろうと、目的が無い以上、強くなって終わり。
「……とりあえず今は何も考えず自分の訓練に集中しよう」
どれだけ考えても仕方ない。なぜならこのような悩みは腐るほどしてきて、未だに一度も解決していないからである。
「まぁ。今日はもう寝るか」
俺は、とりあえず寝て明日の訓練に備えることにした。
———翌日。俺はいつもに増して全力で走る。
「……今日はなんだか気合入ってるな」
「はぁっ!はぁっ!今日はなんだか気持ちが乗ってるんで」
もう走り続けて五時間になる。しかも全力で。いつもなら、一時間走るだけで「ゼイゼイ」いって息切れしているが、昨日あんなことがあってからはなぜだか疲れが脳にこない。きっと体はもう限界だが、自分でも自覚があるくらい脳がハイになっているのでまったく疲れが気にならない。
「さぁ、次はなんですか?!」
俺は走り終えて、教官のもとに走って集合する。そして、教官に次のしごきを求める。
「……ちょっと張り切りすぎじゃないのか? それに急なハードワークは逆効果だ」
「はい。わかってはいますが、どうしてもこの前魔王を倒せなかったことが悔しくて……。だから、どうしても自分を強くしたいんです」
「そんなに悔しかったのか?」
「はい……」
あながち嘘では無い。
あの時、魔王に勝ちたかったということは本心だ。
だが今はそれよりも自分が分からないという悩みを紛らわすために体を動かしている。昨日の夜から、こうして自分をごまかしている。
———俺の悪い癖だ。いつもいつも自分に嘘をついて、問題と向き合わない。
俺がここに来たのもそうだ。あの時、俺が孤児院の前に行かなければ、ロイドが助けに来てくれなかったら、俺は今頃まだいやいや畑に行って、愚痴をこぼすだけのつまらない毎日だっただろう。
つまり、俺がここに来たのはあの件があったからだ。その流れで今俺はここにいるだけで、俺の悪いところは何も治っていない。
いつだって目的を達成したいなど、生活を改善したいだの心の中ではいっちょ前に目標立てて、いかにも頑張っている人のような振る舞いをする。だが行動は伴わない。あの時も人生にぼやきながら毎日同じことをして寝ていたし、今だって自分の悩みと向き合わず、ひたすら訓練にはげんで自分を頑張ってる奴だとごまかしている。
「……勝てなかったっていうのもあるんですけど、正直自分が分からなくなっているんです。俺がここで戦士になる理由が分からないといいますか……」
「そうか。まぁ、戦士になる者にはよくある悩みだな」
「そうなんですか?」
「あぁ。戦士を目指す者は全員が全員壮大な目標がある訳では無い。中には半分強制的にここに連れてこられた奴もいる。お前だって昔そうだったろう?」
「はい。でも今は自分の意志でここにいます」
「……ならいいではないか。お前が目標を持っていないことを誰も責めたりしない。むしろ何も無いなかここまで頑張れるのはいいことだ」
「いや、これは自分の悩みをごまかすためにというか……」
教官は熱くも優しい眼差しでこちらを見てくるが、それに目を合わせることはできない。しかし、教官は目をそらす俺にさらに励ましの言葉をかけてくれた。
「そんなのみんなそうだ」
「え?」
「私だって今でもいくつか悩みはある。けど、それら全てに目を向けていたらキリがない。というか、悩みなんていくら考えても一緒だよ。考えても解決できないのが悩みなんだから」
「でも、このままじゃ俺は一生……」
「それに、お前は生き急ぎすぎだ。もっとゆっくり腰を据えて色々なものを見たまえ。色々と経験して、色々楽しんで、色々泣いて、色々後悔している内に、悩みなんてどっかにいってるさ」
「……」
俺は黙り込むことしかできない。教官の言うことは正しいと思うが、それはただの現実逃避だ。そうやって逃げ続けたのが今の俺を作っている。だからもう二度と同じ過ちは繰り返したくない。
「でもそれじゃあ、逃げてばかりの人生じゃないですか……」
「素直に言葉を受け取れないのかね君は……」
教官は呆れた顔をしている。
ていうか素直ってなんだよ。別に俺は教官の言葉を否定している訳じゃない。ただ、それじゃダメな気がすると思っているだけだ。そのままじゃ俺はまた……、
「また、同じ過ちは繰り返したくないんです」
「……そうか。まぁ、後悔の無いように頑張りたまえ、少年よ」
追加で何かを言いたそうだったが、教官は説教をやめた。いわゆる素直じゃない俺に嫌気でも差したのであろうか?
「はい。……ていうか、俺のこと少年って。教官何歳なんですか?」
俺はにやけ面で教官を煽る。
するとさっきまでほのかな優しさがあった目は一瞬で氷のように冷たくなり、その場が極寒になりましたとさ。
「お前。私を舐めているのか?」
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